司と婚約して1年。結婚式を2ヵ月後の6月に控えた今日。

パートナー同伴のパーティーに、司の婚約者としてあたしは出席していた。


あたしが今いる場所は、そのパーティー会場から少し外れた場所で、人目に付かずホールから漏れてくる光だけに照らされた薄暗い場所。

そこで綺麗に着飾った女性達が、あたしを取り囲む。

司との結婚が決まり婚約を発表してからと言うもの、何度も訪れたこんな場面。


あたしの性格上、陰湿な苛めを受けたとしてもそれを司に言うなんて事はしない。

心配をかけさせるだけだろうし、あたしは護られるだけの存在になるなんて嫌だから。

自分の事は自分で…それを教訓に今まで生きてきたんだから大丈夫と、今までずっと司には隠してきた。


それが仇になっているのか、あたしが出席するパーティーでは入れ代わり立ち代りでどこかの令嬢と呼ばれるお嬢様達が、

こうして薄暗い場所へ連れて来ては言いたい事を言っていく。

それだけなら良いんだけど、時々ドレスの下や足元にばれないような傷を付けて行く人だっていたりして…。

 

それもいつもの事で、だったらあたしもいつもの様に持ち前の雑草根性で乗り切るか、応戦すれば良いのに…。

なのに、今日のあたしはどうしたんだろう…

 

我慢もそろそろ限界なのかも知れない…

 

 

Dear…to-be.

 

 

バシャッ…

 

と音が聞こえたと同時にあたしは頭からシャンパンを被っていた。

 



「いい加減にしなさいよ、あなた…。毎回毎回、司様に付いてノコノコとこんな場にまで出て来るなんて、どんな根性なさってるのかしら。」

 

「本当よねぇ。まぁ、庶民の方にとってはこんな場になんてそうそう来れなかったでしょうから、

付いて来たくなるのも無理はないんでしょうけど、いい加減目障りなのよ!」

 

「いつ婚約破棄なさるおつもりなの?毎回、こんな目に合うなんてあなただって嫌でしょ?

だったら、早く私達に司様を返して下さらない?」

 

「そうよ。あの方は、あなたの様な女が隣に並んでも良い方じゃないのよ?

貧乏人は貧乏人らしく、その辺の男とくっ付いていれば良いものを…。忌々しいったらないわ。」



 

あたしを囲む4人の女達が口々にそう言い放つ。

 


あたしだって…

あたしだって、毎回毎回来たくて来てる訳じゃない!

お義母様からの命令なんだから、仕方ないでしょ?!


 

そう、これは司のお義母様からの命令。


結婚すると決めたからには、こう言う場、つまり社交界にも顔を売らなきゃいけないし、

場慣れしていないあたしは場慣れする必要があるからと言って、出席させられているだけ。


18歳の司のバースデーパーティーでの出来事がトラウマのようになってしまっているあたしは、

それを克服する意味も兼ねて毎回司と共に出席していたんだけど、

毎回こうも繰り返されると克服するどころか、益々トラウマのようになってしまうパーティー。

 


もう、本当にいい加減にして欲しい…


 

誰に何を言われても司との婚約を破棄するなんて考えられない。

色んな障害を乗り越えて、やっと手にした幸せをこんな女達に壊されるなんて絶対に嫌だ。

だけど、もう本当に限界なのかな…。

あたし、疲れちゃったみたいだよ…。

 

あたしがそう思って口を開きかけた瞬間、見慣れたシルエットが女達の後ろに見えた。

 



「おい…。お前等そこで、何をしてる?」



 

低く響くバリトン。

静かに発せられた言葉だけど、司が怒っているのが痛い程伝わってくる。

 



「つ、司様…。婚約者の方がシャンパンを零されたようなので、私達ドレスのお手入れを手伝って…」



 

よくもまぁ、抜け抜けとそんな事を…


 

声がした方を振り返り、取って付けた愛想笑いを浮かべ、女達はそう言って司に媚を売る。

 



「お前等、いい加減にしねぇと親の会社ごとぶっ潰すぞ…」



 

怒りに震える声を何とか押し殺しながら、司は女達に射し殺すような鋭い視線を向ける。

そこに司の本気を感じ取った女達は、そそくさとその場を後にしてパーティー会場へと戻って行った。

 

その場に残されたのは、あたしと司の2人だけ。

頭からシャンパンを被ったあたしに、何も言わずに自分のタキシードの上着を掛けてくれる司。

司の香りがする上着を掛けられたあたしを、司はその長い腕の中へとすっぽり包み込んだ。

 



「何やってんだよ、お前は…。いつまで俺に黙ってるつもりだったんだ…」



 

そう呟く司の腕は、苦しい程にあたしを強く抱き締めている。

搾り出したように呟いた声は、何かを我慢しているような苦悩と切なさが混じった声だった。

強く抱き締めれている身体は痛い程なのに、そんな司の想いに抱き締められた心は温かい。

 



「全部、知ってたんだね…」



 

そう呟いた自分の声に驚いた。

泣いているつもりはなかったのに発した声は涙声で、あたしから身体を離した司が頬を伝う涙を優しく拭ってくれる。

 



「あぁ…。お前が俺に言わねぇって事は知られたくないんじゃねぇかと思って、お前が自分から言ってくれるのをずっと待ってた。

これまで随分我慢したんだぜ、お前が俺を頼ってくるまでは…って。でも、それも今日が限界だったんだ。」



 

そう言って苦笑していた司の表情が、段々と切なげに歪んでいく。

 



「どうして俺に何も言わない?どうして、俺を頼らねぇんだっ。お前にとって俺は、そんなに頼りねぇ男かよ…?」



 

あたしの眼を見つめる司の瞳の中に、哀しみの色を見つけてあたしは必死で首を横に振る。

 



「お前の言う対等って言うのは、お前の為に俺に何もさせない事なのか?

自分の事は全部自分で解決して、俺に何もさせないって事が、お前の言う対等ってやつなのかよ…。そうじゃねぇだろ?」



 

未だ溢れ続けるあたしの涙を拭いながら、司はあたしを諭すように優しく囁いた。

そしてあたしの頬に添えていた大きな両手をあたしの肩に乗せ、真剣な瞳であたしを見つめる。

 



「良いかつくし、よく聞けよ。俺はどんな時でも、お前を護ってやる。

庇うんじゃねぇ、護るんだ。分かるか?

お前が1人で戦うっつーなら、俺はお前を支えてやる。

挫けてその場に立ち尽くしそうだって言うなら、俺が引っ張ってってやる。

だから、何でも1人で抱え込むな。

庇われる事と護られる事は違う。

弱くなる事と甘える事は違うんだ。

当てにする事と頼る事は違うんだよ、分かるな?」



 

溢れ出る涙は止まる事を知らない。

今まで気を張っていた分、一度緩んでしまったらもう元には戻らなかった。

真剣に話してくれる司の瞳を見たいのに、あたしへの変わらぬ愛情を称えたその表情を見たいのに、霞む視界がそれを許してはくれない。

 



「何の為に男が存在すると思ってんだ。何の為にお前の傍に俺がいると思ってんだよ…。

男は女を護る為に存在するんだ。そして俺はお前を護る為に、お前を幸せにして俺も幸せにしてもらう為に傍にいるんだよ。

男には男にしか出来ない事があるように、女には女にしか出来ない事がある。

それと同じで、お前にもお前にしか出来ない事があるだろう?

俺を幸せにしてくれるのは、この世界のどこを探したってお前しかしいない。

俺を幸せにしてくれる為には、まずお前が俺に甘える事と頼る事を覚えなきゃいけねぇんだ。」



 

そう言って司は優しい笑みを浮かべ、また涙を拭ってくれる。

 



「もう何もかも1人で背負わなくて良いんだぜ。これからは俺がずっと傍にいる。

だから、お前はいつだって俺を信じて、胸を張って俺の隣にいれば良い。

お前は俺が唯一認めた女なんだからよ。

俺の前でまで、強がらなくて良い。お前の弱い部分だって受け止めてやる。

だからもう、無理するな。」



 

言いながらあたしの頭を優しく撫で、髪にキスを落とす司。

いつもなら、子供扱いしないで!なんて可愛くない事を言うあたしだけど、

今はそんな司の扱いがくすぐったいけど嬉しくて、素直な自分を曝け出したくなる。

 



「ご…めんなさ…い、あり…がと…」



 

泣いた所為でしゃくり上げながらそう言うあたしに、司は優しく微笑みながら、

 



「おぅ。分かったんならもう良い。あ〜あ、折角のドレスもメイクも台無しだな。丁度良い、帰ろうぜ。」



 

そう言ってあたしに差し出された手。

あたしの手よりも随分大きくて温かい司の手を取って、あたし達はその場を後にした。











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