総二郎が5歳、つくしが4歳の13年前のあの日。

F4とつくしは総二郎の家に来ていた。

つくしがかくれんぼしたいと言い出したので、皆でかくれんぼをする事に。

ジャンケンで司が鬼に決まり、隠れる為に皆で逃げた。

総二郎の家が苦手なつくしは1人で隠れる事を怖がった為に、

司から見えない位置で誰がつくしと一緒に隠れるかジャンケンで決めた。

最後まで勝ち抜いた総二郎はせっかくつくしと2人きりになれるのに、

すぐに見つかっては面白くないと、蔵に隠れる事にしたのだ。

 



『総ちゃん。ここ暗いね。ここに隠れるの?』

 

『そうだよ!きっと見つかんない!』

 

『怖いけど。総ちゃんが居るからいいよ。』



 

そう言ってつくしの小さな手に握られた、それより一回り大きな総二郎の手。

蔵の中を覗いていた時に強張っていたつくしの顔は総二郎の手を握る事で安心したのか、

柔らな微笑みを浮かべていた。

元々好奇心旺盛なつくしは蔵に入った途端キョロキョロと中を見渡しては、

自分の家にはないようなものを手にしている。

その時に見つけたのが、リアルに描かれた大蛇の絵。

最初は大きすぎて何が書かれているのか分からなかったつくしが、

少しずつ理解し始めた途端、大きな瞳をウルウルさせたかと思うと、火がついた様に泣き出した。

 



『わぁ〜ん、へび、怖いよぉ。つくし、へび、怖いのぉ〜。』



 

泣きながら総二郎にしがみ付くつくし。

つくしが怖い思いをして泣いていると言うにも関わらず、総二郎は赤面し思わず喜んでしまった。

 



『大丈夫だよ、つくし。俺がついてる。つくしが怖くなくなるまで、ずっとこうしててあげるから。』



 

そう言って自分にしがみ付いているつくしを抱き締め、背中をゆっくりと上下に撫でる総二郎。

そんな事を5分も続けているうちに、総二郎の腕の中からスースーと寝息が聞こえて来た。

 



『つくし?なんだ、寝ちゃったのか…』



 

1人そう呟いて、総二郎はつくしを床に寝かせ、自分も隣に寝転がった。

あまり天気の良くなかった、その日。

蔵の外の空が曇り始めていた事など、その時の総二郎は気付いていなかった。

 





 

いつの間に眠ってしまったのだろう。

つくしと一緒に総二郎も蔵の中で眠ってしまっていたらしい。

眠ってからどれだけの時間が経っているのか分からず、

辺りをキョロキョロと見回して、時計を探して見るが見当たらない。

それにしても、司が自分達を見つけるまでに随分と時間が掛かっている。

それに気付いた総二郎は、蔵の入り口へと足を向けた。

その時、蔵の入り口の方で誰かの足音が聞こえて来た。

司が見つけに来たのかも知れないと思った総二郎は、咄嗟につくしの元へと戻り息を潜めて様子を伺う。

だが、その足音は蔵の入り口の前で止まり少しの間動かなくなったかと思うと、

ガチャリと言う音を最後に、また遠ざかって行ったのだ。

 


ん?今の、司じゃなかったのか?


 

そう思って、もう一度入り口まで向かう総二郎。

扉に手を掛け、5歳児には少し重たい扉を開けようとするが、開かない。

 


何で?さっきまで開いてたのに…


 

ガチャガチャと扉を引いて見るが、一向に開く気配はない。

さっきのガチャリと言う音は、邸の見回りをしていた担当の人が蔵の鍵を掛けた音だったのだ。

総二郎の家の蔵には、国宝級の価値のある物が沢山置いてある。

その為、泥棒が入ったりしないように時間になると担当に当たった人が閉めに来ているのだ。

5歳の総二郎がそんな事を知っている筈がなく、唯、かくれんぼに最適な場所だとつくしと一緒に隠れただけ。

その上、つくしは眠ったまま起きようとしない。

とりあえず、つくしが起きるまではどうしようもないと、総二郎は扉を開ける事を諦めて、つくしの元へ戻った。

 

 

眠っているつくしの顔を暫く穏やかな表情で見つめていた総二郎。

時折寝返りをうったり、微笑んだりするつくしを見ていると時間を忘れた。

今まで小さな手で隠れていたつくしの口元が現れた瞬間、

総二郎は無意識のうちに、自分の唇をつくしのそれに重ねていた。

総二郎の初めてのキスだった。

柔らかくて、温かくて、不思議な感覚。

自分がした事に気付いた総二郎は、人知れず顔を真っ赤に染める。

誰もいない事は分かっているのに、辺りを見回し誰か見ていなかったかどうか確認する。

誰もいない事に安堵の溜息を漏らし、もう一度ゆっくりキスをした。

 



『ん…。そう…ちゃん?』



 

総二郎が唇を離した途端に、目を覚ましたつくしの声が耳に届く。

眠っているつくしにキスをした事に、ほんの少し後ろめたさを感じていた総二郎は慌てて身体を起こす。

 



『お、起きたか?』

 

『うん。ねぇ、総ちゃん。今、何時?つくし、お家に帰らなきゃ。』



 

まだ眠いのだろう。

目を擦りながら総二郎に問いかけるつくしにいつもの気の強さは見られず、

初めてこんな姿のつくしを見れた事に、総二郎の頬は自然と緩んでいた。

そして、ハッと気付く。

さっきの事は、つくしに気付かれていなかったのだろうかと。

だが、どうやって確かめるのか、当時の総二郎にそれが出来るだけの知識は持ち合わせておらず、

結局、つくしが何も言い出さないので、総二郎も忘れる事にした。

 

鍵が閉められて外に出れないとつくしに伝えた時、つくしが心配したのは晩御飯の事。

総二郎は自分のポケットに入れていたお菓子をつくしに渡し、

見つかるまで我慢してと言うと、素直につくしは頷いた。

 

その頃、蔵の外で大変な事が起きている事も知らずに、

総二郎とつくしは他愛もない話をしたりして鍵が開けられるまでの時間を過ごした。

 

それから後の事はあまりよく覚えていない総二郎。

総二郎の中の記憶では、ファーストキスの甘酸っぱい思い出だけが鮮明に残っているのだった。

 


 


 


蔵の壁に凭れて当時の事を思い出していた総二郎の耳に、あきらの声が聞こえて来た。

 


 


 



「え?あぁ、そうだけど…。何で、お袋が知ってんだよ?はぁ?今から?

だって、今総二郎んち来たばっか…って、おい!お袋?って、切れてるし…」



 

はぁ〜と溜息を吐きながら携帯を閉じ、蔵から出て来た総二郎を含め4人を順々に見るあきら。

 



「お袋が、つくしが帰って来たのを誰かから聞いたらしくて、家に連れて来いって。」



 

と、呆れたように呟いた。

 



「少しだけどつくしも何か思い出したみたいだし、ここにもう用はないんじゃない?」



 

と、類。それに司が続き、

 



「つくしも相変わらず、この家は苦手みたいだしな。あきらんちなら、落ち着けんだろ。」

 

「だな。つくしに懐かしい呼び名で呼んで貰えた事だし、俺は満足。」



 

と、総二郎がにっこりと微笑みながら言葉を続けた。

F4が話している事が、何の事なのかいまいちよく分かっていないつくしは、

頭の上に大きな?を飛ばしながら、4人の様子を伺っていた。

 



「しゃーねぇ、行こうぜ。連れてかねぇと、後でお袋に泣きつかれるし…。マジで、それだけは勘弁だぜ。」



 

うんざりした様に呟いたあきらの言葉に、F3は苦笑する。

 



「これからまた、どこかに行くの?」



 

4人を傍観していたつくしが聞く。

 



「あぁ。俺の家。俺達4人の家の中で、つくしが一番気に入っていた家だから、

今度は怖い思いしなくても良いよ。安心して付いておいで。」



 

そう言って差し出されたあきらの手に、つくしの細くて白い手が重なった。

 

 

 

 

 








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艶やかに染まる
          Act.8  『遠い日の思い出』