つくしが司の元から走り去った後、つくしの態度に納得のいかない司は再び楓と千恵子がいる個室へと戻った。

 


バンッ!


 



「何ですか、司さん、全く騒々しい…。もう少し…」



 

勢いよく扉を開け放ち、ズカズカと部屋に入って来た司に楓は眉を顰めるが、

楓のそんな言葉もどこ吹く風の司は、もう1度席に戻って姿勢を正し、千恵子に問いかける。

 



「おばさん、少しお聞きしたいんですが…」



 

司が神妙な顔で千恵子に声を掛けると、千恵子は司の言いたい事は分かっているとでも言う様に苦笑を返した。

 



「つくしの記憶の事…ね?楓、貴女も意地悪ね。司君に教えててくれなかったの?」

 

「司に会えば、つくしちゃんも何か思い出すんじゃないかと思って、様子を見させてもらったのよ。」



 

そう淡々と話す楓に、千恵子は苦笑するしかない。

そんな2人の話を訳が分からず、眉を寄せ苛々しながら聞く司。

 



「おいっ、ババァ!どう言う意味だよ?!」

 

「どう言う意味も何も…。そのままです。」



 

メイン料理にナイフを入れながら話す楓は、多くを語らない。

と言うか、取り付くしまもない。

そんな楓の態度に益々苛々する司。

そんな道明寺親子を千恵子は「相変わらずね」と呟き見ていた。

 



「まぁまぁ、司君。少し落ち着いて、お食事でもなさったら?折角のお料理がもったいないでしょ?

あっ、もし良かったらつくしのも食べちゃって良いからね。あの子、どうせ帰っちゃったんでしょ?」



 

メインを口に運び咀嚼しながら「美味し〜い」とハートが飛びそうな口調で本当に美味しそうに料理を食べる千恵子。

そんな千恵子の様子に、楓は「貴女の方が相変わらずじゃないの…」と苦笑し、

司はつくしと全く同じ反応を示す千恵子を懐かしそうに目を細め見ていた。

司は少し落ち着きを取り戻そうと、千恵子に言われた事も重なり料理に手を付け始める。

暫く黙って食事をしていた司だったが、やはりつくしのあの態度には納得がいかず、

再度千恵子に話し出そうと口を開きかけた途端、千恵子が先に口を開いた。

 



「ごめんね、司君…。つくしの所為で嫌な思いをさせてしまって…。全部がつくしの所為ではないみたいだけど…」



 

千恵子はそう言って、自分の目の前で優雅にコーヒーに口を付ける楓にチラリと視線を送るが、

当の楓はそ知らぬ振りをしてコーヒーを飲み続けた。

 



「全く、楓も楓よね。貴女、ちょっと楽しんでいるんじゃなくて?この状況を…」



 

苦笑を浮かべ、呆れた口調で楓に言う千恵子。

 



「そんな事はなくってよ?でもまぁ、これを期に司を試させてもらおうかしらとは思っているわね。」



 

呆れた様に自分を見つめる千恵子に楓は、コーヒーカップをソーサーに戻しながらチラリと見ると、

僅かに口角を上げた。

 



「全く、貴女って人は…。司君も苦労するわね、こんな母親で…」



 

はぁ〜と溜息を吐きながら司に微笑む千恵子。

司は今まで見た事のない母親の表情や態度に、驚きを隠せなかった。

自分は今、夢でも見ているのではないかと、勝手に頭が現実逃避を始める始末だ。

楓を凝視したまま固まっている司に、千恵子はもう1度声を掛ける。

 



「司君?大丈夫??まぁ、無理もないわよね、鉄の女の本性がこんなのじゃ…」

 

「千恵子、こんなのって言うのは失礼なんじゃなくて?貴女も人の事言えないじゃないの。

鋼の女の本性がバレた日には、社員が泣くわよ。」

 

「あら、大丈夫よ。ビジネスとプライベートは別だもの。社員も安心するんじゃなくて?

家庭内でも会社で見せる顔しかしないんじゃないかって、私の秘書も心配している位だし…」



 

自分が話に入っていこうとしなければ、いつまでも続きそうな楓と千恵子の会話。

今まで固まっていた司は、意を決したように千恵子に話しかけた。

 



「あの…おばさん?俺が聞きてぇのは、ババァの話じゃなくて…」



 

司は昔から千恵子にだけは俺様な態度をとる事が出来ないのだ。

鉄の女と呼ばれる自分の母親でさえも、千恵子を前にすると素に戻ってしまう位なのだから、

司が強気に出られないのも無理はない。

気が付くと、いつの間にか千恵子のペースに乗せられていたりする。

千恵子はそんな不思議な魅力を持った女性だった。

それは勿論、娘であるつくしも同じ。

令嬢としての上流階級のマナーは別として、つくしは全くお嬢様らしくないが、

不思議な魅力に満ち溢れていて、関わった人間全てが彼女の虜にいつの間にかされてしまう。

だから、司を初めF3達がつくしの存在を強烈とも言える印象で残していたのだった。

 



「ごめんなさいね、司君。楓と話をするのが楽しくて、司君の事忘れてたわ。」



 

全く悪びれもせず、そう言ってペロッと舌を出して笑う千恵子は、どう見ても少女の様だ。

とても2児の母、しかも17歳の娘を持つ母親には見えない。

存在を忘れられていたと言うにも関わらず、千恵子なら…と妙に納得出来てしまう自分に苦笑する。

 



「それより、つくしの事なんですけど、あいつ、俺達の事、忘れてるんですか?」

 

「う〜ん、忘れてると言うか覚えてないみたいなのよね…」



 


おばさん?それを忘れてるって言うんじゃねぇの??


 

千恵子は少し考える様な素振りを見せた後、司に向って話し出した。

 



「あの子がN.Yへ行ったのってエレメンタリースクール(アメリカの小学校)に上がって直ぐだったでしょ?

幼いながらに、向こうでの生活にカルチャーショックを受けたみたいなのよ。

こっちにいた時は、司君達が可愛がってくれてたし、周りの大人も牧野家の娘だからってチヤホヤしてたけど、

アメリカでは一切そんな事してくれなかった。それがショックだったのかな?

人が変わったみたいに、お金持ちが嫌いになったし、自分の事は自分で全部やっちゃう子になったのよ。

意見もはっきり言うしね。」



 

千恵子はそう言って苦笑する。

 



「今では、日本にいた時間よりもN.Yにいた時間の方が長くなっちゃって…。

アメリカの方が自分に馴染んでると思ったのかも知れないわね。

あの子の中に、日本での記憶がほとんど無くなっちゃったのよ。」



 

生粋の日本人なのにね…と、千恵子は少しだけ悲しそうに笑った。

 



「あいつに…つくしにとって、俺達といた3年間って、そんなもんだったって事ですか?」



 

眉間に皴を寄せ、苛立たしげに千恵子に聞く司。

そんな司を見て、千恵子は微笑んだ。

 



「私はそうは思わないわよ?今はまだ日本に戻って来て直ぐだから、

混乱してるかも知れないけど、私はその内思い出すと思ってるわ。

だって、あの子、向こうで悲しい事があった時とか日本が恋しくなった時、司君達の事気にしていたもの。

まぁ、それもエレメンタリースクールの高学年になる頃にはなくなったんだけど…」



 

千恵子に、つくしが自分達を思い出すまでには、少し時間がかかるだけだと言われた司は、

思い出す可能性があるなら大丈夫だと、先程の怒りはどこへやら…もう既に機嫌が直っていた。

 



「で、どうしてまた、俺と婚約なんて話になったんですか?」



 

これは、ずっと司が聞きたかった事。

どうして今更日本へ戻って来て、自分と婚約等と言い出したのか。

楓と千恵子が何を考えているのか、司には全く分からなかった。

 



「昨年、ウチがX国と提携して石油事業を拡大したのよ。

大河原グループは、まだそれを知らないみたいなんだけど、楓はどこで聞いてきたのか…。

ウチのグループってヨーロッパやアメリカ、日本以外のアジア圏での知名度は道明寺にも負けない位高いのに、

日本は地盤が弱い所為かあまり知られてなかったりするのよね。

で、石油事業を拡大した事もあって、これを期に日本での地盤を固めようかと思ってて…。

そこでね、石油が欲しい楓と、日本での知名度を上げたい私の利害関係が一致したって訳。

まぁ、それは表向きだけで、昔からお互いの子供を結婚させようねって言ってたのよ、楓と。」



 

司は、その事実に驚きを隠せない。

自分が知らないところで、そんな話があったなんて…。

「そうよね?楓。」なんて楓に向ってにっこり笑っている千恵子。

そんな千恵子に「そんな事も言ってたかしらね。」とクールに返す楓。

だが、そう返している楓の表情は、とても柔らかく微笑んでいた。

 



「司、貴方がつくしさんを好きかどうかなど、この際関係ありません。これは決定事項ですからね。」



 

千恵子との会話の照れ隠しの様に、ビジネスライクに言い放つ楓。

でも、そう言っている楓の顔は、僅かに赤く染まっている。

 



「何言ってるの、楓。司君がつくしを好きな事を知ってて、早々に婚約したいなんて話を持って来た癖に…」



 

千恵子はそう言って笑っている。

 



「千恵子!余計な事を言わないで。婚約の話を持っていったのは、私ではなく道明寺です。」



 

司はそんな2人のやり取りを聞いて、噴出しそうになるのを堪える事に必死になっていた。

まさか、鉄の女と呼ばれている楓にこんな一面があるなどと、一体誰が思うだろう。

今まで、自分の事を財閥の駒としてしか見ていないと思っていた楓が、自分を好きな女と結婚させてくれると言うのだ。

司は生まれて初めて、楓に感謝した。

だが、素直じゃないのは、楓も司も同じ。

「ありがとう。」なんて言葉が、司の口から出る事はない。

 



「ババァ。この話、ぜってぇ、なかった事になんてすんなよ。」



 

司は、嬉しさに照れも重なり、ぶっきら棒に言い放ったかと思うと、千恵子に向って、

 



「おばさんにも、お願いします。」



 

と、軽く頭を下げた。

これには楓も驚いた。

プライドだけは1人前の司が、人に頭を下げるなど思っても見なかったのだから…。

 



「ふふふっ、それはつくしと司君次第かしらね。

私は主人と恋愛結婚だから、出来ればつくしにもそうさせてあげたいの。

だからね、司君。つくしの事、お願いね。」



 

ウィンクしながら司にそう言った千恵子。

そんな千恵子に、司も笑って「もちろんです。」と答えた。

 

楓と千恵子を残し、司がレストランを去った後、千恵子は、

 



「さぁ、楓。早々に婚約発表しちゃいましょ。ウチのつくしが逃げないように…ね。」



 

と、悪戯に笑っていた事など、司も、勿論つくしも知らない。

 



 



 



短いんですが、キリが良いので今回はここまでで。。。

この先を書くと、長くなってしまいそうなのでね;;;

さてさて、この先は、どう転がって行くのでしょうか?

書いている華蓮にも分かりません()

楪ちゃん!この先、宜しくね♪

Act.5 Written by:
 
 
 
 
 
艶やかに染まる
               Act.4 『理由』