Act.3


 

 

 

7:00 am. JFK国際空港。

 

日本からN.Yへ来て1週間。

買収しようとしている企業とL.A支社の折り合いが付かず、

俺が出て行く羽目になってしまい、1週間の予定で出張が入った。

それが決まったのがN.Yへ来る2日前の話。

本来なら自家用ジェットを飛ばしても良かったんだが、

どうやら着陸する空港の手配に手間取ったらしい。

不本意だが、今回ばかりは仕方ない。

L.Aへと向かう搭乗手続きを第一秘書の中村に任せ、

俺は空港内の
VIPルームで搭乗時間までを過す事にした。

 

L.Aに着いてすぐにでも対策を練り、

さっさと仕事を終わらせてつくしの元へ戻って来たかった俺は、

VIPルームで待っている間、用意された資料に目を通す。

ウィークポイントがないかチェックしていた時、

VIPルームへと入って来た中村の携帯が突然鳴り出した。

 


急ぎの決済でも出てきたか?


 

資料に眼を通しながら、英語で話す中村の会話に耳を澄ます。

 



『少々お待ち下さい、こちらから折り返しご連絡します。』



 

そう言って携帯を切る中村。

折り返し連絡が必要と言う事は、俺の判断が必要だと言う事だろう。

 



「どうかしたか?」



 

今まで眼を通していた資料をエルメスのブリーフケースへ仕舞い、中村へと視線を向ける。

すると中村は、既に俺のスケジュールを見ながら、

 



「申し訳ございません、司様。

シカゴ支社からの連絡でトラブルが発生した為、急遽シカゴまで来て頂けないかと。

L.A支社には後程連絡を入れておきますので、

先にシカゴ支社のトラブルを解決してから、

L.Aに向かって頂く事になりそうなんですが、構わないでしょうか。」



 

と、伺いを立ててくる。

 


構わないでしょうか…って聞く位なら、そのスケジュール帳開くなよ…

俺が行かねぇ!って言ったら、中止になんのか?

既にその方向で話が纏まってんなら、俺に一々聞くなっつーの…


 



「その為に今、お前はそのスケジュールと睨み合ってんじゃねぇのかよ…?」



 

つくしの元に帰るのが、また遅くなりそうな展開に、

俺はもう諦めの溜め息しか出て来なかった。

 



「まぁ、そうなんですが、一応念の為に…」



 

中村はそう言いながら、

スケジュールを開いたまま携帯でシカゴ支社に電話し、

シカゴ行きのチケットを取る為に空港のチェックインカウンターへと向かって行った。

 

中村だから一応念の為でも俺にこうして伺いを立ててくるが、

これが
N.Yに留学している間に教育係として俺に付いていた西田なら、

間違いなく俺に聞いて来る事なんてなかったな…

 

4年間N.Yに留学している時、俺に付いていた西田は、今はまたババァの秘書に戻っている。

それが西田のやり方なのか、それともババァのやり方なのか。

急なスケジュールの変更の際、一切それを俺に確認する事なんてなかった。

まだ何も理解出来ていなかった俺は、

既に決定された事として西田によって組まれたスケジュール通りに右へ左へと動かされていた。

と、まだ記憶に新しい西田の俺に対する仕打ちを思い出し、俺はまた深い溜め息を吐いた。

 


あんなに扱き使われておきながら、俺もよく黙って従ってたもんだぜ…


 

我儘や文句を言う訳でもなく、

ひたすら4年でつくしを迎えに行く事だけを考えて目の前の事に必死になっていた俺。

言われるがままにスケジュールをこなしていた自分を思い出して、

今では考えられない自分の姿に俺は苦笑した。

 

ホテルの部屋でL.Aに行くと思ったままのつくしに、

帰るのが遅くなりそうだと連絡を入れようと思い、

スーツのポケットに入れていた携帯に手を伸ばす。

リダイヤルを押し、N.Yに来てからつくしに持たせた携帯の番号を表示させたところで、

その俺の行動を遮るようにマナーモードに切り替えていた俺の携帯が振動し始める。

一瞬驚いたものの、ディスプレイに表示された名前を見て、

 


連絡する時間も取れねぇのかよ…


 

と、内心で溜め息を吐きながら携帯を耳に当てる。

俺は次にそいつが言うだろう事を予測して、

VIPルームを後にする為、ソファーから立ち上がった。

 

 

 

 



『中村です。シカゴ行きの飛行機なんですが…』



 

携帯を通して聞こえてくる中村の声の後ろから、

「今からでしたら、まだ間に合いますが…」と言う女の声が聞こえてくる。

きっと中村は、もうすぐ離陸するシカゴ行きのその飛行機に乗るか、

次まで待つか、それを俺に聞きたかったんだろうが…。

 


んな事、決まってんだろ?

1分1秒だって、無駄になんかしてられっか。

帰って来たら、つくしとの婚約発表が待ってんだぜ?

俺は、さっさと仕事を終わらせたいんだっつーの!


 



「中村。すぐにシカゴ行きにチェックインしろ。このまま行く。」



 

搭乗ゲートへと足を進めながら、俺はそれだけ中村に伝えると携帯を切った。

 


つくしに連絡するのは、向こうに着いてからだな…


 

そう思い、携帯の電源を落とす。

そうして俺は、

L.A行きの飛行機をキャンセルしないまま、シカゴ行きの飛行機へと乗り込んだ。

 

 

 

 

 

N.Yからシカゴまでは大体2時間で到着する。

シカゴとN.Yでは1時間の時差があるので、

シカゴに着いた時に確認した空港の時計は
N.Yを出てからまだ1時間しか経っていなかった。

 


1日に25時間もいらねぇよ…


 

やるべき事は沢山あって、1日1日が長ければ長い程、本来なら都合が良いはずなのに、

俺にはつくしのいない1日が今までよりも長くなるなんて耐えられなかった。

 

空港に着いてすぐ、つくしに連絡を入れようと思っていたのに、

ORD国際空港に着いた時には既にシカゴ支社の役員が空港まで迎えに来ていて、

俺の姿を確認するや否や泣きついてきた為に、それすら出来ずにいた。

 

迎えに来た車に乗り込み、現在の状況を確認。

支社に着いたらすぐに、

何をすれば良いのか、何をしなければならないのか、頭の中で組み立てる。

これからまだL.Aにまで行かなければならない事を考えると、僅かな時間も無駄になんてしていられない。

無駄にすればする程、俺がつくしの待つN.Yへ帰るのが遅くなってしまう。

俺の中の重要最優先事項は、どんな時でもつくし∴ネ外にあり得ない。

余計な仕事を増やしてくれた連中に内心舌打ちしながらも、

目の前の問題を解決すべく俺は私的感情を一切捨て、ビジネスモードへと切り替えた。

 

 

 

シカゴ支社でのトラブルの解決策も何とか見え始め、

もう大丈夫だろうと一息吐いた時には、

N.Yを出てから既に6時間、シカゴに着いてから既に4時間が経過していた。

 


今、N.Yは13時…か。

アイツ、今、何してんだろうな…


 

やっとつくしに連絡を取る時間が出来た俺は、

迷わず携帯を取り出してつくしの携帯へとコールを鳴らした。

耳に当てた機械から、相手を呼び出す音が聞こえる。

 


5回目…

 

もし今昼飯食ってるところだったら、俺が電話したら怒るだろうな…


 


10回目…

 

今朝、俺が出て行くのが早かったし、昼飯食った後、寝てんのかも知んねぇ。


 


15回目…

 

それにしたって、いつもはこれ位鳴らせば不機嫌な声で出るだろ?


 


20回目…

 

何してんだよ、馬鹿女!

まさか、またキョトキョトしてんじゃねぇだろうな?!


 



「あ〜、もう良いっ!」



 

何度鳴らしても一向に携帯に出ないつくしに腹の立った俺は、

俺が
L.Aに出張に行っている間、

司が戻るまでホテルから出ないからっ!出て行く時は、必ず誰かに言うから!≠ニ、

頑として1人の時に
SPを付ける事を嫌がったつくしの様子を、

時々で良いから電話で確認しろと言っておいた
N.Y支社の芹沢の携帯番号を押す。

本当は俺以外の男がつくしに電話するなんて許せねぇ事だが、

他に信頼出来る奴など
N.Yにはいない。

治安が悪いN.Yで、つくしを1人置いて行く事に不安があった俺は、

背に腹は変えらんねぇと、芹沢に頼んでいた。

 

芹沢の携帯の番号を押して、携帯を耳に当てるまでに何度コールが鳴るんだ?

耳に当てた瞬間に、電話の向こうから芹沢の驚いたような声が聞こえてきた。

 



『つ、司様ですか?!』



 

何をそんなに慌てているのかと訝しげに思いながら、

 



「…俺だと、何か文句あんのかよ?」



 

つくしが電話に出ない事で既に不機嫌になっていた俺は、

芹沢の態度に一気に怒りのボルテージが上がる。

 



『い、いえ!そんな訳では…。え?えぇ?!司様?本当に司様ですよね?!』

 

「だから、俺だと何か悪ぃのかよ!訳分かんねぇ事ばっか言ってんじゃねぇぞ、芹沢!」



 

電話越しに俺に怒鳴られた芹沢が、向こうで息を呑む音が聞こえる。

 


ったく、何だって言うんだ…

俺が第二秘書のお前に電話する事なんて、珍しくねぇだろうが…


 

そう思いながら、次の芹沢の言葉を待った。

 



『つ、司様、失礼ですが、本日からL.Aに行かれるはずだったのでは…?』

 

「その予定のはずだったんだよ!

でも、飛行機に乗る直前にシカゴに向かう事になって、今シカゴにいる。

それより、お前、つくしが今何してるか知んねぇか?

何回連絡しても出ねぇんだよ、アイツ…」



 

やっと本題に入れた事で少し落ち着きを取り戻した俺は、

座っていた椅子の背もたれに背を預け、椅子をそのままデスクとは反対側の窓へと向けた。

 



『牧野様ですか?先程、私が連絡した時はお出になられましたが…。

一度、ホテルのフロントに確認してみます。』

 

「あぁ、頼んだぞ。」



 


アイツ、俺の電話に出ねぇで芹沢の電話には出てんのかよ…

何考えてんだ、あの馬鹿女!

マジでムカつくぜ!


 

芹沢との電話を切った後、

苛々する気持ちを紛らわそうにも本社ではないデスクの上に、

俺がやるべき仕事の書類などあるはずがなく、

滅多に見る事のないテレビのスイッチを入れた。

経済に関する番組が、どこかでやっているはずだと思った俺は、

そのまま適当にチャンネルを変える。

途端、目に入ってきたのは、目的のチャンネルではないチャンネルのブレイキングニュース。

何かあったのか?と思う余地もなく、俺の目に入って来た、

 



N.YJFK国際空港、8時30分発、C.ALAX空港行き。〜便、墜落。



 

の文字。

思わず、手に持っていたリモコンを落としてしまった。

 


見た…のか…?

つくし、お前は、このブレイキングニュースを見たのか?


 

徐々に早くなっていく俺の鼓動。

俺が乗るはずだった飛行機が墜落した事に対してではなく、

つくしがこれを見たのかどうかに対して…。

 


もしつくしが、これを見ていたら?

もしつくしが、俺が事故に巻き込まれていると思っていたら?


 

小刻みに震える手で、デスクの上にある秘書室へと繋がる電話の受話器を持ち上げた。

 



「中村か?俺だ。至急、調べて欲しい事がある。

今、
CNNで流れているブレイキングニュースが、N.Yでいつ流れ始めたか確認してくれ。」



 

中村にそう告げている間に、

デスクの上に置いてある俺の携帯がブーッ、ブーッと振動し音を鳴らす。

きっと芹沢がつくしの様子をフロントで聞き、俺に折り返してきたに違いない。

この電話に出れば、つくしの無事が確認出来るはず。

だが俺は、聞きたくないと頭の隅で思っていた。

手に取るべきではないと思いながら、電話に出てはいけないと思いながらも、

俺の手は携帯へとのびていく。

 

通話ボタンを押し携帯を耳に当てると、芹沢の慌てた声が耳に届いた。

 



『司様!メープルホテルのフロントに牧野様の様子を確認したところ、

1時間程前に青い顔をして、慌ててホテルから出て行かれたと…。

行き先までは確認出来なかったようです。こちらですぐにお調べさせて頂きましたが…』



 


やっぱりお前は見たんだな、このニュースを…

見たから、飛び出して行ったんだろ?


 



『牧野様は現在、行方不明です…』



 

何も言わない俺に、芹沢が緊張した声でそう呟いた。

 



「…今すぐ、つくしを探し出せ。

何としてでもつくしを見つけ出して、俺は無事だと伝えろ。

俺もすぐに
N.Yへ戻る。それまでに探し出すんだ。良いな?!」



 

漠然と胸の中に渦巻く不安を取り払うように、電話の向こうにいる芹沢を怒鳴りつけた。

 



『畏まりました。情報が入り次第、すぐにご連絡致します。』



 

芹沢はそれだけ言うと、すぐに電話を切った。

 

スーツの上着を手に持ち、秘書室へ向かう。

突然部屋から出て来た俺に、その場にいた秘書達は驚きを隠せないようだったが、

中村は俺の表情の硬さに何かを一大事を感じたのか、

 



N.Yへ戻られますか?」



 

と聞いて来た。

 



「あぁ。一番早いフライトでN.Yへ戻る。L.Aには、そう連絡しとけ。」

 

「畏まりました。」



 

足早にシカゴ支社を後にしながら浮かんでくるのは、

俺が乗っていると思っていた飛行機の墜落事故で、きっと動揺し不安になりながらも、

泣くまいと歯を食いしばり必死にそれを否定し続けているだろうつくしの姿。

 


この世界にいる誰よりも愛しくて、大切で、護りたい存在…。

強くも儚いその存在は、今、何を思っているんだろうか。


 




つくし、俺はここにいる。

大丈夫だ、俺は無事だぜ。

事故になんて巻き込まれてねぇよ。

 

帰るって言ったろ?

だから、良い子で待ってろって、そう言っただろ?




 

今すぐ、不安に怯えるつくしを力いっぱい抱き締めてやりたい。

大丈夫だと、安心しろと、背中を擦ってやりたい。

俺はつくしの傍にいると、キスしてやりたい。

 



なのに…



 



なぁ、つくし…

お前は今、どこにいる?



 

 

 




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