今日は年に1度、恋人同士が会える日…と世間では言われているのに、あたしは…
あたしに与えられた部屋の大きな窓から外の景色を見つめ、はぁ〜…と知らず知らずのうちに溜息が零れる。
窓の外はあたしの心を表すかの様に、大粒の雨が窓を勢いよく叩いている。
織姫様と彦星様も、あたし達みたいに会えないんだね…
そんな事を考えていると、また、はぁ〜…と溜息が零れた。
司が4年後に迎えに来ると言う約束を残してN.Yへ旅立ってから、あたしは1人道明寺低で暮らしている。
理由は一重に、「4年後も司と付き合っていきたいなら」との司のお母さんからの条件。
英徳大に通い経営学を学び、成績は常にトップクラスを維持しながら、
道明寺低にて英才教育を受けろと試練とも呼ぶべき条件を、あたしは司との将来の為にのんだ。
それが今から3年半前の話。
あたしは今、司のお母さんに言われた通り英徳大の経営学部3回生だ。
司との遠距離恋愛も3年半続けている。約束の4年まで後半年…。
最初の頃はあたしが英才教育に疲れを感じている時や、司が仕事でまいってしまっている時など、
お互いが限界に近付いた頃、タイミング良く司が仕事を理由に日本に帰国したり、
あたしが椿お姉さんにN.Yへ呼ばれたりしていて、定期的に会っていた。
その間にあたし達は、何と言うか、その…次のステップに進む事が出来た訳で、今ではお互いを名前で呼べる様にもなった。
初めて司に名前で呼ばれた時は、今まで感じていた距離みたいなのがなくなった様な気がして、
恥ずかしながらも嬉しかったのを今でも覚えてる。
だけど、この1年半位は、全く会えない状態が続いている。
最後に司に会ったのは一昨年のクリスマスイブからあたしの誕生日に掛けての1週間弱。
その時、司は確かに年明けから大きなプロジェクトが始まるから今までの様に会えないとは言っていた。
だけど、それがこんなに長くなるなんて、その時は思ってもいなかった。
会えなくても電話やメールは来ていたのに、それすらここ半年していない。
あたしから電話する事も出来るけど、時差の関係上、今は忙しいんじゃないかとか、
疲れて休んでるかも知れないとか、もしかしたら、もうあたしの事なんてどうでも良いんじゃないかとか、
そんな余計な事ばかりが頭の中で渦巻いて出来ない。
時間が経てば経つ程、何と言って連絡すれば良いのかも分からなくなってしまって、結局半年もそのままの状態で過ごしてしまった。
初めの頃が定期的に会えていただけに、これだけ長い時間会えない事が苦しくて、
でもたまにあたしから書く返事の返って来ないメールに「会いたい」なんて書けなくて…
でも会いたくて、声が聞きたくて、司の広い胸に抱き締められたくて、淋しくて…
広くて大きな冷たいだけのベッドの中で、声を殺して泣いた夜もある。
もうそれが、司からの連絡がなくなってからのこの半年間、毎日の様に続いているのだから、
あたしは自分で思っているよりも末期症状に陥ってるのかも知れない。
「司欠乏症…?あたしって、こんなに弱かったかな?」
声に出して言ってみるのと同時に、自嘲的な笑みが浮かぶ。
こんなのあたしらしくない!って思ってみても、あたしは雑草のつくしでしょ?!って渇を入れても、こんな夜はどうにもならない。
あの雨の日を思い出させる様な激しい雨と、年に1度、恋人に会える日…。
この状況が、あたしをこんなにも弱くしてしまうのだろうか…?
いや違う。あたしは元々、そんなに強くなかったんだ。
今までは「あたしは大丈夫。あたしは強い。」って自分自身に言い聞かせていただけ。
そうでもしなきゃ、やって来れなかったから…。
だけど、この遠距離恋愛中にあたしの中でどれ程司の存在が掛け替えのないものか理解して、
定期的に会っているうちに司って言う人を理解して、司の優しさに触れて、
司の腕の中で眠る絶対的な安心感を覚えてしまったから、あたしは司にだけありのままの自分を曝け出せる様になったんだ。
それが良かったと思う時もあるけど、今みたいな時は悔しいと思う他ない。
あたしはこんなにあんたを求めてるのに、あんたはそうじゃないのかな?
タマさんが、折角だからと部屋に用意してくれた小さな笹と笹飾り。
短冊には、織姫様の想いも一緒に込めて書いた。
きっと、アイツにあたしのこの願いが届く事はないけれど、織姫様の願いだけでも届けば良い。
そうすれば、何だかあたしも救われた様な気がするなんて、乙女チック過ぎるかな?
だけど、今日は生憎の雨。
空の上の恋人達も、こんな日は会えない。
神様って本当に意地悪。
せめて、織姫様と彦星様だけでも会わせてあげれば良いのに…。
ちらっと時計に目をやると、今の時間は23時半。
後30分で恋人達の時間も終わる。
でも、激しく窓を叩く雨は止みそうにない。
あたしは仕方なく、バスに入ろうとソファーから立ち上がった。
Tururururu Tururururu…
この半年間、全く聞く事のなかった携帯の着信音が部屋に響く。
あたしは慌てて携帯を掴み、通話ボタンを押して耳に当てた。
「…もしもし」
久し振り過ぎて声が震える。
あたしがこれ以上ない程、動揺しているのが伝わっていないだろうか?
『俺。久し振りだな。元気か?』
司だ… 司の声だ…
半年振りに聞く司の声は驚く程擦れていて、疲れからなのか寝起きなのか分からない。
でも、今N.Yは朝の10時半のはず。寝起きな訳ない…よね?
頭ではそんな事を冷静に考えているのに、心は正直だ。
久し振りに司の声が聞けた事が嬉しくて、涙が次から次へと溢れて来る。
あたしは元気だよって、ちゃんと応えなきゃ司が心配するのは分かってるのに、
声が喉に張り付いたまま出て来ない。
『つくし?どうした、何かあったのか?』
心配している様な怒っている様な司の声。
違う…違うよ…
あんたの声が聞けて嬉しくて、声が出ないんだよ。
泣いている事を司に知られたくなくて、嗚咽を必死で我慢しているのに、
小さい、本当に小さい声が零れてしまった。
ヤバい、聞こえたかな?
そう思った時にはもう、時既に遅し…
『…泣いてんのか?本当に、何があったんだ?』
さっきとはうって変わった優しい声に、また涙が溢れ出す。
「…タの所為よ。」
『何だって?俺の所為ってか?まぁ、確かにそうだな…。悪かったな、なかなか連絡もしてやれなくて…。ごめんな。』
小さな声で呟いたのに、どうしてアンタには分かっちゃうのよ…。
1年半前でも大人になったって、良い男になったって思ってたけど、
そんなに器の大きな男になっちゃったら、あたしの知らない男みたいじゃない…
会いたい… 会いたいよ、司…
「こ…こんな時間に…電話してて平気なの?…仕事中でしょ?」
あぁ、可愛くないな、あたし…
思ってる事と言ってる事が全然違う。
『あ?仕事?良いんだよ、今は。それより、お前、俺に言う事あるんじゃねぇの?』
柔らかく優しくあたしの耳を刺激する司の声に、素直なあたしが顔を出す。
「会いたい…」
『あぁ、会いてぇな…』
「会いたい…」
『俺も会いたい。』
「会いたいよ…司ぁ…」
馬鹿の1つ覚えみたいに「会いたい」を繰り返すあたしに、司は優しく応えてくれる。
3回「会いたい」と呟いたと同時に、また涙が溢れ出して嗚咽も堪えずに電話越しで泣いてしまった。
あたしが落ち着くまで、じっと何も言わずに聞いていた司。
本当、良い男になっちゃったよね…
「早く迎えに来てよ…」
ズズッと鼻を啜り、鼻声のまま、突然話し出したあたしに、きっと司は驚いた顔をしているだろう。
電話越しにでも分かってしまう司の反応。
あぁ、あたし、やっぱりこの男にどうしようもない位、溺れてる。
『…どうした、急に?』
ふふっ、やっぱり驚いてるのね。
声がびっくりした様な声してる。
当たり前だよね、今まで一度もあたしはこんな事言って来なかったんだから。
「だってさ…。花沢類は相変わらずだけど、最近、西門さんは優紀と付き合い始めて、
美作さんは滋さんとラブラブだし、桜子は和也君と良い感じで…。皆に当てられちゃうんだもん…」
そうなのだ。
あたしの周りは、ここ数年で大きく変わった。
高校を卒業したF3は、もちろんそのまま英徳大に進学。
あたしも英徳に進学すると皆に伝えた翌日には、滋さんまで編入して来た。
優紀以外の皆は英徳大生で、残り少ない学生生活を謳歌している。
花沢類は相変わらず、今は非常階段ではなく大学部の屋上で昼寝ばかり。
どこでどんな事があったのかは分からないけど、今、西門さんと優紀は付き合っている。
最初は難色を示したあたしだったけど、時間が経つにつれてお互い本気だと言う事が伝わって来た。
まぁ、優紀が幸せなら、それで良いんだけど…。
美作さんと滋さんは、滋さんが美作さんのお母さんお手製のケーキを、毎日の様に食べに行っているウチに自然とそんな関係になっていた。
付き合ってると聞いた時は、何故か妙に納得出来た事を覚えてる。
桜子と和也君は凄く意外だった。まだ、付き合ってはいないみたいだけど、
いつもじゃれあっている2人を見ていたら、付き合うのも時間の問題じゃないかと思う。
和也君が桜子に惚れていると言うよりは、桜子が和也君に惚れていると言うか、目が離せないと言うか…。
『何だ?お前には、俺様って言うれっきとした彼氏がいるじゃねぇか。』
何言ってんだ?と呆れた様な声で言う司。
そうじゃないんだってばっ!ちょっとは、女心ってやつを理解してよ…
「そうじゃなくて…。いつも近くに、傍に恋人がいる皆が、ちょっと羨ましかったんだよ…」
これじゃぁ、あたしが拗ねてるみたいじゃない…。
『今日はやけに素直だな…。悪ぃな、近くにいてやれなくて…』
司が本当に申し訳なさそうに呟く。
「あっ、別にそんな意味で言ったんじゃないよ?
ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ、皆が羨ましくなっちゃっただけって言うか、愚痴りたくなっただけって言うか…。」
傷付けちゃったかな?
ごめんね、本当にそんな意味で言ったんじゃなかったんだよ…
今日が、年に1度恋人達が会える日だから、少し、ホント少しだけ愚痴ってみたかったの。
『分かってるよ。俺が帰ったら、皆に見せ付けてやろうぜ。俺達が一番愛し合ってるってな。』
ちょっとでも傷付けたかな?なんて思ったあたしが馬鹿だったの?
司の声は、もういつも通り元気に戻ってる。
「ちょっ、何恥ずかしい事言ってんのよっ!」
司の台詞に、あたしの顔は真っ赤に染まって、空調が効いている部屋なのに顔が熱い。
電話越しでも、きっと司には伝わっている。
だって、さっきから笑ってるし、この男…
『別に恥ずかしい事じゃねぇだろ?仲間内で一番長い付き合いなの、俺達だし。間違いなく、俺とつくしの絆が一番強いと思うぜ?』
そりゃね…
伊達に障害乗り越えてきてないわよ?
しかも、その障害だって超ヘビー級だったし…
そりゃ、誰にも負けない自信はあるけど…
『じゃぁ、良いじゃねぇか。これ見よがしに、見せ付けてやろうぜ。今度はあいつ等が羨ましがる位によ。』
げっ…また声に出てたの?!
目に見えてイチャイチャされていた訳じゃないし、皆、あたしに気を使ってくれていた事も十分分かってる。
でも、時々、何でもない様な事を恋人にしてあげている皆の姿が羨ましくなる時があった。
司の言う通りかも?
今度は、あたし達が皆に見せ付けよう。
司が傍にいない事を分かってて、皆、あたしに見せ付けてくれてたんだし…
「それもそうだね。今まで見せつけられた分、お返ししてやらなきゃ。」
今度、司が帰って来た時のちょっとした楽しみも出来たし、さっきまでと違って気分も良い。
こんな恋人達の時間があっても良いかも知れない。
『おぅ。お前も、んな事位で落ち込んでんじゃねぇぞ!』
「落ち込んでなんてないっ。」
嘘。
さっきまで、恋人達の日に会えないだけで、あんなにも落ち込んでた癖に…
『いいや、お前は落ち込んでたはずだぜ?今日って七夕だろ?1年に1度、恋人達が会えるっつー日じゃねぇか。』
司、知ってたんだ…
あんたがあたしの事を理解してるって事よりも、七夕を知ってたって事にびっくりだよ…
まだ恋人達の時間は続いてるのかなと思って時計を確認すると、23時45分。
後15分は、七夕か…
今日が1年に1度の恋人達の日なら、伝えなきゃいけない事ってあるよね?
なかなか会えないから、言葉にしなきゃいけない。
あたしはそれを司に教えてもらった。
「ねぇ…司…」
いつからあたしは、こんなに穏やかな気持ちで自分の想いを言葉に出来る様になったんだろう…
司の様に、いつもいつもって訳にはいかないけど、伝えなきゃって思う時には自然と言葉に出来る様になった。
それが嬉しい。
『ん?何だ?』
「…愛してるよ。」
愛してる。この言葉だけで伝わるだろうか…
本当は言葉に出来ない程の想いを抱えてるあたしの気持ち、
ちゃんと、あんたに伝わってるのかな?
ねぇ、司…
あたし、どうしようもなくあんたに惚れてるんだよ?知ってる?