司からの電話の後、ダイニングへ戻ると修と陵がダイニングで取っ組み合っていた。
驚いてドアの開いたままの状態で立ち止まっていると、あたしが部屋に入って来た事に気付いた2人が、
「「あ、戻って来た!」」
と、あたしの元に走り寄って来る。
「ど、どうしたの?おやつは?もう食べた?」
そんなに長い時間司と電話していた訳じゃなかったから、まだ食べている最中だろうと思っていたのに、
2人はダイニングテーブルから離れた場所で、最近護身術の先生から習った技の掛け合いしていたのだ。
修と陵は、それぞれあたしの腕を掴んで、ダイニングテーブルの方へグイグイと引っ張って行く。
「まだ食べてないよ。」と、修が言う。
「どうして?ママ、先に食べて良いよって言ったでしょ?」
「うん。でも俺達が先に食べたら、ママ、1人で食べるんでしょ?」と、陵が聞く。
「う、うん、まぁそうだけど…」
子供達が大好きなおやつを食べなかった理由が分からず、あたしは困惑しながら2人に答える。
「だから、ママを待ってたんだよ。」
自分の席に着きながら、修がにっこり微笑んで言う。
ん?どう言う意味?
未だ訳の分からないあたしに、今度は陵が答える。
「ママ、前に言ってたじゃん。1人でご飯食べるのは淋しい事だって。だから、俺達、ママを待ってたんだ。」
時々、子供達が眠ってすぐ位に司が帰宅する日がある。
多忙な司にしては早い帰りの日、司に1人で食事を取らせるのは何だか抵抗のあるあたしは、
子供達がご飯を食べている時少ししか食べないようにして、司が帰宅してから一緒に食べる事にしている。
1度、修と陵に「どうして食べないの?」と聞かれた時に、
「1人でご飯を食べるのは淋しいから、司と一緒に食べてあげるの。」と答えた。
随分前に1度言っただけ事を、この子達は覚えていたんだ…
「そうそう。ママ、1人でおやつ食べるの淋しいでしょ?俺達、偉い?」
目をキラキラさせて褒めてと言わんばかりの修の顔。
「偉いよね?待ってたもん。」と、陵も同じ顔であたしを見つめる。
呆気に取られて一瞬キョトンとした顔をしてしまったあたし。
でも、次の瞬間、声をあげて笑ってしまった。
「あはははっ、そっか。2人共、待っててくれたんだ。嬉しいよ、ありがとう。2人共、偉かったね。」
そう言って修と陵、2人の頭を撫でた。
「「もう食べても良いよね?」」
あたしに頭を撫でられて満足したのか、今度はおやつの桃のタルトを前に瞳をキラキラさせている。
「良いわよ。でも、ちゃんと…」
「「いただきます≠言ってから!でしょ?」」
2人揃って、あたしに「分かってるよ!」と言う目を向ける。
あたしはそれに苦笑して、「そうだよ。」と声を掛けた。
「じゃぁ、食べよっか。いただきます。」
あたしがそう言って手を合わせると、修と陵も同じように手を合わせて、
「「いただきます!」」
と言って、勢い良く食べ始めた。
美味しそうにケーキを食べる子供達を見ながら思う。
あたし達は、特別な事をして子供達を育てて来たと言う気持ちはない。
司は自分が子供の時に出来なかった事を、あたしは自分が子供の時に親にしてもらって嬉しかった事を、
子供達にしてあげているだけだ。
良い事を良いと教え、悪い事を悪いと教える。
出来る限り怒らず、頭ごなしに反対せずに、子供達のやりたいようにやらせて来た。
親が知らない所で、子供は日々成長している。
幼稚舎や親のいない場所で、子供は子供なりに毎日何かを学んでいるのだ。
それが嬉しくもあり、淋しくもある。
あたしが、そんな親心を感じる日が来るなんて、司と出逢った高校時代には全く考えられなかったのにな…
そんな事を考えながら、あたしは2人がケーキを食べる姿を見つめていた。