おやつを食べ終わった後は、子供達のレッスンの時間だ。

今日はフランス語のレッスンの筈。

日本人にとって、世界の言葉の中で一番難しいとされているフランス語は、

初等部に入る前に覚えておく方が良いと言う事で、もう3年は勉強している。



英才教育なんて…と、結婚前は思っていたあたしも、結婚してから司が生きて来た世界に飛び込んだ時に思い知った。

英才教育が如何に大事かと言う事を…。



あたしは、司がN.Yに渡米した高校3年の時からF3に語学やマナーやダンス、礼儀作法に茶道に華道…

この世界で生きて行く為に必要な事を教えて貰っていた。

司が帰って来ると約束した4年後までに何とか形にはなったものの、

使わなければ身に付かないからと、大学4年の時は講義のない間、

道明寺家にお世話になりながらレッスンを受け、雑草根性で5年を掛けて全てを習得した。

それはもう、大変なんてものじゃなくて…。

当時は、出来る事なら全てを習得出来た頃に時間を早送りさせたいと常々思っていた。

 

司は無理に覚える必要はないと言ってくれていたけど、

社交界に出た時にあたしの所為で司や道明寺家の人達が馬鹿にされるのだけは嫌だった。

だから、辛くても結局は自分の為、司の為だと自分に言い聞かせ、頑張った。

そのお陰で、今は何不自由なく社交界に出る事が出来ている。

 

全てが形になり、習得出来たと思えるようになった時、司が言ってくれた、

 



「よく頑張ったな。無理させて、ごめん。俺の為に、ありがとう…」



 

と言う言葉が、何よりも一番嬉しかったのを、今でも覚えている。

5年掛りで身に付けた上流階級のマナーは、あたしに諦めなければ何でも出来る様になるんだと言う事を教えてくれた。

だけど、子供達にまでそんな思いをさせたいとは思わない。

楽に覚えられるなら、絶対にその方が良いと思う。

そんな理由から、修と陵は3歳の頃から英才教育を受けている。

でも、司が受けていた様な過密スケジュールのレッスンではなく、

司がお休みで家族皆が揃う日は、勿論修や陵もレッスンはお休み。

あたしや司の都合に合わせてレッスンを受けているもんだから、楽なもんだ≠ニ司は笑う。

だけど、そんな事を言ってられるのも幼稚舎の内だけ。

初等部に入れば、今受けているレッスンに経営学や経済学、帝王学まで入って来て今より大変になるのは、火を見るより明らか。

可哀想だなと思うけど、将来、この子達が道明寺財閥を背負って行くには必要な事なのだと自分自身に言い聞かせている。

 

そんな事を考えている内に、いつの間にかあたしは寝室のベッドの上で眠っていたようだ。

目が覚めた時には太陽は西に傾き、修と陵のレッスンの時間もとっくに終わっている時間だった。

寝室から出て、修と陵を探しに行く。

すると子供部屋から、流暢なフランス語が聞こえて来た。

 



『なぁ、陵…。今日の喧嘩、俺達が悪かったのかな?』



 

少しションボリした様な修の声。

 



『…そんな事ねぇよ。ぜってぇ、翔と祐也が悪ぃ。』



 

不貞腐れた様なぶっきら棒な陵の声。

 



『そうだよな。でも、ママは俺達に謝れって…』

 

『あれはっ!あれは…俺達が翔と祐也に怪我させたから…』

 

『そうだけど…。でも陵も悔しかっただろ?朝までは皆、何も変わんなかったのにさ…』

 

『そうだよな…。ママは嫌じゃないのかな?翔や裕也のママ達にあんな事言われてさ…』

 

『やっぱ嫌なんじゃねぇの?でも、ママは大人だから…。それはママにしか分かんねぇけど、俺達の為にママが謝っちゃったし…』

 

『ママが謝った時、俺、ママの所為じゃないのにっ!って思って…』

 

『うん、あれは俺達が悪かったよな。翔と祐也に怪我させちゃったし。だから、翔や裕也のママ達に謝ったんだし…』

 

『うん…。俺達が悪かったと思う。次学校言ったら、もう1回謝ろうな!』

 

『そうだな!よしっ、じゃぁ、この話はもう終わり!ママの所行って、さっきはごめんって言おうぜ!』

 

『おう!』



 

今日程、フランス語を勉強していて良かったと思った事はない。

子供達は、ここにフランス語が分かる人がいないと思って、

フランス語で話していたんだろうけど、ごめんね、ママ、聞いちゃった…。

子供達が扉を開けたら、今来たように装おう。

自分達から話してくれるまで、暫くあたしは待ってよう。

 

そう思って、あたしは静かに微笑んだ。

 
 
 
 
 
 
Act.10 『レッスン』