部屋から出て来た修と陵は、扉の前に立っていたあたしに驚き、あたしも今来た風を装って驚いた振りをした。

2人はあたしの言葉を素直に信じ、ホッとした表情を浮かべ、外は雨が降り出したから温室で遊ぼうとあたしを連れて行く。

一頻り遊んで、温室のカウチに座り3人で寛いでいた時、

 



「ママ、さっきはごめんなさい。俺達が悪かったのに、ママに謝らせちゃった…」



 

いつ謝ろうかずっと考えていたんだろうか。

何か考えてるなと思っていた修が唐突に幼稚舎での事をあたしに謝って来た。

あたしとしては、さっき2人には内緒で話を聞いてたから、もう良かったんだけど…。

 



「俺も、ごめんなさい。でも、どうしてママが謝ったの?悪いのは俺達じゃん…」



 

そう言って修と同じ様に陵も謝る。

自分の非を認めるのは、簡単なようで難しい。

大人になればなる程、だんだんとそれが出来なくなってしまう。

修や陵は、いつまでも自分の非を認められるような子で居て欲しいと思うけど、

さぁ、この子達はどうなんだろう?

 



「もう良いよ、謝らなくて。でも2人共偉いよ。最後はちゃんと翔君と裕也君のママにも翔君と裕也君にも謝ったし。

それが出来る子は、本当に賢い子だけなんだよ。

ママが翔君と裕也君のママに謝ったのは、修や陵が悪い事をしたら、それはママの所為でもあるからだよ。

悪い事を悪いってちゃんと2人に教えなかったママの所為。だから、ママは翔君と裕也君のママ達に謝ったの。」



 

あたしがそう言うと、2人は悔しそうな顔をする。

 



「でもっ!ママはちゃんと俺達に悪い事は悪いって言うじゃないか!」と、修。


「そうだよっ!友達が怪我するまで喧嘩しちゃダメだって言われてたのに…。ママの言う事聞かなかった俺達が悪かったのに…」と、陵。



 

それだけ分かってるなら、十分。

 



「ちゃんと分かってるんじゃない、2人共。でもね、大人はそうじゃないんだよ。

いくら修や陵が悪くてママが悪くなくても、修や陵が悪い事をすれば、それを教えなかったママの所為になるの。

だから、代わりにママが謝るのよ。修や陵は、どうしてママが謝ろうとした時、自分達が謝ったの?」

 

「俺達は、俺達の代わりにママが謝るところなんて見たくなかったから…」と、修。


「翔と裕也と喧嘩したのは悪いと思ってないけど、

でも、怪我させたのは悪かったと思ったから、その所為でママが謝るのは見たくなかったんだ。」と、陵。



 


そっか…。

それは修と陵のプライドなんだね。

小さいけど、立派な紳士じゃない。

親に謝らせたくなかったなんてさ。

何だか小さな司を見てるみたいで、ちょっと可笑しい。


 



「そう、ありがとう。でもね、修、陵。ママは、2人の事で謝る事を恥ずかしいとか嫌な事だなんて思わないのよ。

そうする事で、修や陵は何かを勉強出来るでしょ?その為なら、何度だって謝ってあげる。

でも、そうやってママが2人の為に謝る姿を見たくないって言うなら、もうこれからは同じ事しないようにしなきゃね。」



 

あたしがそう言って微笑むと、修と陵は「うん、分かった。約束するよ。」と指きりげんまんで約束し、3人で笑った。

 




ねぇ、修、陵…

あなた達は知ってるかな?

今、あたし達の目の前に咲いている向日葵の花言葉。


『あなたを見つめる』


って意味があるんだよ。

あたしは修や陵が、これからどんな風に育っていくのか、見つめていたいと思う。

この向日葵のように、何かを目指して真っ直ぐに育って行ってくれると信じて…ね。




 




そんな話をしている内に、夕食の準備が整ったと使用人さんが呼びに来た。

 

場所を温室からダイニングに移し、3人で食事を始める。

夕食の時間は19時。

司が帰って来るには早すぎる時間なので、夕食は司が休みの日以外は、大体3人で食べている。

今までは大雨が降っている日だけは、家族揃って夕食を取っていた。

だけど、お腹に新しい命が宿る前の大雨の日、

修と陵の言葉をキッカケに司と2人で乗り越えた雨の日以来、司はいつもと同じような時間に帰宅するようになり、

あたしも大雨の日でも笑えるようになった。

修と陵とお腹にいる子と一緒に、雨が降っていても司がいなくても、笑えてる。

もう、大丈夫だ。

 

そんな事を考えながら、1人微笑んでいたあたしに、修と陵が不思議そうな顔をして聞いて来る。

 



「ねぇ、ママ。お外、雨が降って来たけど、やっぱりパパ遅いの?」


「パパ、雨の日はいつも早く帰って来て、俺達と遊んでくれたのに…」



 

修と陵が少しつまらなさそうに呟いた。

 



「今日の朝、司が言ってたでしょ?遅くなると思うから、修と陵は先に寝てなさいって。

雨が降って来ても、多分、司は帰って来ないと思うわよ。」



 

苦笑しながら言ったあたしの言葉に2人が拗ねる。

 



「何でだよ?」と、修。


「パパ、俺達と遊ぶのが嫌になったのかよ?」と、陵。



 

余りに見当違いな陵の発言に、思わず笑ってしまう。

 



「違うわよ。司は修と陵と遊ぶのが嫌になったんじゃないよ。

司が帰って来ないのは、ママが笑えるようになったから。ほら、修と陵が言ってたでしょ?ママ、雨の日は笑わないって。」



 

まだ、この子達には難しかったかな?

修と陵、凄く変な顔してる。

考えてるような、困っているような…

ふふふっ、笑える…

 



「じゃぁ、何でママが笑ったら、帰って来ないの?」と、修。


「ママが雨の日に笑ってなかったら、パパは帰って来るの?」と、陵。



 

何で?どうして?は子供の特権。

子供はどんな事にでも興味を持って、そして知りたがる。

時には答えられないような質問をして来る時もあるけど、なるべく答えてあげるのが親の務め。

あたしは、少し考えた後、

 



「ママね、昔、雨の日にとても悲しい事があったの。

それからずっと、大雨の日には、その悲しい事を思い出してしまって、笑えなくなってたの。

でもね、修と陵がママに、笑わなきゃ幸せは来ないんだよって教えてくれたでしょ?」



 

2人にそう問いかけると、2人で少し顔を見合わせた後、あたしを見つめて、しっかり頷いた。

 



「修と陵が、ママにそう教えてくれたから、ママ、もっと幸せになろうって思って、

悲しかった日の思い出を、とても幸せな日の思い出に変える事にしたの。

そしたらね、大雨の日でも笑えるようになっちゃった。

司はいつも、大雨の日にママが泣いてるんじゃないかって思って早く帰って来てくれてたんだけど、

今のママは大雨の日でも笑ってるから、大丈夫だと思ってお仕事出来るようになったのよ。分かった?」



 

う〜ん、やっぱり難しかったかな…

 

修と陵も、分かったような分からないような、そんな顔をしている。

 



「ちょっと分かったけど、ちょっと分かんない…」と、修。


「俺も…。でも、雨の日にパパが帰って来ないのは、ママが悲しくないって事なんだよね?」と、陵。



 

肝心な事は分かってくれたみたいなので、あたしも安心して、にっこり微笑み、

 



「そうだよ。司が帰って来ないのは、ママが悲しくない証拠。笑ってる証拠なんだよ。だから、司を怒らないでね。」



 

そう言うと、2人は少し不貞腐れているけど、

 



「「分かった…」」



 

と呟いた。

 

大雨の日は司と遊べる日≠チて言う公式が出来ていた2人には、納得いかない事だよね。

だけど、あたしと司にとっては大雨の日を乗り越えられた事はとても良い事だと思う。

あたし達にとっては悲しかった雨の日は、子供達にとっては楽しい日で、

それを取り上げてしまったのだと思うと、少し複雑になりながら、あたしはメインの魚を口に入れた。

 
 
 
Act.11 『雨の日』