午後8時。
子供達と一緒に食事を済ませ食後のコーヒーを飲んでいると、使用人さんが司の帰りを知らせに来た。
修と陵は司が早く帰宅した事に大喜びし、エントランスへと走って行く。
その後を、あたしもゆっくりと付いて、司を出迎えにエントランスへ向った。
今日の帰宅は早いだろうと思ってたけど、まさかこんなに早い時間に帰って来るとは思わなかった…
そんなに修と陵の事が気になったのかな?
そんな事を考えているうちに、エントランスへ到着。
西田さんに最後の指示を出し、司の本日の仕事は終了。
表情が邸に入った途端に、道明寺財閥 日本支社長から道明寺 司に切り替わる。
沢山の使用人さん達の中に、あたしの姿を確認した司は、真っ直ぐにあたしに向って歩いて来る。
「ただいま。」
そう言って、あたしの額と唇に軽くキスを落とす。
「お帰り。本当に早かったんだね。仕事、大丈夫だったの?」
子供達の額にキスをしながら、ただいまと挨拶している司に、あたしは尋ねた。
軽々と修と陵を抱き上げた司は、
「あぁ、予定していた会議が1つキャンセルになって思ったよりも早く帰って来れたんだよ。
あっ、これは俺がキャンセルしたんじゃねぇからな。完全に向こうの都合だかんな。俺の所為じゃねぇぞ。」
と、あたしに念押しする。
ははっ…
司にここまで念押しさせてしまうあたしって…
だって司が相手の都合も考えずに、簡単に仕事をキャンセルさせたりするから、だから、あたしが心配するんじゃないの!
「はいはい、分かったわよ。それより、夕食は?もう食べた?」
子供達を抱っこしたまま着替えの為に部屋へと向う司に、声を掛ける。
「あぁ、さっきまで会食だったからな。軽くは食ったけど。」
家族専用のリビングに着き、修と陵を下ろしながらそう言う司。
「じゃぁ、今から何か作るね。着替えるついでにお風呂入って来たら?その間に用意しておくから。」
キッチンに向いながらそう言うと、修と陵が、
「パパが入るなら、俺も入る!」
「俺も行く!」
と、司に飛びついていく。
「お前等も入るのか?じゃぁ、俺、こいつ等風呂入れて来るから、頼んだぜ。」
司はそれだけ言うと、修と陵を連れてバスへと消えて行った。
仕事から帰って疲れてるだろうに、子供達の相手をしてくれる司。
あの人はいつからあんなに器の大きな男になったんだろう?
やっぱり、自分の子供って言うのは可愛いものなのかな?
3人の着替えを準備しにバスへ入ると、中から子供達のはしゃいだ声とそれを諌める司の声が聞こえて来る。
そんな声を聞きながら、あたしはキッチンに戻り司のお夜食を作り始めた。
丁度、お夜食が出来た頃、バスから髪が濡れたままの双子がパジャマに身を包んでキッチンに飛び込んで来た。
「ママぁ〜、パパとね、水鉄砲で遊んだんだよ!」と、修。
「俺、2発もパパに当てたんだぜ!」と、陵。
2人にコップに入れたミネラルウォーターを手渡しながら、
「そう、良かったじゃない。もうすぐ、司のご飯持ってダイニングへ行くから、修と陵も司と一緒にダイニングで待っててくれる?」
と言うと、2人共、上機嫌で「うん!」と返事を返し、ダイニングへと戻って行った。
ダイニングへと走って行く子供の後ろ姿を見ながら、やっぱり男の子は、パパと遊ぶ方が楽しいのかな?なんて、
少しの淋しさと大きな嬉しさを噛み締めていた。
仕事が忙しくて、会えない日が続く時も少なくない司と子供達。
なかなか会えなくても、こうして司が早く帰った日は子供達と時間が許す限り遊んでいる。
ただそれだけの事が子供達にはとても嬉しい事で、そしてそんな時間を司も大切にしている事をあたしは知っている。
あたしと一緒にいる時間が多い子供達は、仕事が忙しい司の事をどう思ってるんだろうって気になった時も確かにあった。
でも、こんな子供達の姿を見ていると、司が大好きな事が言葉にしなくても伝わってくる。
その事実がとても嬉しくて、そして少しだけあたしから離れて行ったような気がして淋しいと思ってしまう。
なんて、こんな事司に言ったら俺より修や陵の方が良いのかよ?!≠チて怒られるだろうから、絶対に言えないけど。
お夜食を持ってダイニングに行くと司の隣に修が、そしてあたしの席の隣に陵が座っていた。
「こらっ、修!大人しくしてねぇと、髪拭けねぇだろ?!」
濡れたままの髪だと風邪をひくからと、司が隣の席に座っている修の髪をタオルでガシガシと拭いている。
「パパも陵も濡れたままじゃん!俺も大丈夫!寒くないもん!」
そう言って髪を拭かれるのを嫌がる修。
確かに今は夏で、適温にセットされた空調は寒くはない。
でも、濡れたままでいたら、いつ風邪をひいてもおかしくないし、折角のサラサラの髪が痛んでしまう。
「ダメだ!お前は、すぐ風邪ひくからな。俺とお前を一緒にすんじゃねぇよ、ったく…」
司はそう言って逃げようとする修を捕まえる。
そんな修と司の様子を見ながら、陵が、
「頑張れよ、修〜」
と、暢気に応援なんてしてる。
陵の髪はまだ濡れたまま。
自分は司に拭かれなくて安心しているのだろうか?
だったら…
司の前に、今出来たばかりのきんぴらごぼうと焼き鮭とお味噌汁、そしてご飯を並べ終えた後、
「陵、いらっしゃい。」
と、陵を呼ぶ。
「何?」と言いながら、あたしの近くに来た陵にタオルを被せて、司と同じようにあたしも陵の髪を拭き始めた。
「うわっ!ママ、何すんの!」
何の前触れもなく陵の髪を拭き始めたあたしに、陵が抵抗する。
「大人しくしてて。陵も髪を拭かなきゃダメよ、風邪ひいちゃう。」
そう言いながら陵の髪を拭いていくあたし。
ムッとしてはいるが、大人しくあたしに髪を拭かれている陵を見ながら、司が修に言う。
「ほら、修。陵はちゃんと大人しくしてるぜ?これじゃぁ、どっちが兄貴か分かんねぇな。」
なんて笑いながら言うもんだから、
「陵のお兄ちゃんは、俺だよ!俺がお兄ちゃんなの!」
と、修が怒る。
「じゃぁ、大人しくしてろよ。俺は早く飯食いてぇんだよ。」
そう文句を言いながらも、優しく丁寧に修の髪を拭いていく司は、やっぱり良い父親だ。