髪を拭き終わり、司がお夜食を食べ終わった後、場所をダイニングからリビングに移したあたし達。

司はコーヒー、あたしは紅茶、修と陵はオレンジジュースを飲みながら今日1日の事を話す。

 

 



「修と陵は、今日幼稚舎で何したんだ?」



 

今日幼稚舎であった事を何も知らない司は、そう言って修と陵に話を振る。

子供達に話をさせるのは、少し酷な事なんじゃ…と思ったあたしは、はっと司の方を向く。

すると司は、あたしの頭を軽くポンポンと叩いた。

それはまるで、心配するな≠ニ言っているようで…。

あたしも黙って、修と陵の話を聞く事にした。

 

司に何したんだ?と聞かれた修と陵は、朝から幼稚舎でやった事を順々に楽しそうに話して行く。

 



「でね、今日はお昼の時間に初等部のお兄ちゃんやお姉ちゃん達が来たんだ。」



 

嬉しそうに修がそう言う。

 



「俺達のクラスにも来てくれたんだぜ!いっぱい、色んな話して俺達の知らない事、沢山教えて貰ったんだ。」



 

陵も嬉しそうに話す。

修と陵には、お兄ちゃんやお姉ちゃんがいないから、

年の離れたお兄ちゃんやお姉ちゃん達と一緒にお昼ご飯を食べられた事が余程嬉しかったんだろう。

 



「でもね…」



 

今まで楽しそうに話していた修の顔が曇り、話が止まってしまった。

 



「でも…どうした?何かあったのか?」



 

司が優しく話の続きを修と陵に促す。

暫く沈黙した後、言いづらそうに修が話し出した。

 



「ねぇ、パパ。俺達はどうして道明寺≠ネの?」



 

てっきり話の続きを話し出すのだと思っていたあたしと司は、意外な修の言葉に一瞬2人して固まってしまった。

あたしは、司と顔を見合わせた後、

 



「修、どうしてそんな事聞くの?」



 

と、聞く。すると、それに修ではなく陵が答えた。

 



「喧嘩…したんだ。翔と裕也と…俺達が道明寺だから…」



 

修も陵も俯いて、その時の事を思い出したのか、悔しそうに唇を噛み締めている。

「翔と裕也って誰だ?」と聞いて来る司に、

「田村商事と藤貿の息子さん達。」と答えると、あぁ、それで…と納得したように呟いた。

 



「って、ちょっと待て。田村商事と藤貿の社長は、妻がお前に…って言ってたんだぜ?どう言う意味だよ?」



 

一度納得したように見えた司は、眉間に皴を寄せて再びあたしに聞く。

 



「別に何でもないのよ。あたしがお迎えに行ったら、修と陵が翔君と裕也君と喧嘩して怪我させちゃってたのよ。

怪我って言っても擦り傷程度のものなんだけど…。

その傷を見た翔君と裕也君のお母さん達が、子供の教育が行き届いてないとか、慰謝料がどうとか言うから、

あたしもちょっと頭に来ちゃって…」



 

何だか、司に怒られているような気分になって来て、修や陵と同じ様に俯いてしまうあたし。

 



「で、お前はそんな事を子供の前で話すお前等の性格どうにかしろよ?って言っちまったって訳だな?」



 

あたしが彼女達に言った事を、まるで司は聞いていたかの様に当てた事に驚いて、俯いていた顔を思いっきり上げ、司を凝視した。

 



「…どうして分かったの?」

 

「バーカ。何年、俺がお前の事見て来たと思ってんだ。お前の言いそうな事位分かるっつーの。」



 

と、ピンッとあたしの額を指で弾いて、司は笑った。

途端に真っ赤になるあたしの顔。

司に弾かれた額を押さえながら、「そっか…」と呟いて、あたしは少し笑った。

 



 



「で、修と陵は、どうしてその翔って奴と裕也って奴と喧嘩なんてしたんだ?仲良いんだろ?」



 

真剣な顔をして修と陵に向き合う司。

修と陵は、怒られていると思って、益々縮こまる。

 



「修、陵、俺は別に怒ってる訳じゃねぇんだ。

お前等が殴ったりする位なんだから、よっぽどの理由があったんだって、俺は思ってる。

でもな、理由によっちゃ、それでも我慢しなきゃなんねぇ時もあるんだ。

だから、その喧嘩の理由ってやつを俺に教えてくんねぇか?」



 

司がそう言って少し微笑むと、修と陵はほっとした様に、少しずつ話し出した。

 



「俺達が道明寺≠セから、翔と裕也と喧嘩になったって言ったでしょ?」と、修。


「お昼ご飯の時間に、初等部のお兄ちゃん達がお名前は?≠チて聞くから、

俺達道明寺 陵≠ニ道明寺 修≠ナすって挨拶したんだ…」と、陵。


「そしたら、初等部のお兄ちゃん達、俺達がいつもやってる事をさせてくれなくなって…」と、修。


「クラスの子にも、俺や修に何もさせないようにって…」と、陵。



 

司に今日の出来事を一生懸命話す修と陵。

司も一生懸命2人の話を理解しようとしてるけど、やっぱりどうも分からないらしく、頭の上に?が飛んでいる。

あたしは山本先生から話を聞いていたから、修と陵が言っている事が理解出来るけど、司には難しいかも知れない。

そう思って、修と陵の話を司に分かるように説明する。

 



「司?今の修と陵の話、分かった?」



 

あたしが司にそう聞くと、

 



「分かったような、分かんねぇような…」



 

と、いつかの修と陵のような返事を返す。

あたしはそれに苦笑しながら、話し出した。

 


今日、幼稚舎の修や陵の学年に初等部の高学年の子供達が一緒に昼食を食べる為に来た事。

修と陵が道明寺家の息子だと分かった途端、初等部の子供達の態度が変わった事。

初等部の子供達が、修や陵にそんな態度を取るもんだから、クラスの子達の態度まで変わってしまった事。

要するに、特別扱いを受けるようになってしまったのだと話した。


 

初等部の高学年にもなると、英才教育の一環として経営学や帝王学、そして今の日本経済について勉強している。

そんな子供達にとって道明寺と言う名前は、とても力のある名前なんだろう。

 



「そう言う事か…。道明寺だから喧嘩したってのは…」



 

はぁ〜…と溜息を吐きながら、司が暫く考え込む。

 

英徳の幼稚舎に編入する時、理事長や先生方には道明寺の息子だからと、修や陵を特別扱いしないで下さいと言っておいた。

だから、英徳に通う普通の生徒達の様に、今まで特別扱いを受ける事もなく、のびのびと幼稚舎で生活出来ていたのに、

思わぬところで特別扱いを受ける羽目になってしまった修と陵。

朝までは普通に接していたクラスの子達が、お昼を過ぎた頃から態度を変えた。

修や陵には何が何だか分からなかっただろう。

仲間外れにされているような淋しさや疎外感、そんなものを感じてしまったのかも知れない。

そこに親友とも呼べる翔君や裕也君まで、修や陵を特別扱いし始めたものだから、悔しくなって爆発してしまったんだろう。

翔君と裕也君が、あたしにまで敬語を使って話したのはきっとそう言う理由から。

道明寺と言う名前の所為で、1人の人間として周りが接してくれなくなるのは、苛めを受けている事と何ら変わらない。

半年前までアメリカで生活していた修と陵は、

これまで道明寺と言う名前に縛られずに生きてきた分、今回の出来事はショックな事だったんだと思う。

 

正直な話、あたしには修や陵の悲しみは分からない。

特別扱いは嫌いだけど、あえて気にもしていなかったから。

英徳で苛めに合ってはいたけど、悲しいとかそんな事を思う暇なんてなかった。

何せ学園中から苛められてたしね。

まぁ、その首謀者と結婚したあたしも、きっとどうかしてるんだろうけど…。

好きになっちゃたものは、仕方ないし…。

 

司も、こんな理不尽な悲しみを味わった事があるんだろうか…。

司なら、今の修や陵の気持ちが分かるんだろうか…。

そんな事を考えた時、あたしは本当は司の事を何も分かっていないんじゃないだろうかとふと思った。

 
 
 
 
 
Act.13 『喧嘩の理由』