そんな事を考えていたあたしの頭を、司がコツンと指の背で叩く。
「また、お前はつまんねぇ事考えてんだろ?」
どうして、この人には分かっちゃうのかな?
ねぇ、司…
あんたはあたしの事よく分かってるけど、あたしはあんたの事ちゃんと理解してあげられてるのかな?
「んな事、心配すんな。お前はちゃんと俺を理解してるし、受け止めてくれてるよ。」
そう言って司は、あたしの肩を抱いた。
「…あたし、またやっちゃった?」
「おぉ、ばっちり聞こえてたぜ。変わんねぇな、お前のその癖。」
どうやら、またあたしは声に出していたらしい。
「修、陵、こっち来い。」
あたしの肩を抱いていた腕を放して、自分が座っているソファーの横をポンポンと叩く。
修と陵はお互いの顔を見た後、司に言われた通り司の左右に座った。
修を自分の膝の上に乗せ、あたしと司の間にいる陵の頭を抱いて、司が優しく聞く。
「なぁ、修。お前は俺とつくしがパパとママじゃ、嫌か?」
そんな質問をされると思っていなかったのだろう。
修がびっくりしたような顔をして、司を凝視している。
陵も修と同じ様に、司の顔を見ている。
「嫌か?」
何も答えない修に、もう1度聞く司。
修は弾かれたように我に返り、思い切り左右に首を振った。
「じゃぁ、陵は?」
修に聞いた時と同じ様に陵に聞く司。
陵も勢いよく、左右に首を振って司の意見を否定する。
「そっか、ありがとな。俺は、修と陵が俺の息子で良かったって思ってる。勿論、つくしも俺と同じ意見だ。なぁ?つくし。」
「当たり前じゃないの!」
そこであたしに振られるとは思ってもみなかったものの、自分でもびっくりする位強く肯定していたあたし。
そんなあたしを司は笑う。
「どうして、お前等が道明寺なんだ?ってさっき俺に聞いたよな?」
そう言って、修の顔を覗き込む司に、修はうんと頷く。
「答えは、俺が道明寺 司だからだ。俺も、修や陵と同じで産まれた時から道明寺だった。
つくしは、俺と結婚してから道明寺になったんだ。それまでは、牧野って名前だったんだぜ。」
自分で言ったあたしの旧姓に、懐かしいなぁと呟いて笑う司。
修や陵は、牧野 つくし…?≠ニ不思議そうな顔をしている。
不思議がっても仕方ないよね。
修と陵が産まれた時には、もう既にあたしの名前は道明寺 つくし≠セったんだから…
「俺が道明寺なのは、修や陵のおじいちゃんが道明寺だったから。
道明寺っつー名前は、すっげぇ力があるんだよ。だから、初等部のお兄ちゃんやお姉ちゃん達は、修や陵を特別に扱った。
まぁ、そのお兄ちゃんやお姉ちゃん達に悪気があったんじゃねぇとは思うけどよ。」
分かるか?と、修と陵の顔を覗き込んで確認する。
2人は難しい顔をしながらも、うんと頷いた。
「どうしてこの名前にすっげぇ力があるのかっつーのは、お前等がもう少し大きくなれば分かると思うけど、
俺も昔はこの名前が大嫌いだったんだ。道明寺だからって、今日の修や陵みたいに特別扱いされる。
それが嫌で嫌で仕方なかった。だから、お前達の気持ちも分かるんだ。」
苦笑しながら話す司を、修と陵は真剣な顔をして見つめている。
「だけどな、修と陵は俺とつくしの息子で、道明寺って名前から変わる事はねぇ。
修も陵も大きくなって、高等部や大学部に行くようになれば、今よりもっと修と陵を特別扱いする奴が増えてくる。
修と陵は、そう言うのが嫌なんだろ?」
司がそう聞くと、2人は頷く。
「だよな。だったら、嫌だって言え。特別扱いしないで欲しいって、自分達の言葉でちゃんと言うんだ。
修は修、陵は陵だって、ちゃんと周りに言葉で言え。暴力は何の解決にもならねぇよ。暴力は、余計にお前達を1人にさせるぜ…」
そう言った司の声が、少し淋しそうに聞こえたのは、あたしの気のせいだったのかな?
淋しさを、悲しみを、言葉に出来ない想いを全て暴力で示してきた司。
そんな司が放った言葉に、あたしはこれ以上ないって程の重みを感じた。
「探せばぜってぇいるんだぜ、道明寺って名前なんて関係ないって言ってくれる奴は。
そう言う友達を見つけろよ、修も陵も。俺にとっての、総二郎やあきら、類みたいな友達をな。
そんな友達は、お前等が大きくなっても、きっと傍にいてくれるし、困った時は助けてくれる。」
そう言って優しい笑みを浮かべた司は、修と陵の頭をワシャワシャと力強く撫でた。
「道明寺って名前にしか興味のない奴も沢山いる。
そんな奴等に傷付けられる時も、これからいっぱいあると思う。
でも、んな事や、つまんねぇ事しか言って来ねぇ奴等にぜってぇ負けんな。
道明寺 修って1人の男と道明寺 陵って1人の男を周りに認めて貰えるように、修や陵も努力しなきゃなんねぇけど、
修と陵が俺とつくしの息子で良かったって思ってくれてるなら、
道明寺って名前の前に、修には修って名前があって、陵には陵って名前があって、俺やつくしの息子なんだって自信持って頑張れ。」
司に掛けられた優しさ溢れる言葉が嬉しかったのか、修と陵の瞳がウルウルと潤んでいる。
かく言うあたしも、司が息子達を励ましている姿を見れた事に感動しちゃって、目の前が霞んで来ているんだけど…。
「大丈夫。修と陵なら、道明寺の名前に負けねぇ位良い男になれるぜ。俺が保障してやる。
修と陵の名前に、どんな意味があるか分かるか?」
子供達の名前は司が決めた。
道明寺家の男達は、代々名前を1文字の漢字で表すらしく、司に任せたのだ。
司の名前は、世界を司ると言う意味から付けられている。
そして、修と陵は…
司の質問に、首を左右に振って知らないと答えた修と陵。
2人対して、司は蕩けそうな位優しい微笑みを浮かべて、
「修は欠点を直し、足りないところを補って、人格や行いと立派にする≠チつー意味がある。
悪いところを直して、自分に足りないところをプラスしながら、修自身や修の行動を良いものにするって事だ。」
と、修の頭を撫でる。
「それから、陵は困難や障害に耐え、克服する≠チつー意味がある。
苦しい事とか邪魔なものを我慢して、それを乗り越えて行くって事だ。」
と、陵の頭を撫でる。
「お前等には、良い男になれるような名前がついてるんだ。そう思えば、何でも頑張れそうだろ?」
でも、道明寺って名前の所為でお前等を傷付けて悪かったな…と謝った司。
その途端、修と陵が声を上げて泣き出した。
昼間、幼稚舎であった事が悔しくて、それを司に分かってもらえた事が嬉しくて泣いているのか、
友達に手を上げてしまった事への後悔なのか、それとも司を傷付けた事への後悔なのか…
それはあたしには分からない事だけど、修と陵が司にしがみ付いて
「パパが悪いんじゃないよ、悪かったのは俺達だから。でも、ありがとう。」と、自分達の非を認め、
涙声で素直にお礼を言える息子達は、我が息子達ながら凄く素敵だと思う。
そして、そんな子供達に「男が簡単に泣くんじゃねぇよ。」と笑いながら声を掛ける司は、もっと素敵だとあたしは思う。
泣き止んだ子供達に、
「道明寺って名前にチヤホヤして来る奴等の事なんて気にすんな。それから、少しはお前等も慣れろ。
こんな事で一々傷ついてたら、毎日傷つかなきゃなんねぇぞ?修や陵を1人の男として接してくれる奴等だけを信じてたら良いんだ。」
まずは、そう言う友達を見つけなきゃな、と笑う司。
子供達に笑顔が戻ったところで、
「でも…だ!自分の事を分かってもらえねぇからって、手をあげるのだけは止めろ。それは良くねぇ事だからな。俺と約束出来るか?」
と、厳しい顔をして一言。
修や陵も、友達に手を上げた事は悪い事だと分かってるから、
「うん、約束する。」
「俺も約束する。ごめんなさい。」
と、素直に頷いた。
次に幼稚舎へ行ったら、もう1度翔君と裕也君に謝るとあたしと司に約束して、子供達はいつもより少し遅れてベッドに入って行った。