子供達を子供部屋で寝かせた後、司は少し仕事をすると行って書斎に入り、あたしはその間にバスへと向った。
あたしがバスから出て来た時には、司はベッドに横になって何やら考え事をしていた。
何も言わずに司の横に潜り込んだあたしを、司が後ろから抱き締める。
「なぁ、つくし…」
司の声が何だか弱弱しい。
「どうしたの?」
後ろを振り返りながら、あたしがそう聞くと、
「いや、何かこう言う気持ちを切ないって言うのかな?と思ってよ…」
と、自嘲的に笑った司の声が返って来た。
「何?急に…。さっきの修と陵の話?」
珍しくセンチメンタルになっている司。
こんな彼の姿は本当に珍しい。
さっきまであんなに力強い言葉を、子供達に掛けていたなんて思えない。
「あぁ…。こればっかりは、あいつ等が自分で乗り越えなきゃなんねぇ事だから…。
こう言う時、親って何にもしてやれねぇんだなと思ってよ…」
そう言って司は溜息を吐く。
「そんな事ないよ。司は十分、修や陵にしてあげたじゃない。さっきの話、あたし感動しちゃったもん。」
後ろ向きに抱かれていた身体を反転させて、司の頭を撫でる。
「司も小さい時、修や陵と同じ理由で淋しい思いとか悲しい思い、やっぱりしたの?」
「いや。俺には小せぇ頃から総二郎やあきらや類がいたからな。そう言う事は思わなかった。
でも、正直ショックだったぜ、道明寺っつー名前の所為で喧嘩したなんてな…。
俺の場合は、道明寺の名前が嫌だったっつーより、財閥の跡取りとしてしか見られない事の方が嫌だったからな。
修や陵とはちょっと違うか…」
あたしの胸に顔を埋め、しっかり抱き締めてくる司。
修や陵の気持ちが分かっていても、何もしてやれない自分の事を責めているのだろうか?
「そっか…。修や陵はさ、道明寺の名前が嫌なんじゃないよ、きっと。
唯、皆が自分達の事を特別扱いするのが嫌なだけなんだと思う。
さっき、司がそう言う扱いが嫌なら嫌って言いなさい≠チて修や陵に教えたでしょ?
親として出来る事なんて、それ以外何もないよ、多分。」
胸から顔を上げた司の目を、しっかり見据えて優しく話す。
そんな事で、自分を責めなくて良いんだよって、司は立派な父親だよって、思いを込めて。
「修や陵は司と違って、ちょっとぬるま湯に浸かり過ぎてただけなんだよ。
N.Yでは、修や陵を特別扱いしてくれる様な人達はいなかったし、
幼稚舎に編入する時にあたし達が特別扱いしないで下さいって言っちゃったから、こんな事になっちゃっただけ。
もし、幼稚舎に編入する時に、学園側に何も言ってなかったら、修や陵は普通にそう言う扱いに慣れたのかも知れないね。
ちょっと、過保護すぎちゃったかな?」
あたしがそう言って苦笑すると、司はまたあたしの胸に顔を埋めて、
「そうかもな。でも、良いんじゃね?こうやって反省とか繰り返しながら子育てしても。すっげぇ俺達らしいじゃん。」
と、笑う。
まぁ、確かにね…
あたし達は、何度も失敗を繰り返して、反省を繰り返してここまで来たんだ。
初めての子育ては手探り状態で、子供にとって何が良くて何が悪いのか、そんな事すら分からない。
あたしや司を今まで育ててくれたママやお義母様は、本当に凄いと思う。
子供は親のいないところでも確かに学んでるけど、やっぱり親が教えなくちゃいけない事って沢山あると思う。
あたし達は、ちゃんと教えられてるのかな?
学校でもレッスンでも教えてくれないけど、でも本当は一番大切な事。
母親1年生のあたしと、父親1年生の司を大きく成長させてくれるのは、まだ5歳の先生達なのかも知れないね。
ふと司の顔を見ると綺麗な瞳はもう閉じられていて、穏やかな寝息が聞こえていた。
やっぱり、仕事無理して帰って来たんだね。
疲れ果てた身体で眠りについた司を、あたしは息をひそめて見ていた。
世界中でただ1人、あたしだけがこんなにも無防備で愛しい顔を知っている。
そんな当たり前の様な事が、いつもあたしに幸せって言葉の意味を教えてくれる。
時々、こんな幸せが怖いと思う時がある。
だけど、それは幸せ過ぎる今の状態が怖い訳じゃなくて、きっと、この幸せがいつか消えてしまう事が怖いんだって、最近分かった。
何十年後か先に、きっとそんな日が来ると思う。
だけど、それまではずっとこんな毎日が続くと良いな…。
当たり前の事を幸せだと思える、いつまでもそう思えるあたしでありたい。
ねぇ、司…
もしも司が深い悲しみに出会ったら、ちゃんとあたしにも分けてね。
あたしが大好きな少年のような笑顔を、司が浮かべてくれる為なら、きっとあたしは何だって出来るから。
修や陵があたし達の子供で良かったと思ってくれてるように、司があたしの夫で良かったって思っていてくれると良いな。
司があたしにいつも言ってくれる、お前はいつも笑ってろ≠チて言葉。
何気ない言葉なんだけど、凄く嬉しいって事司はちゃんと分かってる?
あたし、いつでも笑ってられるように頑張るから、そんなあたしの隣には、必ず司がいてよね。
心の中で司にそう呟いて、あたしは「お休み、司。」と額にキスをして眠りについた。
こんな何気ない日常が、あたしにとって掛け替えのない宝物。
それをあたしに与えてくれた司は、どんな宝石よりも輝くあたしだけの『JEWEL』