先生から事情を聞いたあたしは、邸の車に乗り込んですぐに2人を思い切り抱き締めた。

途端に泣き出す、修と陵。

悔しかった事を我慢して、泣きたかった事も我慢して、

それでも翔太君と祐也君に自分達から謝りに行った2人を、あたしは思い切り褒めてあげたかった。

怪我をさせたのは悪い事だけど、

きっとこの子達は言葉で言い表せない感情を持て余した結果が、取っ組み合いになってしまったのだろう。

大声で泣く2人の背中をゆっくりと撫で、落ち着かせる。

運転手の斉藤さんも、心配そうにバックミラーを通してあたし達を見ていた。

 



「修、陵、もうそろそろ泣き止んで…。後で、今日何があったのかママに話してくれるわよね?

でも、その前におやつ食べよう。タマさんが準備して待ってるって言ってたわよ。」



 

修と陵の顔を交互に覗き込んで、今日のおやつは何かな?と笑顔であたしが話していると、

しゃくり上げながらも、

 



「俺、ラズベリータルトが食べたい…」と、修。


「ん、俺も。でも、桃のジュレでも良い。」と、陵。



 

と、意思表示。

 


はは…我が子ながら、流石、道明寺家の御曹司達…

あたしがあんた達位の時のおやつに、ラズベリータルトとか桃のジュレが出た事なんてないわよ。


 

あたしは乾いた笑いを浮かべながらも、2人が泣き止んでくれた事に安堵の溜息を漏らす。

バックミラー越しに斉藤さんと目が合い、2人で微笑み合った。

 

邸に戻ると、使用人の方達が朝の様に並んで出迎える。

 



『お帰りなさいませ、若奥様、修様、陵様。』

 

「ただいま。」

 

「「ただいま。」」



 

修と陵と手を繋いでエントランスと通り抜け、子供部屋に直行。

幼稚舎の制服から私服に着替えさせ、バスルームで手洗いとうがいを済ませてダイニングへ。

ダイニングで子供達を席に着かせて、おやつが運ばれて来るのを待っていると、

邸に掛かってくる電話受けを担当している使用人さんがあたしを呼びに来た。

子供達に「おやつが来たら、先に食べて良いわよ。」と声を掛け、周りに居た使用人さん達に子供達の事を任せて電話を受け取る。

電話の相手が司だと言うので、何かあったのかと思ってダイニングからリビングに場所を移し電話に出る。

 



「もしもし、どうしたの?何かあった?」

 

『何かあった?じゃねぇだろ、馬鹿。お前、携帯また部屋だな?』



 

そうだった…。

司が邸に電話をしてくる事なんて滅多にないのに、何であたしは気付かなかったんだろ?

 



「ごめん、忘れてた。で、どうしたの?」



 

あははと笑いながらあたしが言うと、電話の向こうで司がったく…と溜息を吐く。

 



『さっき、田村商事と藤貿から電話があった。しかも、社長直々に…だ。

妻が奥様に大変失礼な事をとか何とか言っててよ。

俺には何の話か分かんねぇって言っといたけど、幼稚舎で何かあったのか?』



 

ゲッ…

翔太君と祐也君のお父さんから司に電話…

まさか、こんなに早く司の耳に入るとは思わなかった…

 



「うん、まぁ、ちょっとね。直接あたしに何かあった訳じゃないんだけど、修と陵が…。

司には帰って来てから話そうと思ってたんだけど…」



 

電話で話せる様な内容じゃないからと思って、言葉を濁しながら言うあたしに、司も何か感じ取ってくれたみたいで、

 



『そうか。怪我してるとか、んな事じゃねぇんだな?もし、修や陵やお前に何かしてたんなら、俺は容赦しねぇぞ?』



 

と、先程までの少し棘のある声じゃなく、落ち着いた声で話してくれる。

でも、やっぱり最後の方は怒気を含んでいるような…

 



「止めてよ、本当にそんなんじゃないんだから…。何もしないでね?

修と陵の事は司が帰って来てからでも大丈夫だから、心配しないで。」

 

『わぁーったよ、ったく、しゃーねぇな…。なるべく早く帰るようにするから。

修や陵にも話聞きてぇしな。明日は休みだし、今日位夜更かししても大丈夫だろ。俺が帰るまで起こしとけよ。』



 

そう言って司は電話の向こうで笑ってる。

 



「また、そんな事言って…。ダメよ、寝る時間も起きる時間も決まってるの。

21時までに司が帰って来なかったら、この話はまた明日。司もお休みなんだから、別に構わないでしょ?」



 

溜息を吐きながら呆れた声で話すあたしに、

 



『ホント、お前はケチだな。その内、修や陵に言われるぜ。意地悪ババァってな。』



 

と、返して来る。

 



「なっ!意地悪ババァって何よ?!修や陵がそんな事言う訳ないでしょ?!

そう言う事言うって事は、司があたしの事そう思ってるって事ね?!」

 

『クククッ、そんな怒んなって。俺がんな事思ってる訳ねぇだろ?お前は最高に可愛い女だよ。じゃぁ、そろそろ切るわ。仕事だ。』



 

そう言って切れた司からの電話。

 


な、何、今の…

昼間の仕返しの仕返しなの?!

そんな事言われたあたしに、どうしろって言うのよ、馬鹿!


 

後に残されたのはプープーと言う虚しい機械音と、真っ赤な顔のあたしだけだった。

 
 
 
 
 
Act.8 『電話』