そんな事を考えているうちに邸に到着。

自室に戻ったあたしは、仕事を始める。

結婚してから、妊娠するまでの間、あたしはお義母様に付いて、道明寺財閥について学んでいた。

修と陵を身籠って、出産するまでの間、自宅で出来る課題や仕事を与えて貰い、子育てが落ち着いてからは、時々出社していた。

それから5年。

道明寺財閥について学ぶ事はなくなったが、あたしに任される仕事は増えた。

今回も、自宅で出来る仕事を与えて貰って、1人で家にいる時は、その仕事を片付けている。

来週までに片付けば良かった案件の書類が思いの他早く終わり、今日中に提出出来そうだ。

時計を見ると、12時を少し回ったところ。

司が帰宅してから渡しても良いんだけど、丁度お昼時だしもしかしたら一緒に食事出来るかもと思い、

司の秘書の西田さんに電話して、午後からの司のスケジュールを確認してみる。

どうやら司は、午後からはずっとオフィスで仕事らしい。

お昼も暫く取れないと聞いたので、あたしは司があたしの為に作ってくれたキッチンで簡単なお昼を作ってバスケットに用意した。


 


運転手さんに車を出してもらい、滅多に行かない道明寺財閥日本支社 東京本部へと向う。

最近は全く着る事のなかったスーツに身を包んでいると、スッと背筋が伸びる気がした。

スーツは働く事が好きなあたしの、社会に出てからの戦闘服≠セ。

何とも言えない緊張感があたしを包む。

あたしは久々に感じる心地よい緊張感に浸りながらロビーを突っ切って、直接重役専用のエレベーターに向った。

受付を通さず、そのままエレベーターに向かったあたしを不審に思ったのか、

受付嬢の女の人が警備員さんを引き連れて、あたしの元へやって来た。

 



「お客様、失礼ですがどちらへ?」



 

不審そうな表情を隠しもせずに問いかけて来る受付嬢。

 

帰って来て半年経ったとは言え、ここではあたしの事はあまり知られて居ない。

N.Yのオフィスでは、あたしが司の妻だと言う事は周知の事実だった。

何度か、ここにも書類を届けに来たりしてたんだけどな…

 


あたしは、自分があまり存在感のない事に苦笑し、テストを開始する。


 



「失礼しました。社長に頼まれていた案件の書類を届けに参りました。」



 

用件だけを述べたあたしに、受付嬢は、

 



「アポイントメントはお取りですか?お調べ致しますので、受付までどうぞ。」



 

と、あたしを誘導する。

かなりお茶目な司のお義父様から頼まれているあたしの仕事の1つ。

受付嬢や警備員達が、来客に対してどの様に対応しているかをチャックする事。

司や道明寺家の人間は誰もが知っているから、こうやって調べる事は出来ない。

普段からの仕事振りを、あまり顔を知られていないあたしならチェック出来るだろうと、お義父様が提案された。

人を試しているみたいで渋っていたあたしを、不審人物を社内にいれない為には、

受付嬢や警備員の教育を徹底しなければいけないと力説され、了承せざるを得なかった。

 

これも仕事ですか?とお義母様に聞いた時、

 



「遊び半分とは言え、会長の命令は絶対なので、仕方ありませんね。」



 

と、少し引き攣った顔で言われてしまった。

 


それで良いのか?道明寺財閥…


 

と思ったが、それはあえて口にはしなかった。

 

促されるまま、受付へ向ったあたしに、

 



「お調べ致しますので、会社名とお客様のお名前を頂戴出来ますか?」



 

と言う受付嬢。あたしはにっこり笑って、

 



DTTコーポレーションの牧野 つくしと申します。」



 

と、これまたお義父様が作られた架空の会社名と旧姓を名乗った。

ちなみにDTTと言うのは、道明寺 司・つくし≠フ頭文字。

司の子供っぽいところと単純なところは、確実にお義父様から受け継がれたに違いない。

 



「牧野様、申し訳ございませんが、本日のアポイントメントはお取りされていない様ですので、

お手数ですが、アポイントメントをお取り頂き、再度ご来社下さい。」



 

調べ終えた受付嬢が、あたしに向ってそう言う。

うん、この受付嬢は合格ね。

 



DTTコーポレーションの牧野を調べてもアポはないわ。取っていないの。」



 

苦笑しながらそう言ったあたしに、受付嬢も傍にいる警備員も訝しげな表情をしている。

自己紹介をしようとしたところで、重役エレベーターが開き、

 



「つくし…お前、遅ぇよ…」



 

と、ここの社長が出て来た。

突然の社長の登場に、慌てて頭を下げる受付嬢と警備員。

周りに居た人達も、一斉に頭を下げている。

 



「ごめん。テスト中だったのよ。皆さん、頭を上げて下さい。」



 

受付嬢や警備員に頭を上げさせると、司はあたしの腰を抱いて、

 



「こいつの名前は道明寺 つくし。俺の妻だ。関係者には伝えておくように。」



 

それだけ言うと、そのままエレベーターへ向おうとする。

引き摺られる様にエレベーターへ向うあたしは、

 



「あなたは、合格よ。今のまま、仕事頑張ってね。」



 

と、最後に言い残してエレベーターに乗り込んだ。

 



「もうっ、あの人に説明出来なかったじゃないの…」



 

エレベーターの扉が閉まるなり司に文句を言う。

 



「馬鹿かお前は…。ロビーみたいに冷える場所で、いつまでも突っ立ってんじゃねぇよ!

お前、自分が今、大事な身体だってマジで分かってんのか?!」



 

怒っていたのはあたしの方だったはずなのに、すぐさま形勢逆転。

今度はあたしが怒られてしまった。

 



「そんなに心配しなくても大丈夫だって言ってるでしょ?

ロビーも、そんなにクーラーきつくなかったじゃないの…。司は心配しすぎよ。」



 

そう言ってそっぽを向いたあたし。

そんなあたしの耳に、はぁ〜…と司が深い溜息を吐くのが聞こえた。

 



「お前は心配しなさすぎなんだよ…。何かあってからじゃ遅いんだぞ?ったく…」



 

司が心配するのも分かる。

修や陵の時と違い、今回は日本での出産だ。

誰から聞いたのか、出産する環境が違うと子供や母親に何かしらの影響が出ると言われたらしい。

あたしは、馴染み深い日本の地で出産出来る事に安心しているけど、司はここがN.Yじゃないからと心配しているようだ。

どう考えても、今の環境の方がベストだと思うのに…

Act.4 『一仕事』