帰りの車の中でも、司は享君を抱いたまま。

享君もギュッと司のスーツを握ったまま離そうとしない。

そしてあたしは、相変わらず車の中でも悶々と考え込んでいた。

 



「どうした?言いたい事があるなら言えよ。」



 

そう聞く司の眼は、とても穏やかだ。

 



「言いたい事…って程じゃないんだけど、聞きたい事はある…かな。」

 

「何だよ?」



 


コイツ…

本当にあたしが何を聞きたいのか、分かってないんだろうか…


 



「どうして引き取っても良いなんて言ったの?

修と陵が、享君の事受け入れなくて、今よりもっと落ち込んだりしたらどうするのよ…」



 

道明寺の家は普通じゃない。

そんな家に引き取ったりして、享君は本当に幸せになれるんだろうか。

余計な事に、巻き込まれるだけなんじゃないだろうか。

そんな事があたしの頭の中を埋め尽くす。

 



「何だよ…。お前、本当は嫌だったのか?自分の子じゃない享は、育てられねぇって言いてぇのかよ?」



 

段々と怒りが滲んでくる司の表情。

 



「違うわよ!あたしが、そんな事言うはずないでしょ!そうじゃなくて…。

ウチで引き取ったりなんかして、本当に享君は幸せになれるのかって、そう思っただけよ…」



 

最後の方は何だか弱弱しい声になってしまった。

あたしの言いたい事が伝わったのか、司ははぁ〜…と溜息を吐いた。

 



「享が…」



 

司がそう言ってポツリと話し出す。

 



「享が昔の類の姿と被った時、俺もお前と同じように思ったんだよ。

コイツを助けやれる奴って誰なんだって…。

で、もう一回今の享の境遇を考えたら、俺の幼少時代もあんま変わんなかったんじゃねぇかって思ってよ…」



 

司はそう言って自嘲的にフッと笑った。

 



「俺の場合は親父も生きてるし、お袋だって俺を拒絶した訳じゃねぇけど、

2人共仕事・仕事で俺や姉ちゃんの事なんか放ったまんまで…。

俺はお前と出会って結婚するまで、俺には両親なんていねぇと思ってた。赤の他人同然だったからな…」



 

そう言いながら、昔の事を思い出すように遠い眼をする司。

今はお義父様ともお義母様とも、それなりに親子をしている司だけど、

当時は反抗期なんかも重なって、お互いが間にあった溝を広げていた。

 



「孤独感っつーの?今の享も当時の俺と同じような思いしてるんじゃねぇかって思ったら、何か放っておけなくてよ。

修や陵には、そんな思いなんてぜってぇさせたくねぇと思ってるから、

なるべく、んな事しねぇようにしてるけど、じゃぁ享はどうなんだってさ。

親に拒絶された人間って、他人を信用出来るもんなのか?俺には分かんねぇけど…」



 

そう言われると、考えてしまう。

絶対的な信頼を寄せる親に拒絶された人は、他人を信用出来るんだろうか。

親でさえも自分を捨てたのに、他人なんかが…と、そうは思ってしまわないだろうか。

あたしは経済的に恵まれた家に産まれてきた訳じゃなかったけど、両親の愛情だけはどこにも負けない程受けて来たと思ってる。

そんなあたしに、母親に存在を否定された享君の気持ちは分からないけど、

でも、人間不信に陥っても仕方ないのかも知れないと、そう思う。

 



「俺は出来ねぇと思うんだよな、見ず知らずの人間を信用するなんて事。

周りは道明寺≠チつーブランドに寄って来る奴等ばっかだって、そう思ってたし…。

まぁ、実際そうだったんだけどよ。って、俺の話はどうでも良いんだよ。

でよ、母親に捨てられて、亜門が死んでから泣きも笑いもしなかった享が、俺を見て初めて泣いたんだろ?

似てたから…って理由なのかも知んねぇけど、それならそれで、

コイツが分別ある大人になるまで俺が亜門の代わりを引き受けてやっても良いんじゃねぇかって思ったから、

引き取っても構わないって言ったんだよ。本当の親じゃなくても、愛情や信頼を教えてやる事ってのは出来るだろ?」



 

あたしに同意を求めるように、司はそう言ってあたしを見る。

それに軽く頷いて答えると、司はまた話し出した。

 



「生きていく上で一番大切なのは、金や地位や名誉、ましてや育ちなんかじゃねぇ。

どれだけ人に愛されたか、どれだけ人を愛せるか、信頼出来る人間がどれだけ自分の周りにいるか、

そう言う事が一番大事な事なんじゃねぇの?俺はお前に、そう教えてもらったつもりだけどよ。」



 

それは、そうだ。

一番大切なのは、そう言う事。

あたしは、修や陵に毎日、それを教えているつもりなんだ。

学校やレッスンでは教えてくれないけど、でも、本当は一番大切な事。

人を愛し、人に愛されて、そして思いやりのある子に。

自分を信じ、他人を信じて、初めて絆と言う言葉の本当の意味を知る子に。

そう思って、毎日、子供達を育てている。

 



「日本にはすげぇ言葉があるじゃねぇか。産みの親より、育ての親≠チて言う言葉がよ。

享は記憶もねぇんだ。だったら、享が安心出来るって思った俺が享の父親になってやれば良いし、

お前が本当の母親の愛情を教えてやれば良いんじゃねぇの?

修や陵も大丈夫だと思うぜ。何せ、俺とお前の子だしな。すんなり受け入れるさ。」



 

司はそう言って「分かったか?」と言いながら笑った。

 

どうしてこの人は、色んな物事に囚われたりせずに、本当に大切な部分だけを見る事が出来るんだろう…。

司の話を聞いてたら、道明寺の家の事ばかりを気にして、本当に大切な事を見逃していた自分が恥ずかしくなった。

 



「ごめんね、司…。そうだよね…。

本当に大切な事を教えてあげるのに、周りの環境や人の目なんて関係ないよね。

あたし、そんな事ばっかりに目を向けてた自分が恥ずかしいよ…」



 

そう言って俯いたあたしの頭を、司は自分の方へと引き寄せ、

 



「気付けば良いんだよ、それで。

これからお前は、修と陵、それから享と腹ん中の子、4人の母親だぜ?

しっかりしろよ、俺もだけどな。」



 

そう言って悪戯っ子のように微笑んだ。

 



「そうだね。しっかりしなきゃ!これからは、享って呼ばなきゃいけないね。

あたし達の子なんだからさ。」



 

そう言ってあたしが微笑むと、

 



「そうだな。修と陵は、ちっとばかり早く兄貴になってもらわねぇとな。

後数ヶ月もすりゃ、享だって兄貴だけどな。」



 

と、司も微笑んだ。

 


 


 


 



「ねぇ、司…」



 

司の左肩に頭を預けるように凭れ掛かっていたあたしに呼ばれ、

司がゆっくりと顔をあたしに向ける気配がする。

 



「どうした?」

 

「大好きだよ…」



 

急に、それを司に伝えたくなったあたし。

司がどうして享を引き取ると言い出したのか、

その話を聞いてから、何だか胸がいっぱいで、何をどう伝えれば良いのか分からなかった。

ただ、司があたしの旦那様で良かったと、そう思ったら、勝手に司にそう言っていた。

 

司と眼を合わせずに、前を向いたままの状態でそう言ったあたしの顎を、司の長い指が捉える。

そしてゆっくりと司の方へと顔を向けられたと思ったら、

 



「愛してる…だろ?」



 

そう言いながら、司の顔が近付いて来た。

口唇が触れ合う瞬間に、

 



「うん…愛してる…」



 

と呟くと、今吐き出した言葉ごと飲み込むように、司の口唇が深くあたしのそれと重なった。

 


享、今は眼を覚まさないでね。

もう少し、こうして司に触れさせていて…


 


ねぇ、享…

享は司とあたしを、享の本当のパパとママにしてくれるかな?

修や陵、そしてお腹の中にいる子もそうだけど、享にも幸せになる権利ってあるんだよ。

そのお手伝いを、どうか享が司とあたしにさせてくれますように…


 

そんな事を考えながら、あたしは徐々に司のキスへと溺れていった。

 

 








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Act.9