暫くの沈黙の後、はぁ〜…と大きな溜息を吐いて、冷静さを取り戻した俺と西田。
そんな俺達2人を見て、つくしが頭の上に?を飛ばしている。
「どうして2人揃って、そんな大きな溜息吐くのよ…」
「どうして?どうしてだと?!お前がとんでもねぇ事言い出すからに決まってんだろうが、この馬鹿っ!」
確か、高校の頃にもあったよな、こう言うの…
俺にどうしてキスが上手いのかと聞いて来たこいつは、あろう事かF3と練習した?何て聞いてきやがったんだ…
俺は時々、マジでお前が分かんなくなる時があるぜ。
「とんでもないって何よ?
あたしは、幾ら司が不可能を可能にするような男でも、男の人に子供を産ませるなんて無理じゃないの?って言っただけでしょ?」
確かにそこだけ聞きゃぁ、至極まともな意見だけどな。
「確かにな。でも、お前は俺が男と浮気したと思ったんだろ?!それがとんでもねぇって言ってんだよ!」
俺がそう言うと、途端につくしの目が泳ぎだす。
ほら見ろ…
俺が男と浮気した挙句、そいつとの間に子供まで出来たと勘違いしやがって…
ってか、んな冗談止めろっ!
「じゃ、じゃぁ、その国沢って人誰よ…。司はその人に心当たりあるって言うの?」
罰が悪くなったつくしは、急いで話題を変える。
この話題から変わってくれた事に、俺も僅かに安堵の溜息を漏らすけど、
目の前にいる最愛にして、最高に馬鹿な女を睨み付ける事は止めてやらない。
「国沢 亜門と言う男性を覚えていらっしゃいますか?つくし様。」
要約、まともに話せる状態に戻ったつくしに、西田が問う。
「国沢…あぁ、亜門!えぇ、覚えてますよ。司のそっくりさん!」
そう言ってなぞなぞが解けた子供みたいに、大きな瞳をキラキラさせて西田を見ている。
つくしっ!んな目で、西田を見んじゃねぇ!
西田も、つくしに微笑みかけるなっ!
「で、西田。どうして、国沢 亜門の息子が俺の隠し子だなんて誤報道が流れようとしてんだよ?」
西田の視線をつくしから俺に向ける為に、話を元に戻す。
つくしも今更気付いたように、「ホントだねぇ〜…何でだろ?」なんて、
さっきまで離婚話を持ち出して来た事など忘れたように、暢気に呟いている。
ったく…
後で覚えてろよ、つくし…
俺を疑った事と、離婚話なんてした罰だ。
きっちり、償ってもらうからな!
「確かに誤報道なのですが…。
先日、その国沢 亜門さんが飛行機事故で亡くなられたらしく、
身寄りのなくなったご子息が児童養護施設に預けられたそうです。
それをマスコミが、ご本人が亡くなられている事を良い事に、面白おかしく書きたてたと言うところでしょうか。」
そう言って西田が淡々と事務的に説明する。
亜門が、亡くなった…?
その事実に、俺もつくしも驚きを隠せない。
確かに今まで何の繋がりもなくて、この週刊誌を見るまでは存在すら忘れていたような男だ。
でも、アイツは俺にもつくしにも大切な事を教えてくれた気がする。
俺とつくしが結婚する時、つくしが俺に言った。
風化しない想い、あたし見つけたよ
その時の俺には何の事か分かんなかったけど、後でつくしが教えてくれた。
亜門が想いは風化するって言ってたんだと。
でも、つくしはちゃんと風化しない想いを見つけられた。
それを見つけられた自分は幸せだと笑った。
「飛行機事故って、この前の…?」
あまりの事に呆然としていたつくしが、西田に聞き返す。
「えぇ。ベトナムに向っていた飛行機がエンジントラブルを起こして墜落した、あの事故です。
運悪く、国沢さんもその飛行機に乗っていらっしゃったようで…」
「そう…なんですか…。でも、亜門はどうして、そんな場所へ?」
「国沢さんは、フリーのカメラマンをなさっていたそうです。
仕事で海外へ出掛けられる時は、ご子息を今回預けられている養護施設に預けていらっしゃったようで、
マスコミもそれを知っていたようですね。」
つくしの質問に、西田は淡々と答えていく。
既にその子供についても、亜門についても調べていたのだろう。
その情報は、的確なものだった。
「で?俺に何の指示を出して欲しいって?
確かに、この子を施設に預けたままだと、この出版社だけじゃなく他のマスコミが嗅ぎ付けるのは時間の問題だとは思うが…」
昔会っただけで、その後の事は一切分かんねぇけど、あれだけ俺に似てたんだ。
亜門の子供が俺の子だと勘違いされてもおかしくねぇ…。
だからって、それは事実じゃねぇし記事を潰す事位は簡単だ。
だが、その子が大きくなって行くにつれて、問題は拡大して行くだろう。
下手をすると、道明寺と繋がりがあると勘違いされて誘拐や脅迫を受ける可能性がない訳ではない。
まぁ、俺はそんな仕事をして来たつもりはねぇけどな。
「その通りです。ですから他のマスコミに嗅ぎ付けられる前に、
情報を止めるなり、この子については一切触れないように圧力をかけるなりしなければならないのではと。
その事で、社長に指示を仰ぎたかったのです。」
なるほどね…
ん?でも、ちょっと待てよ…
今更だが、その子供の母親はどうしたんだ?
俺が考えている事が分かったのか、西田は、
「子供の名前は、国沢 享。現在、4歳です。
彼の母親は、享君を産んですぐに他の男性と出て行ったそうですね。国沢さんとは結婚なさっていませんでした。
国沢さんが亡くなられた後、母親である女性のところへ施設の関係者が享君を連れて行ったそうなのですが、
その女性は享君の事を知らないと追い返したそうです。
国沢さんが亡くなった事と母親に拒絶されたショックが重なり、
享君は現在精神的なものからくる記憶喪失に陥っているそうです。
周りの事は愚か、自分の事も分からないようですね。」
と、話した。
西田の話を聞いたつくしは、両手で自分の口元を覆い、大きな瞳いっぱいに涙を溜めている。
俺は、つくしの隣に座り直し、つくしの肩を抱いた。
享と言うその男の子は、修や陵と変わらない年頃の子供だ。
そんな子供が、自分を失ってしまう位の精神的なダメージを受けているなんて…。
修や陵が、もしそんな事になっていたらと考えると、耐えられない。
「兎に角、この件に関して施設の方ともお話をなさった方が宜しいかと。後日、私も同行しますのでご足労願えますか?」
あまりの事に泣いてしまったつくしを気遣い、西田がこの話を終らせようと切り出した。
「あぁ、構わない。その子の様子も見たいしな。」
俺がそう言うと、
「あたしも一緒に行っても良い?」
と、つくしが潤んだ瞳で俺を見上げる。
そんな目で見ながら頼み事なんてすんじゃねぇよ…
こんな話をしている最中に不謹慎だと分かりつつも、素直に反応してしまう俺の顔。
少し赤く染まった顔を見られないように、そっぽを向いて、
「構わねぇよ…」
と、ぶっきら棒に答えた。