「そうそう。そうやって、麺棒で生地を伸ばして型で抜いたら、後は焼いて出来上がりよ。」



 

キッチンから楽しそうなつくしと享の声が聞こえて来る。

 



「あっ、型抜きは俺もやりたいっ!」


「俺もっ!」



 

キッチンへ飛び込んで行った修と陵も、享がクッキーの型抜きに入ると分かった途端やりたがる。

突然キッチンに入って来た修と陵に、つくしも享も驚きを隠せないようで今まで動いていた手が止まってしまった。

 



「龍もするぅ〜」



 

龍は何でも真似をしたい年頃らしい…。

皆がするなら自分も…と言う事なのだろう。

大人しく俺に抱かれていたのに、今はバタバタと暴れている。

 



「おい、龍、大人しくしてろ。落ちるぞ!」



 

俺がそう言うと、ピタッと動きを止める龍。

 


はぁ〜…

修や陵や享と違って、こいつはまだ素直で良いんだよ…

いや、享は双子と一緒じゃなければ、まぁ素直…か。

ってか、やっぱガキの相手は疲れる…


 

休みの日は決まって4人の子供達の相手をさせられる俺。

今日は朝から享がつくしとキッチンに籠もってケーキを作り始め、

修と陵は龍の相手をしていたから、ゆっくり出来ると思っていたのに…。

結局はつくしが何をしているのか気になって、目で追いかけてしまう俺。


いつまで経っても、やっぱ、俺ってつくしに溺れてるよなぁ…


そんな事を考えて、1人苦笑した。

 



「司?何笑ってるの?」



 

俺から龍を取り上げ、自分の腕に抱きながらキョトンとした顔をしてつくしが聞く。

 



「いや。俺は心底お前に惚れてんだなと思ってよ。」



 

そう言って、つくしの頭をポンポンと軽く叩くと、

 



「な、何言ってんのよ…」



 

と、顔を少し赤く染めて照れ隠しなのか、修と陵に「手伝うんなら、早く手を洗って来てね。」と言葉を掛けていた。

 

俺が率直に自分の気持ちを表す事にも長い付き合いの中で慣れた所為か、あからさまに照れ隠しで否定する事はなくなったが、


クククッ…

でも、いつまで経っても、顔を赤くするその癖は直んねぇんだな。

可愛い奴だぜ、全く…


 



「享、修と陵も一緒にやる事になっちゃったけど良い?

司は、リビングでゆっくりしてて良いよ?ここに居ても、退屈でしょ?」



 

つくしの言葉に龍が「龍も〜。ママ、龍もするの〜」と言い、つくしは「分かったっ。龍もしようね。」とあしらう。

享は「俺は別に良いよ。」とつくしに微笑み、「龍も一緒にやろうな。」と龍の頭を撫でた。

 

俺はこんな光景を見るのが好きだ。

何気ない日常の光景を見られるこの時が、きっと一番幸せな事なんだとつくしに出逢って教えられた。

俺がガキの頃は、子供達みたいな事をした記憶が全くない。

両親が傍にいない事が、俺達姉弟の当たり前≠セった。

唯、それはとても淋しくて、悲しい事だったんだけど…。

そんな風に感じる自分が嫌で、自分の気持ちに嘘を吐き、淋しくない悲しくないと言い聞かせ続けたその事実が、

多分一番淋しくて悲しい事なんだと、今は思う。

俺の淋しさや悲しみ、過去に出来た傷跡を理解して全て受け止めて、

俺≠ニ言う
1人の男を愛してくれたのが、つくしで良かったと本当に思う。

今まで信じた事もない神って奴に、

つくしに出逢わせてくれてありがとう、子供達と言う宝物を与えてくれてありがとうと、今なら言ってやっても良いかも知んねぇ。

まぁ、つくしには司がお礼を言うなんて、すっごいレア!しかも、神様になんて!≠ニ笑われるかも知れねぇがな。

 



「俺はここで見てる。お前1人で、子供4人は見れねぇだろ?」



 

キッチンのシンクで龍に手を洗わせていたつくしに、そう言って声を掛ける。

 



「本当?!凄く嬉しい!じゃぁ、司には修と陵を見てもらおうかな。享と龍はあたしが見るから。」



 

じゃぁ、司も手を洗ってね。と言いながら、修と陵、それから龍も型抜き出来る様に準備を始めた。




 




 




 




 



「ぜってぇ、俺の方が上手く出来てる!」



 

クッキーの型抜きを終えた修と陵が、

つくしの手によってオーブンの鉄板に綺麗に並べられたクッキーを指差しながら、

誰のクッキーが一番綺麗に出来たかと競い合っている。

 



「違うね。修のより俺の方が綺麗に出来てるよ。」

 

「俺が一番綺麗に出来てんじゃねぇの?」



 

最後まで型抜きをしている龍の相手をしながら、享が何故か意地悪く笑って言った。

 



「「何でだよ?!」」



 

意地悪く笑った享の顔にムッとした顔をした修と陵が、食って掛かる。

 



「俺のに決まってんだろ?!」


「違う、俺のだって!」


「俺の!」


「俺のだっつってんだろ?!」



 

このまま放っておけば、修と陵が喧嘩をし兼ねない。

子供の言い合いに呆れて、傍観していた俺。

いつもならつくしがやんわりと宥めてくれるのだが、今はマドレーヌに夢中でこいつ等の喧嘩も耳に入っていないようだ。

仕方ねぇなぁ…と、俺が止めに入ろうとした、その時、

 



「あのさ…さっきから修兄と陵兄が指差してんの、俺が型抜いたクッキーなんだけど…」



 

と、享が一言。

 


ブ―――ッ!


 

俺は享のその一言に、思わず壁に凭れながら飲んでいたミネラルウォーターを噴出して笑ってしまった。

途端に上がる、息子達の非難の声。

 



「「父さん、汚い!」」


「父さん、ちゃんと拭いとかなきゃ、母さんに怒られるよ?」



 


分かってんだよ、んな事…

お前等が笑わせるから悪ぃんだろ?!


 



「うるせぇよ…。修、陵、お前等、馬鹿だな。何で、自分達で作ったもん覚えてねぇんだよ?」



 

キッチンに立てかけてあったモップで床を拭きながら、俺が問いかけると、

 



「ぜってぇ、これは俺のだ!」


「そうだ!これは、俺達のだ!」



 

と、修も陵も言い張る。

双子にそんな態度を取られても飄々としている享。

 



「じゃぁ、どれが誰のか、母さんに聞いてみようぜ!」



 

自信満々にそう言い切った。

 


どれが誰のか、んな事どうでも良いじゃねぇかよ…

食っちまえば、どれも同じじゃねぇか…

っんとに、ガキの考える事は分かんねぇ…


 

呆れた表情で3人を見ていた俺の耳に、どこまでもマイペースでのんびりした龍の声が届いた。

 



「でぇ〜きた!ママぁ〜、見てぇ。龍、できたよぉ〜」



 

龍の声にマドレーヌから龍へと視線を移したつくしは、ニコニコと微笑みながら龍の元へ行き、

 



「本当だねぇ。綺麗に出来た。」



 

と、龍の頭をよしよしと言いながら撫でている。

すると、龍が、

 



「ママ、龍のきれい?みんなのより、龍のがきれい?」



 

と、瞳をキラキラさせてつくしに聞いている。

 


おい、龍…

今、その質問をつくしにするのは、マズいんじゃねぇのか?


 

俺の心配もどこ吹く風で、つくしがにっこり微笑む。

今まで誰のクッキーが一番綺麗か言い争っていた男3人も、つくしの言葉を固唾を呑んで待っている。

 


おいおいおい…

つくしの一言がキッカケで、喧嘩になったりしねぇだろうな?


 

何故か俺までつくしの言葉が気になって、息を殺している。

 


何してんだよ、俺は…


 



「うん、龍の綺麗だよ。でも、一番綺麗に出来てるのは、これかな?」



 

そう言ってつくしが指さしたのは、鉄板の上に並べてある誰のとも分からないクッキー。

 


まぁ、確かにそれが一番綺麗だと俺も思うけど…

それは一体誰のなんだ?


 

こっそり子供達の様子を窺い見ると修と陵は溜息を吐いているし、享は苦笑していた。

 



「それって…」と、修。


「母さん…自分のじゃん。」と、陵。


「まぁ、仕方ないよな。俺達とは作ってる数が違うんだから。」と、享。

 

「一番が母さんじゃ、仕方ねぇよなぁ。」などと呟きながら、龍のクッキーを鉄板に並べだした3人。



 


何だよ…結局、んなオチかよ…

俺の心配は、どこへ行ったんだ?

ってか、そんな事で納得すんなら、最初からハラハラさせんじゃねぇ!


 

俺は、何だか妙に脱力して、深い溜息を吐いた。










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Act.2