Act.12






 

 

つくしが修と陵を迎えに行く為に部屋を出て行った後、

享はつくしが出て行った扉をジッと見つめ、そしてゆっくりと俺を振り返り、

 



「ママはどこに行ったの?パパも、いなくなる?」



 

と不安そうな顔で聞いた。

 



「つくしは、享のお兄ちゃんの修と陵を学校まで迎えに行ったんだ。すぐに帰って来る。

そんな顔すんな、享。安心しろよ、俺はお前の傍にいるから。」



 

享のまだ小さな頭を片手でクシャクシャと撫でながら、

俺が微笑んでそう言うと弱弱しいながらも享も微笑み返してきた。

 

全く記憶がないって言うのは、一体どんな状態なんだろうか。

俺は昔、つくしだけの記憶を失くした。

18歳の時でさえ、たった1人、つくしの記憶を失くしただけでも、

頭ん中に霧が掛かったような気がして、あれだけ苛々したんだ。

まぁ、その理由はつくしが俺の大切な女だったから…ってものあったんだろうけど。

 

それとはまた違い、たった4歳で、しかも自分に関するほとんど全ての記憶が全くない状態の享は、

どれ程の不安や孤独を抱えているんだろうか。

自分が誰なのか、家族がなんなのか、今、自分に何が起こっているのか…。

そんな事が一切分からない状態の享。

そんな享を1人にしておく事など、俺には出来るはずがなかった。

多分、それはつくしも同じだと思う。

 

享を預かるにしたって、引き取るにしたって、今一番享に必要なのは、

帰りの車の中でつくしにも言った通り、愛情や信頼、ただ、それだけ。

だが帰りの車の中で、俺達の家族として引き取ろうと言う結論を出した俺とつくしだけど、

それが無理な可能性だってある訳だ。

どれだけ俺やつくし、修や陵が享の事を家族だと受け入れたとしても、

享自身が受け入れられなければ、何の意味もない。

とは言っても、享が俺達を家族だと受け入れられるか、られないかって言うのは、

結局俺達大人次第なのかも知れない。

 

小さくて頼りなくて、でも愛しき存在、それが子供≠チて言うもんだろ?

昔、子供嫌いだった俺は、その事を親と言う立場になってから修と陵に教えられた。

それまでは、俺自身の中に父性愛なんてものがあるなんて全く知らなかった。

そんな子供達を護るのが大人の役目だと、今の俺は思う。

例えそれが自分の血と肉を分けた、本当の子供じゃないとしても…だ。

ただ、護るのと過保護にするのは違う。

俺達は享を家族に迎え入れると決めた。

なら、俺達は享に対して、修や陵に接する態度と同じ態度で接していかなければいけない。

過保護にしたんじゃ、それは自分の子供に対してではなく、

他人の子供を預かっているのと何も変わらないのだから。

 



「パパ?ここは、僕のお家?」



 

俺がそんな事を考えている間、ベッドに腰掛けた状態で、

部屋の中をキョロキョロと不思議そうに見回していた享が、突然そう聞いた。

 



「あぁ、ここが今日から享の家だ。家の中、見てみるか?」



 

俺のその問いかけに、享は、「パパも一緒?」と返す。

そんな享に俺は微笑みかけながら、「勿論だ。」と答えると、

享は嬉しそうにニッコリと笑って、「じゃぁ、行く。」と頷いた。

 

邸の中全部を今から案内する訳にはいかないので、

とりあえず家族専用のスペースだけを教える為に、ベッドから下りた享の手を繋いで寝室を出た。

リビング、ダイニング、キッチン…と、簡単に説明しながら、享の歩幅に合わせて歩く。

後は修と陵の子供部屋か…と思いながら、子供部屋に向かおうと廊下を歩いていると、

エントランスに使用人の列が出来ているのが見え、

玄関の扉が開き、つくしが修と陵を連れて邸へと入って来たのが見えた。

 



『お帰りなさいませ。』



 

沢山の使用人の声が突然一斉に聞こえて来た事に、驚いた様子を見せる享。

一瞬身体をビクッと強張らせた享の様子に、

昔のつくしの姿が重なって俺は懐かしさに眼を細め、少し笑ってしまった。

 



「ただいま。」

 

「「ただいま〜、あっ、パパっ!」」



 

使用人の列の間から俺の姿を見つけた修と陵が、使用人への挨拶もそこそこに俺の元へと走って来る。

 



「お帰り、早かったんだな。」



 

走り寄ってくる修と陵にそれだけ言って、享と手を繋いだまま俺は2人の頭を交互に撫でる。

修と陵の声で俺と享の存在に気づいたつくしも、ゆっくりと俺達の方へとやって来た。

 



「お疲れ、つくし。お帰り。」



 

と、近くに来たつくしにキスをする。

 



「ただいま。司に出迎えられるなんて、何か変…」



 

唇を離した途端に、つくしがそう言って笑った。

 


確かに…

つくしが家にいなくて俺がいる事なんて珍しいからな…


 



「ただいま、享。司と何してたの?」



 

享の目線にまで屈んでつくしがそう享に聞くと、享は俺の顔を困惑した様子で見つめる。

そんな享に安心させるように微笑みかけると、享はゆっくりと、

 



「えっと…ご飯を食べるお部屋と、皆でお話するお部屋と、ママがご飯を作るお部屋を見てた…」



 

と答える。

そんな享ににっこり微笑んで、

 



「そっか、皆で使うお部屋を見てたんだね。」



 

と、つくしは「よく言えました。」と言いながら、享の頭を撫でた。

そんなつくしに享は、少し照れたように顔を赤くしながらも、嬉しそうに笑った。

 



「今から修と陵の子供部屋に行くところだったんだ。修と陵も帰って来た事だし、一緒に行くか。」



 

享をジッと見たまま、何も言わずに突っ立ったままの修と陵にそう声を掛けると、

 



「ねぇ、パパ。この子が俺達の弟?」



 

と、修が俺の服の裾を引っ張りながら聞いてきた。

 



「つくしに聞いたのか?」



 

と、修と陵に聞くと、2人は頷くだけの返事を俺に返す。

そうなのか?と視線をつくしに向けると、

 



「簡単にだけど、話したよ。2人はお兄ちゃんになっても良いって。」



 

と、つくしは微笑んだ。

 



「そっか。享、修と陵の部屋を見るのは後でも良いか?」



 

隣に立つ享を、そう言って見下ろすと、享は「うん。」と頷く。

子供部屋に案内する前に、修や陵と少しでも話をさせた方が良いんじゃないかと思った俺は、

 



「つくし、俺、享連れてリビングで待ってるから、修と陵の着替え済ませたら来いよ。

修と陵のレッスンは、今日は休みだ。」



 

そうつくしに声をかけた。

すると、俺の言葉を聞いた修と陵が、ガッツポーズをしながら、

 



「やったっ!今日のレッスンなしだって!」


「よっしゃぁ!ヴァイオリンのレッスン、お休み!」



 

と飛び上がって自分達の部屋へと駆けていった。

そんな修と陵の後姿を、つくしの、

 



「こらっ!修、陵!今日のレッスンお休みしても、また明日はあるんだからね?って、ちゃんと聞いてるの?」



 

と言う、大声が追いかけていた。

 

 

 








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