何、考えてんだろう、アイツ…


 

ツカサの部屋から出たあたしは、自分の部屋へと続く廊下を歩きながら、さっきツカサが言った事を考えていた。

 


ルイやソウやアキラまで、考えてやれば?なんて言い出すし…

この世界がどんなところかなんて、あの3人は嫌って言う程知ってるはずなのに…


 

 

 

この世界は常に命の危険と隣り合わせだ。

そんな世界でずっと生きて来たあたしやルイ、ソウやアキラ。

そんなあたし達とツカサは違う。

 


生きている意味を知りたい


 

あたしにそう言ったツカサ。

表の世界では、その意味を見つけられないのだろうか…。

 



 

あたしのSPをしながら、ファミリーの幹部として働いているルイ、ソウ、アキラの3人まで、

ツカサの肩を持つ意味があたしには分からなかった。

 


アキラはあたしの言い分も分かるけど、ツカサの言いたい事も分かるって言ったよね?


 

表社会から何らかの理由で裏社会へ入って来たアキラとソウ。

そんな人達にしか分からない事情もあるのだろうか…。

 

 

ルイはあたしがまだ17歳の頃、今から3年前にウチに来た。

元々裏社会の人間だったらしく、パパの直属の部下、ファミリーの幹部にのし上がって来るまでに、そんなに時間は掛からなかった。

ルイはアンダーボス(暴力団の若頭に相当)と言う高い地位にいながら、あたしのSPとして傍にいる。

ルイの主な仕事はファミリーの領地を管理する事。

この世界では自分のファミリーの領地を広げる為に毎日のように抗争が繰り広げられている。

ギャング同士の喧嘩やら、マフィア同士の殺し合いやら…。

その全てを見張り、管理しているのがルイだ。

ルイがアンダーボスの地位についてからは、見事な位ウチの領地での抗争が減った。

ルイが領地を管理すると聞いた時、あたしはパパに猛反対したのを、昨日の事のように思い出せる。

領地を管理すると言う事は、いつ死んでもおかしくないこの世界の中でも、一番命の危険がある。

抗争している場に乗り込んで、その争いを止めさせる事も仕事の内に入るのだから…。

 

でもその時、パパはあたしにルイなら大丈夫だ≠ニ言って笑った。

その時は納得していなかった配置だったけど、今なら分かる。

どうしてパパが笑いながら大丈夫だと言えたのか。

 

ルイの射撃の腕は凄い。

無駄な動きがなく、的確に相手の急所を狙える。

きっとルイは、100発中99発は確実に相手を仕留める事が出来るだろう。

それに加え、鋭い洞察力と冷酷なまでの判断力。

領地を管理させる上で、ルイ程の適任者はきっと居ない。

 

 

ソウとアキラは、元ギャング。

構成員3万人からなる全米最大のBlood Stars(ブロッド・スターズ)Topにいたソウと、

Blood Starsにはやや劣るが、構成員2万人からなるIce(アイス)のNo.2にいたアキラ。

この2つのギャングを1つにまとめようとしていたパパが、ソウとアキラをギャングからウチへ来ないかと引き抜いた。

それが2年前の話。

今はルイと同じ様にアンダーボスの地位にいて、やっぱりあたしのSPをしている2人。

 

ルイやアキラよりも血の気の多いソウは、全米に広がっているファミリーの構成員のまとめ役。

決められている掟を破っているような構成員がいないか、不穏な動きをしている構成員がいないか、常に眼を光らせている。

時々、その場その場へ出掛けて行き、定期的に構成員の様子を見る位だから、ルイ程の危険はないかも知れない。

 

ルイやソウと違い実践をあまり得意としないアキラは、法に触れるような仕事の事後処理を主に手掛けている。

FBIやアメリカ当局から事実を隠蔽(いんぺい)する頭脳派。

表立ってするような仕事じゃないから命の危険はないに等しいけど、捕まってしまう危険性は誰より高い。

それでも逃げ切れるアキラの頭を、あたしは何回覗いてみたいと思ったか…。

 

 

ファミリーの中で家族の次に信頼出来る3人が、ツカサをウチに入れる事を考えろと言う。

どうして、ツカサなんだろうか…。

あたしには、それがよく分からない。

今までも何人かこうして顔を見られた人間を連れ帰った事はある。

それがどこかのファミリーの裏の人間だったら、有無を言わさずに殺していた。

表の人間ならお金で解決か、殺すか、それともウチに引き抜くか。

まぁ、引き抜ける程の人に会った事はないけれど…。

ツカサのように、ウチに入れてくれと自分から言い出す人間は初めてだ。

 

産まれた時からこの世界にいるあたしには、表社会がどんなものか分からない。

でもそんなあたしにも、ここにいるよりは安全だと言う事だけは分かる。

裏と呼ばれる世界なのだから、この世界が綺麗な世界じゃない事をあたしは知ってる。

ファミリーにとって必要のない人、ファミリーの存在を脅かす人、血の掟を交わしたにも関わらずそれを裏切った人、

そんな人達を迷わず殺してしまうような世界だ。

 

そんな世界に、表で生きてきたツカサを入れたくないと思ってしまうあたしは、もしかしたら裏社会の人間失格なのかも知れない。

あたしが知っている人の中で、1人だけ表からこの世界に入って来た人がいた。

ママのお姉さんの娘で、あたしの従姉妹にあたるお姉さん。

そのお姉さんの家族が亡くなった後、パパとママが養女としてそのお姉さんを引き取って、

あたしの義姉としてこの家で一緒に育って来た。

優しくて、温かくて、大好きだったあたしのお姉ちゃん。

彼女の名前は、カメリア・T・マキアーノ。

その彼女はもう、この世にはいない…。

 

ツカサの事をどうするか考えている内に、全く違う事を考え出しそうになって、

あたしは頭を小さく左右に振って、慌ててそれを考えるのを止めた。

 


いけない、いけない。

今は忘れなくちゃ…


 

ふぅと大きく息を吐き、気持ちを落ち着ける。

ふと廊下に大きく取られた窓から空を見上げると、もう日が傾き始めていた。

 



「とりあえず、SPって事にして暫く考えてみようかな。」



 

そう結論付けたあたしは、その場でゆっくり伸びをしてさっきよりは軽い足取りで部屋へと戻った。

 

 

 

 

 

あの頃のあたしが、SPとしてツカサを傍に置くなんて事を考えなければ、こんな結果にならなかったのかも知れない。

 

あたしは自分の前に跪いてあたしを見つめるツカサを涙が溢れる瞳で見つめながら、そんなに遠くない昔の事を思い出していた。

 


ねぇ、ツカサ…

アンタがファミリーに入りたいなんて言わなければ、そしてあたしがアンタをSPとして傍に置くと決めなければ、

今頃あたし達はどうなっていたのかな?

例えアンタに愛してもらえなくても、あたしがアンタを愛せなくても、こんな結果にだけはならなかったよね?


 

ツカサの頭部に合わせた銃口をそのままに、あたしはハンマーを下ろす。

トリガーを引き終わる直前、最後に思い出したのは、

 



いつどこに居ても俺はお前を見つけ出す。俺達は出逢うべくして出逢い、こうして愛し合えたんだって、俺は思ってる



 

恥ずかしげもなく真剣にあたしの()を見つめながらそう言ったツカサの声と、

あたしの大好きな少年のような笑顔を浮かべるツカサの顔だった

 


さようなら…ツカサ…本当に、愛してた…


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



「お前等の言い方だと、俺がマキアーノに入るって事が分かってるみてぇじゃねぇか?」



 

未だ俺の寝室で他愛もない話をしている3人に、俺は問いかけた。

その俺の問いに、一瞬顔を合わせた3人は口々に、

 



「そりゃ、もう決定でしょ。」と、ソウ。


「迷ってる感じだったもんな、ツクシ」と、アキラ。


「あの顔は決めてると思うよ。」と、ルイが言う。



 

アイツの表情1つで考えてる事が分かるなんて、コイツ等はツクシとの付き合いが長いのか?

 

そう思って俺が、

 



「なんで、んな事分かんだよ?」



 

と聞くと、今度は3人が声を合わせて、

 



「「「顔に出るから…」」」



 

と笑った。

 



「ツクシはさ、ツカサにマキアーノに入って欲しくない訳じゃないんだよ。」



 

穏やかな声でルイがそう俺に言った。

 



「どう言う意味だよ?」

 

「アイツは表で生きて来たツカサを、裏に巻き込みたくないだけなんだと思うぜ。」



 

俺の問いに、今度はソウが答える。

 



「そうそう。俺達も同感だからな、その点は。表でやっていける奴なら、表にいる方が良いと思う。

でも、ツカサの場合は俺達と同じ匂いがするからな。

多分、ツカサは裏の人間に向いてるんだと思うぜ。ツクシも、いずれそれに気付くさ。」



 

ソウに続いてアキラがそう言って微笑んだ。

 


って、コイツ等元々表の世界にいたのか?


 

俺がそれを聞こうとした時、ソウが俺に聞いた。

 



「それよりツカサ。この世界には、死んでも護らなきゃならない掟がある。お前は、それを守る自信があるか?」

 

「あ?掟?」

 

「そう。マキアーノには大きく分けて3つの掟がある。1つは沈黙の掟=Aもう1つは服従の掟≠サして最後が…」



 

そう言って説明をしていたアキラの言葉をルイが継ぐ。

 



「…禁断の掟=Bどれか1つでも破った奴には凄惨な報復が待ってる。

どんな報復かって言うのは、ボスが決めるから一概には言えないけどさ。」



 

そう言ったルイが少し悲しそうに笑ったように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。

そんな表情はすぐに消え、ルイは俺に、

 



「まぁ、守れないならマキアーノには入れないんだけどね。」



 

と、俺を挑発するようにニヤリと笑った。










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Act.4