「本当に、マキアーノって名前知らないの?」



 

暫くツクシと話していた時、ツクシがマキアーノと言う名前を知らないと言った俺に、

俺が驚くような声を出して聞いた。

 



「マジで知らねぇよ。こんなデカい家に住んでる位だから、

お前んち金持ちなんだろ?でも、んな会社聞いた事ねぇしなぁ…」



 

そう呟いた俺に一瞬固まるツクシ。

だが次の瞬間、ツクシは大声で笑い出した。

 



「んだよ?お前んちを知らねぇ俺が、そんなに可笑しいのかよ?」



 

ツクシの態度にムッとした俺。

きっと、こめかみ辺りには青筋も立っているだろう。

俺の目の前で笑い続けるツクシをギロッと睨み続けていると、やっとそれに気付いたツクシが、

 



「ご、ごめんごめん。あはは、そうじゃないの。あ〜、笑った笑った。笑いすぎてお腹痛いわ。」



 

と言いながら、目尻に溜まった涙を拭う。

 


っだよ、んなに笑う事かよ?


 

未だムッとしたままの俺を見ながら、ツクシが、

 



「ツカサは、まともな世界で生きてきたんだね。」



 

とポツリと呟いた。

その表情が、穏やかに微笑みながらもどこか淋しそうな感じがして、

俺の機嫌が悪いのも一気に治まってしまった。

 



「どう言う意味だよ?」



 

意味が分からずに問いかける俺に、ツクシは、

 



「何でもないよ。」



 

と、はぐらかす。

その言葉に再び青筋を立てた俺は、ツクシの言葉でまた機嫌を治めてしまった。

 



「でも、ツカサは表の人間なら知らなくてもしょうがないよね。マキアーノ家は、裏社会の家系だから。」

 

「裏?裏社会って、マフィアとかそう言う事かよ?」

 

「そうだよ。マキアーノ・ファミリー、アメリカの5大ファミリーって呼ばれる内の1つ。

今のところ、ウチのファミリーが一番影響力強いみたいだね。

まぁ、ウチはイタリア系だから、当然って言われれば当然なのかも知れないけど…」



 

ツクシはそう言うと、自嘲的に笑った。

 


マジかよ…

こいつが、マフィアのボスの娘?


 

ツクシは見た感じ、その辺にいる女達と何ら変わらない。

昼間に街で見かけた位じゃ、まさかマフィアの娘だなんて微塵にも思わないだろう。

だけど普通の女とマフィアのボスも娘じゃ、全然違う。

産まれた時から裏社会にいるツクシ達にとって、抗争や殺しは日常茶飯事。

人を殺す事が罪だと言われるこの時代でも、

マフィアの連中にとってはその法を犯す事など怖くも何ともない。

下手をすると、それの何が悪いのかと思っているかも知れない。

そんな世界で生きると言う事は、自分の身を護る術を知っていると言う事だ。

ツクシだって例外じゃないはず。

きっと護身術は愚か、銃の使い方や人の殺し方だって熟知しているんだろう。

 

驚いて声も出ない俺を、ツクシは悲しそうな()で見つめる。

 



「怖く…なった?あたしが、マフィアの娘だって知って…」



 

確かにツクシがマフィアの娘だと知った事には驚いた。

だが、怖いかと聞かれればそうじゃねぇ。

確かにマフィア自体は怖いかも知れねぇが、ツクシが怖い訳じゃない。

 



「いや、違う。そう言う訳じゃねぇんだ。ただ、驚いたっつーか…」

 

「良いよ、無理しなくて。表の人間にとったら、あたし達裏の人間は怖いと思うし…」



 

そう言って苦笑するツクシの言葉を俺は慌てて止める。

 



「だから、違うっつってんだろ?

俺は確かに表の世界で生きて来たから、マフィアって聞けば怖いって思っちまうけど、

でもそれは裏の世界の事を何も知らねぇからで、マフィアの事も良く分かってねぇからだ。

それに俺が怖いと思ってるのは、マフィアって組織に対してで、

お前に対してそう思ってる訳じゃねぇよ。」



 

俺が強く否定したからか、ツクシは驚いた顔をし、

大きな黒い瞳を何度も瞬かせながら俺の顔を凝視している。

 



「お前、さっき俺に言ったろ?俺は俺≠セって。それと同じ。

お前がマフィアの娘だろうが何だろうがツクシはツクシ、変わんねぇ。だろ?」



 

俺がそう言うとツクシは、さっきと同じように一瞬固まったかと思ったら、

また突然、腹を抱えて笑い出した。

 



「ぷっ…あはは…はははははっ。アンタ面白いね。初めてだよ、そんな事言われたの。」



 

何とか笑いを治めたツクシは、「そっか、あたしが怖くない…か。」と小さく呟いて、

俺の左頬へとキスをした。

 



「ありがとう。その言葉、凄く嬉しいよ。」



 

そう言ってツクシは、大輪の花が咲き誇るように微笑んだ。

 

今、俺の顔はきっと真っ赤だ。

お礼や挨拶のキスなんてこの国じゃ当たり前の事なのに、

どうして俺の心臓はこんなにも煩く音を立てているんだろうか。

 

今までに経験した事のない胸騒ぎに、この時の俺はただ戸惑うだけだった。

 





 



「なぁ…俺をマキアーノに入れてくれねぇか。」



 

暫くの沈黙の後、俺はツクシにそう聞いた。

 



「は?!アンタ、何言ってんの?」



 

突然の俺の言葉にツクシは驚いたらしく、弾かれたように俺の顔を凝視する。

 



「本気…なの?」



 

ツクシの言葉に何も返さない俺に、本気を感じ取ったらしくツクシも真面目な顔をして俺を見つめる。

 



「あぁ、マジだぜ。」

 

「ちょ、ちょっと待って。ツカサは今まで表社会で生きて来たんでしょ?

裏社会の事なんて何も知らないって…」

 

「あぁ、俺は裏社会の事なんて何も知らねぇ。

でも、俺だって伊達にダウンタウンに居た訳じゃねぇ。

この世界がどんな世界かなんて、少し位は分かってるつもりだぜ?」



 

裏社会を決して甘く見ている訳じゃない。

この世界がどんな世界なのか、漠然とではあるけど分かっているつもりだ。

俺はツクシを助けた時、そのまま死んでも良いと思った。

表社会で一度死んでも良いと思った俺が、裏社会で生きていく事なんてきっと大して難しい事じゃない。

表社会で死ぬのも裏社会で死ぬのも、大差なんてない。

今まで誰にも1人の人間として見られた事もなく、必要とされて来なかった俺。

だったら最後位、俺を俺≠ニして見てくれる奴等の傍にいたって良いだろう?

 



「好奇心とか興味本位で、んな事言ってる訳じゃねぇんだぜ。

俺は俺の生きている意味っつーのを知りてぇだけだ。」



 


 


 



「良いんじゃない?考えてあげても。」



 

俺がツクシに向って真面目に話していた時、そんな言葉が返って来た。

そう言ったのはツクシではなく、今、寝室の扉から入って来た男。

 



「ルイ…。で、でも、そんな簡単に…」



 

ツクシがそう言ってルイと言う男を説得しようとしているが、そのルイの後ろからまた違う声に遮られる。

 



「じゃぁ、構成員としてじゃなくて、お前のSPって事にして置いてやれば良いんじゃねぇ?」

 

「ツクシの言いたい事も分かるけど、俺達はそいつの言う事だって分かるんだよ。

暫くの間、置いてやっても良いんじゃねぇの?」



 

そう言ってルイと言う男の後ろからひょっこりと顔を出した2人の男。

 



「ソウとアキラまで…。ねぇ、ツカサ、本当に分かってる?この世界に入るって事がどんな事なのか…。

そんなに甘い世界じゃないんだよ?それに、表社会からわざわざ裏社会に来る事なんて…」



 

そう言って未だ俺がこの世界に入る事を引き止めようとするツクシ。

 



「良いんだよ。俺にとって表で生きる事も裏で生きる事も、そんなに変わんねぇ。」



 

俺を初め、他の3人からも説得されるツクシに断る術など考えつかなかったんだろう。

 



「…ちょっと、考えてみる。また後で様子見に来るよ。」



 

と言い残して寝室を出て行った。

 

ツクシが出て行ったら他の3人も出て行くかと思ったら、

3人の男達はそのまま俺の寝室に残り、それぞれ寛ぎ始めた。

 



「思ったより元気そうで良かった。」



 

そう言ったのはルイと言う男。

 



「あぁ、悪かったな。迷惑かけて…」



 

素直に俺がそう謝ってやったのにこいつは、

 



「ククッ、別に俺に謝ってくれなくて良いよ。

アンタの事を心配して毎日オロオロしてたのは俺達じゃなくてツクシだからね。」



 

と言って笑いやがった。

 



「そうそう。端で見てる俺達は、アイツの方が先に倒れちまうんじゃねぇかって冷や冷やしたぜ。」



 

そう言ったのは、ソウと言う男。

 


アイツ、んな事全く言わなかった癖に…


 



「悪ぃと思ってたんじゃねぇの?

自分の所為で怪我した上に、高熱で苦しんで3日も目を覚まさなかったんだし。

アイツらしいっちゃぁ、アイツらしいよな。」



 

と笑う、アキラと言う男。

 

3日前の夜以来、こいつ等に会っていなくて顔をしっかり見ていなかったから何とも思わなかったけど、

3人とも長身で男の俺が見たって綺麗と言う形容詞が似合う奴等だ。

 


まさか、ここの連中は皆こんな奴等ばっかなのか?

一歩間違えば、ツクシのハーレムになったりするんじゃ…?


 

なんて俺が馬鹿な事を考えていると、ルイと言う奴が、

 



「それよりさ、アンタ名前は?俺はルイ・H・グラス。宜しく。」



 

そう言って右手を差し出す。

まさかこの場で、家にいた時の様な態度を取られるなんて微塵も思ってなかった俺は、

一瞬驚きに硬直したが、すぐに自分を取り戻し、

 



「俺はツカサ。ツカサ・D・ドゥロア。宜しく。」



 

と、ルイの右手を取った。

 



「俺はアキラ・M・マッカーサ。宜しくな、ツカサ。」



 

ルイとの握手の後、アキラがそう言って右手を差し出す。

それに俺も応えながら、

 



「あぁ。宜しくな、アキラ。」



 

と返す。

 



「俺はソウ・N・シルバー。仲良くしようぜ、ツカサ君。」



 

ソウは軽い雰囲気のまま俺にそう言い、まだ少し痛む俺の肩をバシンッと叩いた。

 



「痛ぇっ!」



 

思わず俺がそう言うと、

 



「この程度で痛がってるようじゃぁ、ツクシのSPは務まんねぇぜ。あのお嬢は全く大人しくねぇからな。」



 

と、笑う。

 



「だな。俺達だって何回怪我した事か…。

ったく、毎回お守りをさせられる俺達の事もちょっとは考えろってーの。」



 

そう言って溜息を吐くアキラ。

 



「アイツ、んなに無茶すんのかよ?」



 

「無茶なんてもんじゃねぇな、あれは。」と、ソウ。

 

「あぁ、あれは強いて言うなら…」と言葉を切る、アキラ。

 

「無謀…だね。」と冷静に言う、ルイ。



 

3人か3人共、口裏を合わせたようにツクシに対する意見を一致させる。

 


ゲッ…

もしかして俺、早まった結論出したんじゃねぇの?


 

俺がそう思い、顔を引き攣らせていると、

 



「まぁ、楽しくやろうぜ!」と楽しそうに笑う、ソウ。

 

「大丈夫だって、俺達もいるから。」と苦笑する、アキラ。

 

「今更逃がさないよ、ツカサ。」とにっこり天使のような笑顔を浮かべる、ルイ。



 

3人の笑顔に俺の顔は益々引き攣り、

 


どうやら俺は、早まった結果を出したらしいな…


 

と、乾いた笑いを浮かべる事しか出来なかった。










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Act.3