「ところで、ウチに連れて帰る奴って、コイツの事か?」



 

長髪の男が俺を指差しながら、女に確認を取る。

 



「そうだよ。あたしの所為で怪我させちゃってさ…」



 

そう言って苦笑する女に、

 



「それはツクシが悪いよね。俺達に何も言わないで、1人で行動してギャングに絡まれるなんてさ。

コイツがいなかったら、今頃どうなってたかちゃんと分かってんの?」



 

と、ルイと言う男が叱っている。

 



「う゛っ…。だから、ごめんって謝ってるじゃない…。いざとなったら一発撃って逃げれば良いかな?なんて思ってたんだってば…」

 

「バカヤローッ!6・7人もいるギャング相手に、んな事してみろ!お前が、殺されるだろうが!!」



 

ルイと言う男に叱られ頭を垂れる女に、今度はソウと言う男が怒鳴り声を上げる。

 



「さ、最初はそんな数いなかったんだもん…。でも、ごめんなさい。

あたしの所為で、この人にまで怪我させちゃったし…。もうしない。」



 

ソウと言う男の言葉にビクッと身体を強張らせた女は、上目遣いにそう言って謝る。

女が反省している事が分かったのか、ルイもソウもそれ以上女を叱る事はせず、その代わり大きな溜息を吐いた。

 



「まぁ、何にしてもお前に何事もなくて良かったよ。

お前が必至で奴を探してるのは俺達だって分かるけど、無茶はするな。お前に何かあったら、元も子もねぇんだからさ。

それより、コイツ、連れて帰んだろ?だったら、さっさと行こうぜ。」



 

アキラと言う男が女の目線にまで屈んで、そう言って女の頭をクシャクシャと撫でる。

男に優しく微笑みかけられ、頭を撫でられた女は安心したのか、ホッとした表情を浮かべ、

 



「うん、ありがとう、アキラ。」



 

とにっこり笑った。

 


笑った顔、可愛いじゃねぇか…


 

アキラと言う男に、

 



「麻酔打つから、ちと、痛いけど我慢しろよ。」



 

と声を掛けられ注射を打たれながら、俺はそんなどうでも良い事を考えていた。

即効性のある麻酔なのか、打ち終わる頃には睡魔に襲われ、俺は深い眠りへと落ちて行った。

 







 

眼が覚めると、俺は落ち着いた色の天蓋を見上げていた。

どうやらここは、どこかの家のベッドの上らしい。

家を出てからは見知らぬ男と狭いアパートで暮らしていた為、フカフカのベッドに寝たのは久々だった。

キングサイズのベッドに横になったままの状態で首だけを動かし辺りを見回していると、

ガチャッと小さな音を立てて寝室の扉が開き、女が入って来た。

 



「あっ、起きた?アンタ、なかなか起きないんだもん、ちょっと心配しちゃったよ。」



 

女はそう言ってベッドに近付き、手に持っていたタオルと湯の入ったボールをサイドテーブルに置く。

 



「ここはどこだ…?」



 

アキラと言う男に麻酔を打たれてからの記憶が曖昧な俺は、

自分がどこにいるのかは愚か、自分に何が起きているのかすら分かっていない。

 



「ここは、あたしの家。あっ、自己紹介まだだったよね。あたしの名前はツクシ・M・マキアーノ。

3日前は、助けてくれてありがとう。お陰で命拾いしたわ。」



 

ツクシはそう言って笑いながら、俺の身体をゆっくりと起こす。

ベッドヘッドと背中の間にクッションを入れ、楽な態勢を取らせてくれた。

 


3日前?

俺はここに来てから、そんなにも眠っていたのか?


 



「アンタの名前は?ウチで預かってるって、アンタの家に連絡入れようと思ったんだけど、身分証明書も何も持ってないんだもん。

連絡も出来なかったから、きっと家族の人心配してるよ。」



 

そう話しながらツクシは、お水飲む?と聞く。

それに、あぁ…と短く返事を返し、

 



「俺は、3日も寝てたのか?」



 

と、ツクシが差し出してくれた水を受け取った。

 



「そうよ。アキラがアンタに麻酔打って、アンタが眠ってる間にここに連れて来たの。

それから、ウチに駐在してるドクターに治療して貰って。結構派手にやられたみたいね。

肋骨は4本折れてるし、その所為で内臓も少し痛んでたし…。

眠ってた3日間の間に、高熱も出てたけど、もう熱は下がってるみたい。今の調子はどう?」



 

俺が飲み干したコップに、もう一度水を注ぎながら、ツクシが聞く。

 

身体を起こして初めて今の自分の姿に気付いたが、今着ているのは全く知らないパジャマだった。

そのパジャマも汗なんかで不快な感じがしない事を思うと、

きっとこの3日の間誰かが着替えをしてくれたり、汗を拭いてくれたりしていたのだろう。

 


そう言えば俺がまだガキの頃、熱を出した俺の看病をお袋だと思っていた奴が、身体を拭いたり着替えさせてくれたりしてたっけ…


 

そんな事をふと思い出した俺は、自嘲的に笑って掻き消した。

 

そんな俺を不思議そうにキョトンとした顔で見つめるツクシ。

そんなツクシに、

 



「何でもねぇよ。殴られたところとか、まだ少し痛むけど大した事ねぇな。悪かったな、迷惑掛けて…」



 

と、謝る。

するとツクシは、ホッとしたような表情を浮かべ、

 



「そう、良かった。アンタが怪我したの、あたしの所為なんだからそんな事気にしないで。

あたしが看病するのも当然の事なんだし。あ、でも、着替えだけは他の人だからね?あたしじゃないよ!

そ、それより、アンタの家に連絡したいの。名前と電話番号、教えてくれない?」



 

と、真っ赤な顔であたふたと説明したかと思ったら、次の瞬間には思い出したようにそう聞き、笑った。

 


ククッ、面白れぇ奴…

ってか、家…か。

俺の家ってどこなんだろうな…

あの男だって、結局俺を捨てたんだ。

んな奴が俺の心配してるなんて、考えらんねぇし…


 



「んな事する必要ねぇよ。俺には家も家族もねぇからな。」



 

鼻で笑って俺がそう言うと、

 



「そっか。ソウやアキラと同じなのね。アンタ、名前は?名前位、あるでしょ?」



 

ツクシはこっちが驚く程あっさりとそう言った。

 


コイツ…

親がいないとか、家を出てるとか、そう言う事何とも思わねぇのかよ?


 

俺はそう思いながらも、

 



「…ツカサ・D・ドゥロア。」



 

と、呆気に取られながら名前を名乗った。

 



「ツカサかぁ…。良い名前じゃん。ん?ツカサ・D・ドゥロア…?

ドゥロアって名前、どこかで聞いた事ある気がするんだけど、有名だっけ?」



 

「ツカサ・ドゥロア、ツカサ・ドゥロア…」と、ブツブツと俺の名前を呟きながらツクシがそう聞く。

 



「いや、珍しい名前だと思うけど…。ってか、お前、何者だよ?

俺に親がいないとか、家に帰ってねぇとか、んな事何とも思わねぇのかよ?」



 

まだブツブツと呟いていたツクシが、俺の質問にキョトンと不思議そうな顔をする。

今にも、何で?と言う質問が飛び出しそうだ。

 



「だから!普通、理由とか聞いたり、説教したりすんだろ?何で親がいねぇんだ?とか家に帰れとか…」



 


何言ってんだ、俺は…

仮にそうやってコイツに聞かれたとして、素直に話す気なんてない癖に…

それどころか、ウザったく感じるはずなのに…


 

俺は自分の言動が信じられなかった。

何を言っているのか、自分自身分からない。

だけど、不思議だったんだ。

自然に俺と言う人間を受け入れたコイツが…

 

俺の意味不明な質問に、あぁ!と理解したように声を上げると、ツクシはポンッと自分の手を叩く。

 



「ツカサさぁ、マキアーノって名前知らない?あたし、アンタみたいな奴沢山知ってるの。

アンタみたいに家族がいない奴もいれば、自分から家を出た奴もいるし、家族を殺した奴だっている。

ウチはそれぞれ事情のある人間の集まる場所だから、あたしはあんまり気にしないのよ、そう言うの。

だって、ツカサはツカサで、変わらないでしょ?」



 

そう言ってツクシはにっこり笑った。

 

俺はその時見たツクシの笑顔を、綺麗だと思った。

汚れたこの世界で、信じられるものが何一つないこの暗闇の世界で、

ツクシの笑顔だけは信じても良いと、何故かその時の俺はそう思った。

 

あっさりとツカサはツカサ≠セと言ったツクシの言葉に、俺は何だか救われた気がした。

ツクシのたった一言で救われた気がするなんて、俺も単純な奴だと笑えて来る。

 



「ククッ、サンキューな…」



 

気付くと俺は、笑いながらそう口走っていた。

何に対してのお礼なのか自分自身分からなかったが、何となくツクシには言いたくなった。

幼い時から数える程しか言った事のない言葉。

最近では全く使わなかったこの言葉を、ツクシには言いたかった。

3日間看病してくれた事に、傍にいてくれた事に、そして何より俺は俺≠セと言ってくれた事に対して…。

 

一瞬、何の事か分からず頭の上に?を付けていたツクシ。

それでも、優しく微笑んで「どういたしまして。」と返してくれた。

唯それだけの事なのに、俺の乾いた胸に水が滲み込んだような、凍った心に暖かな風が吹いたような、そんな気がした。












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Act.2