「おい、放してやれよ。嫌がってんじゃねぇか。」



 

女を囲んでいる数人のギャング達の後ろから、声を掛ける。

 



「あ?何だよ、お前…。俺達に歯向かったらどうなるか、分かってんだろうな?」



 

女を囲んでいた10代後半位の男が、そう言って俺に感心を向ける。

囲んでいた女から俺に感心を向けたギャング達は、

 



「馬鹿じゃん、コイツ。丸腰だぜ?」


「そのまま、俺達の相手しようって言うのかよ?」


「死にてぇんじゃねぇの?」


「そっか、死にてぇのか。だったら、お望み通り殺ってやるよ!」



 

ニヤニヤと気色の悪ぃ薄ら笑いを浮かべながら、俺に殴りかかって来た。

こんな場所を1人で、しかも夜に徘徊している位だから、俺にだって腕に自信はある。

だけど、どう考えたって6・7人はいるだろう男達、しかもギャング相手に勝てる気は流石の俺にもしなかった。

ものの数分の内に身動き出来ない程に痛めつけられ、地面に転がされる。

 



「ケッ、馬鹿な奴だぜ。正義面して殺られてりゃ、世話ねぇな。」



 

そう言いながら男は、最後の仕上げとばかりに銃のセイフティーを外し、ハンマーを下ろす。

銃口を向けられ、絶体絶命なはずのこの場面なのに、何故か俺の頭は妙に冷静な事を考えていた。

 


このまま殺られたって、どうって事ねぇ。

元々、生きてんのか死んでんのか、分かんなかったしな…

この世界に、未練なんて欠片もねぇよ…

 

死ぬ事なんて怖くない。

怖いのは、誰にも必要とされねぇ事だ…


 

そう思い、自嘲的にフッと笑って眼の前で銃口を向ける男に言ってやる。

 



「さっさと殺れよ。一人前なのは口だけか?」



 

多分、コイツは人を殺した事なんてないんだろう。

銃を握る小刻みに震える手が、その事実を物語っている。

 


一思いに殺っちまってくれ…

俺には生きる意味なんて、ねぇんだよ…


 











俺の家は事業を経営していて、俺は俗に言う、御曹司ってやつだった。

だが、18歳を迎えたある日、夜遊びから帰った俺が、

親父とお袋が喧嘩をしているところに、バッタリと出くわしてしまい聞いた会話。

 



『どうして愛人の子をこの家で、私が育てなくちゃいけないの?!』

 

『仕方ないだろう。家には跡取りになる男がいないんだから。』

 

『だからって、どうしてあの女なんかに産ませた子供を!あんな子、私は認めませんからね!』

 

『認めないも何も、ツカサは俺達の養子にしただろ。メアリー、少し落ち着きなさい。』



 


物心がついた時には、既に俺はこの家にいた。

なのに、その俺が養子だと?

しかも、親父が外で作った愛人の息子?

どう言う事だ…?


 

それから俺は、本当の事が知りたくて家の名前を使って俺の出生の事実を調べ上げた。

そうして分かった事は、あの日、親父とお袋が言っていた事は本当だったと言う事。

俺の本当の母親の名前は、カメリア・T・ドゥロア。

親父の第一秘書として働いていた女だった。

俺の本当の母親は、俺を産んで直ぐに他界していた。

だから、実父である親父が俺を引き取ったんだろう。

 

本当の事を知るまで、お袋も3歳上の姉貴も俺に優しかった。

だから、俺はそれまで本当の家族だと信じて疑わなかった。

なのに、本当の事を知ったと分かるや否や、お袋も姉貴も俺に対する態度を変えた。

 



『お前の顔なんて見たくないのよ。今が人を殺しても罪にならない時代だったら、私は真っ先にアンタを殺すわ!』



 

いつだったか、興奮したお袋が俺にそう言った。

 



『パパも時代錯誤な人だよね。跡取りなんて、男のアンタじゃなくて、私だってなれるのに。

心配しないで、ツカサ。パパの跡は私が継ぐから。アンタに用はないのよ。』



 

そう言って笑った姉貴。

 

生まれて初めて、憎いと感じ殺意を覚えた。

だけど、その頃の俺には、そんな時どうすれば良いのかも分からず、結局家を出ただけだった。

そして、本当の母親のファミリー・ネームを名乗り始めた。

俺の名前は、ツカサ・D・ドゥロア。

出生の事実を知った日、俺は今まで暮らしていた家を出た。

宛てもなく、夜の街を彷徨っていた俺に1人の男が声を掛けて来て、それ以来、赤の他人のその男と暮らしている。

あれから3年、日が高いうちは特に何をするでもなく、夜になれば喧嘩に明け暮れ、荒れに荒れた生活をしていた。

そんな俺の短い人生も、やっと終わる。

 

俺はそう思って静かに微笑みながら眼を閉じた。

 




 



ズキューンッ



 

 

銃が発砲する音が、暗く狭い路地に響き渡る。

眼を閉じて男が撃って来るのを待っていた俺は、次に襲って来る筈の衝撃が来ない事を不思議に思って、眼を開けた。

 

開いた視界の先に見えたのは、

俺に銃口を向けていた筈の男が驚愕の色を浮かべたまま死んでいる姿と、その男を撃ったであろうやつの姿。

 



「死ぬにはまだ早すぎるんじゃない?」



 

俺にそう言って声を掛けて来た男。

誰なのかと顔を見ようとするが、自分の血が眼に入って見えにくい上に、逆光の所為で顔が見えない。

誰だ?と俺が聞くより早く、さっきギャング達に囲まれ、俺が逃がした筈の女の声が響いた。

 



「良かった!間に合ったのね?ルイ。ねぇ、アンタ、あたしの声聞こえてる?」



 

地面に転がっている俺を上から覗き込む女に、焦点を合わせると、

 



「あ、聞こえてるみたいね。さっきはありがとう、助けてくれて。ごめんね、アタシの所為で怪我させちゃって…」



 

と、申し訳なさそうな顔をして、俺に謝る。

 



「ど…して…俺を?」



 


クソッ、肋骨が折れてやがって、まともに話も出来ねぇ…


 



「助けたのかって聞きたいの?」



 

俺の聞きたい事を代弁してくれた女に、頷くだけの返事を返した。

 



「あたしの所為でアンタが殺されるなんて嫌だったからに決まってるでしょ。

とりあえず、アンタの怪我の手当てしなきゃ。

ルイ、ウチへ連れて帰るから手を貸して。ソウとアキラも呼んで手伝って貰って。」



 

女は自分の着ていた長袖のセーターを脱ぎ、下着姿になる。

その脱いだセーターを容赦なく破いたと思ったら、三角巾のようにして俺の肋骨辺りを縛り圧迫させた。

痛みを軽くする応急処置ってやつだ。

 


この女、手馴れてやがる…


 

女にされるがままの状態だった俺。

女のあまりの手際の良さに、呆気に取られてしまった。

 



「ツクシ、これ着なよ。そんな格好じゃ風邪ひくよ?

第一、男の前でそんな格好してたなんてボスに知れたらどうすんのさ…。

俺、ヤだよ、ボスから怒鳴られるなんて…」



 

さっきから女にルイ≠ニ呼ばれていた男が、自分が着ていたシャツをツクシ≠ニ呼んだ女に渡す。

 



「そんなのルイしか知らないじゃん。ルイが黙っててくれれば、パパにバレたりしないわよ。」



 

女が男から借りたシャツに腕を通しながら、そう言って笑う。

 



「そうでもないんじゃない?俺達の中で一番口の軽い奴、来ちゃったし…」



 

男がそう言って、自分の後ろを親指で指差す。

 



「俺もバッチリ見ちゃったんだよねぇ、ツクシちゃん。」



 

ルイ≠ニ言う男よりも声の低い男の声が聞こえる。

 



「ツクシ…お前、あんま心配かけんなよ…。

1人でどっか消えたと思ったら、助けて!≠ネんて、俺達の心臓幾つあっても足りねぇっての…」



 

髪が長めの、他の2人の男よりも身長の低い…あれは声からして男…だな。

そいつの声も聞こえるが、やっぱり逆光なので女以外の顔は見えない。

コイツ等がさっき女が言ってたソウ≠ニアキラ≠チて奴等なんだろう。

 



「ゲッ…ソウ、アンタ見てたの?パパには言わないでよ、お願いだから。言ったら、アンタの秘密、バラすわよ?」

 

「言わねぇよ!俺はまだ死にたくねぇからな…」



 

女にソウ≠ニ呼ばれた男が、慌ててそう女に返す。

 


フンッ、女に弱みを握られるなんて、情けねぇ奴…


 

動けない程痛めつけられている自分の事は棚に上げて、俺はそんな事を考えていた。








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Act.1