兄弟3人が司の直居をすると決めたその日の晩、総二郎、あきら、類の3人は司の部屋の隣室で司の様子を伺っていた。

丑の刻(2時から4時の間)頃、今日は城を抜け出さないかも知れないと総二郎とあきらが思い始めた頃、司の部屋の襖が開く音がした。

総二郎は司の姿を見失わない様にと、少し開けた襖の隙間から司の姿を追う。

あきらは、自分の隣で気持ち良さそうに眠っている類を叩き起こしていた。

 

司に気付かれない様にと、付かず離れず後をつけて行く3人。

例え城下町であろうと歩いて行く事などしない司が、ゆっくりと歩きながら城門を潜って行った。

 


「えぇ?歩いて行くの?俺、眠いんだけど…」



あきらに右腕、俺に左腕を掴まれて半ば無理矢理歩かされている状態の類が言う。



「当たり前だろ?司兄が歩いてるってぇのに、俺達が馬なんかで行けるか。」



あきらが呆れた顔をして類に言う。



「何で司兄さんも普段歩いたりしない癖に、今日に限って歩いたりするんだよ…」



 


俺にはお前の文句がねくじに聞こえるぜ、類…


 

眠そうに目を瞬かせて、俺達の後ろをついてくる類に呆れた視線を送る俺。

俺が一瞬兄貴から視線を外したと同時に、あきらの「あっ…」と言う声が上がる。



「何だよ?」



突然声を上げたあきらに問いかけるが、あきらの視線は俺を通り越し、ずっと先を見つめたまま、動かない。

どうかしたのか?と問い掛けながら、あきらの視線の先を追いかけると、その先には城下の街で遊女屋の女と話す兄貴の姿があった。

 



「…マジかよ…」



思わず呟いた俺の声が、異様に自分の耳に響いた。

昼間、俺はそれらしき事を冗談で言っていた。

だが、それは本当に冗談で、まさか本当に女とましてや遊女屋の女と会っているなどとは微塵にも思っていなかった。



「おっ、女に会う為に抜け出してるなら仕方ねぇよな…?」



呆然と兄貴の姿を見つめたまま、あきらが搾り出した様な声を出し、乾いた笑いを浮かべる。



「ねぇ…でも、司兄さんとあの女の様子、何か変だよ?」



さっきまで眠そうな声を出していた奴と同一人物だとは思えない程、しっかりした声音で類が言う。

確かに類の言う通り、兄貴と遊女屋の女の様子がおかしい。

女が兄貴を店に誘っている様には見えないし、ましてや恋人同士が甘い言葉を交し合っている様などには微塵も見えなかった。

それどころか2人は、何かを用心深く相談している様に見える。

だが、俺達のいる場所は兄貴のいる場所からは遠すぎて、女と兄貴が何を話しているのかまでは聞こえない。

俺達3人は物陰に隠れながら、慎重に兄貴と女の姿をじっと見守っていた。

 

 

 



「桜…。飯食ったか?」



俺は城をいつも通り抜け出すと、馬にも乗らず城下へと下り真っ直ぐに遊女屋へと向かった。

そこで待っているのは、いつも通り俺が『桜』と呼んだ女。

この女は、つくしが死んで俺が城を抜け出す様になるキッカケを作った女だ。



「ほんと、若様はいつも時間通りにいらっしゃいますね。私も今日はまだなので、一緒に行きます。」



そう言って苦笑する女。

この女に会って1ヶ月程になるが、俺は未だにこいつの顔に馴れる事が出来ない。

桜はかなりの美人だ。

普通の男なら、桜が一声掛ければついて来ない奴はいないだろう。

だが俺は…



「若様…」



桜の声で我に返る。

焦点の合っていなかった視線を桜の顔に合わせると悲しそうな桜の顔とぶつかった。



「悪ぃ…。それより、今日はどこまで行かせる気だ?俺は早く帰って眠りたいんだが。」



俺がそう言うと、桜は軽く溜息を吐いた。

俺が眠ってしまいたい理由など、こいつに話さなくても伝わっている。

3時間程度しか眠れなくても、その3時間は俺にとっては途轍もなく大切な時間だ。

今の俺は、その時間の為だけに生きていると言っても言い過ぎではない位に…。



「もうすぐ店を終います。お客も女もいるので、ここで大丈夫でしょう。最後の客になるまで、もう少し待って下さいな。」



桜はそう言うと俺を置いて、店の中へと消えて行った。

俺は桜の準備が整うまで待つ為に、灯りの届かない路地裏へと向かった。

 

 

 

「女は店に戻ったし、司兄は路地裏へ消えた…。どう言う事だ?」



暫く兄貴が消えて行った方向をじっと見つめていたあきらが、俺達に視線を移し問いかけた。



「さぁな。店を閉めた後、待ち合わせでもしてんじゃねぇの?」



内心動揺しているのを悟られない様に、わざと俺は素っ気無く返す。



「司兄、もうつくしの事はいいのか…?」



あきらはそう言って悲しそうな表情を浮かべる。

すると、類が



「そんな訳ないでしょ?!司兄さんにはつくししかいないよ…。きっと、まだ忘れてないよ…」



最初は怒った様な表情で、最後の方は悲しそうに、そして自分に言い聞かせる様に呟く。

 


お前等、馬鹿だな…

昼間、腑抜けてる兄貴を見たところじゃねぇか。

あんな様の兄貴がつくしの事を忘れて、他の女の所に行ける訳ねぇだろ?


 

俺はそんな思いを込めて、2人の頭をグシャグシャと撫で、2人に向かってにっこり微笑んでやった。

俺が髪を乱した時には驚いた顔を浮かべた2人が、俺が微笑むとほっとした様な安堵の表情を浮かべ微笑む。

 


そう、それで良いんだ。

俺達は兄貴を信じるしかない。

兄貴が2年と言う時間を掛けて築いて来たつくしとの絆ってやつは、そんなに脆いもんじゃなかったんだと…。


 

兄貴がつくし以外の女にまた惚れる事があるなら、それでも良いと俺は思う。

だけど、まだ1ヶ月だ…。

俺達でさえ、つくしの存在は想い出になりきれていない。

それなのに、兄貴は違うのかと思ってしまった事が、あきらも類も悲しかった。

俺達の希望が消える…そう思うと、唯、悲しかっただけなのだ。

 

兄貴が本気でつくしに惚れてから、2人の様子を俺達はずっと見て来た。

兄貴の母親に妨害されながらもお互いへの想いを貫き、許嫁にしても良いと言う許しを得るまでに漕ぎ着けた2人に、

俺達はいつの間にか希望と言う光を見出していた。

家の為に結婚する事が当たり前のこの時代。

だけど兄貴達なら、その常識を覆してくれると俺達は思っていたし、そう願っていた。

兄貴達に出来たなら、もしかしたら俺達にも出来るのかも知れないと、そう思っていたから…。

 

空に浮かぶ満月を見ながら、俺はそんな事を考えていた。

何気なく視線をさっきの店の方へ向けると、店の中から先程の女とはまた違う女が、兄貴が消えた路地裏へと消えて行くのが見えた。

あきらと類に声を掛けようと後ろを振り返ろうとした途端、今度は店の中から兄貴と話をしていた女と客であろう男が出て来た。

俺が一点をずっと見つめている事に気付いたのか、あきらと類もそっと様子を伺っている。

 

すると、俺達が見ている事に気付いていない女と男客が店の前でイチャイチャとじゃれ合い始めた。

女が男の耳元に顔を近付けたかと思ったら、その女は男の首筋に顔を埋めた。

 


げっ、こんな所で始めたりすんじゃねぇぞ!


 

俺がそう内心でツッコんでいると、兄貴がいるはずの路地裏から、ドサッと何か重たいものが倒れる様な音がした。

俺達3人は、そこで要約自分達が物の怪に襲われたりしない様にと、兄貴を見張っていた事に気付く。

ハッと我に返った俺達は、兄貴の身に何かあったんじゃないかと、慌てて兄貴が消えた路地裏へと走った。

 



「兄貴っ!」「司兄!」「司兄さん!」



 

3者3様に兄貴を呼びながら入った路地裏で俺達が見たものは、

兄貴の足元に力なく倒れる女の姿と、そんな女の姿を一瞥している兄貴の姿。

そして耳にしたものは、先程聞いたばかりの何かが倒れる音。

その音が、驚いて身動き出来ない俺達の後ろで聞こえていた。

Act.9