大婆様の家からの帰り道。

あたしはもうすぐ来る城からの迎えの事を考え、一人にやけながら歩いていた。

近道しようと裏道に差し掛かったその時、後ろからあたしを呼ぶ声がした。


「そこのお嬢さん。あなたは、若様が約束を交わされた方でございますかな?」


振り返ると馬に乗って、腰に刀を差した数人の男の人達があたしを見下ろす形でそこに居た。

あたしは何故かその人達に異様な雰囲気を感じ、後退りしながら真ん中にいた男の目を見つめた。


「そうですが…。あなたは?」


男はあたしの返事を聞くと同時に馬から飛び降り、手綱を握った。


「私は城からの使いの者です。あなたをお連れする様にと…。」


彼の口調から優しさなんて微塵も感じない。

連れに来たのなら、少し位好意的に接してくれても良いものだ。

何をされるか分からないけど、怖い…。

あたしは漠然とそう思っていた。


「そう…ですか…。荷物は家に置いてありますので。どうぞ、こちらです。」


あたしは、男の目を見つめたままそれだけ言うと、とりあえず人目の多い場所に出ようと大通りまで駆け出した。

 

ここに居ちゃ、危険…

誰か、誰か…

誰でも良いから、あたしを助けて…

司…今、どこにいるの?

怖いよ… 司…

今すぐ、あたしを「大丈夫だ」って抱き締めてよ…っ!

 

男に背を向けたまま、左手で着物の胸元を握り締め、必死で走っていた。

もうすぐで大通りだと言う時、また後ろから声が掛かり、


「その必要はございませんよ…」


と、聞こえたかと思って え? と立ち止まり振り向こうとしたその時、
銀色に光る物が目に入ったかと思ったと同時に一気に背中が熱くなった。

 

何が…起きたの…?

 

一瞬何が起きたのか分からなかった。

振り返ったあたしの眼下で銀色に輝いて獲物を狙っている物が、少しずつ上に持ち上がる。

あたしはそこから動けず、唯、その銀色の物が動いて行く様子を目で追っていた。


「あなたを、あの世へお連れするようにとの、奥様からのお達しですので。悪く思わないで下さいね。」


男はそう言ったと同時に頭上で輝く銀色の物を一気に振り下ろした。

 

あぁ… やっぱり…

奥様はあたし達を認めては下さらなかったのね…

司、あんた騙されちゃったんだよ…

また、一緒になれなかったね…

いつの時代も、あたし達は一緒になれないのかな…?

ごめんね、また独りにしちゃうね…

 

あたしの正面、左肩から右の脇腹に掛けて急に熱くなったかと思うと同時に、
あたしは後ろにゆっくり倒れて行くところで、あたしのこれまでの人生の事を思い出していた。

あたしが『あたし』として生まれるずっとずっと昔。

何度もあたし達は恋をして、愛し合い、その度に邪魔されてこうして命を奪われて来た。

どちらかが先に死んでしまって、その度に独り残されて淋しい想いをして来たのに…。

今回もまた、前回と同じ様に司を独りでこの世に残してしまうなんて…。

そんな事を考えながら、あたしは目を閉じた…。

意識の遠くで、司の声が聞こえる気がする。


「つくし…?」


ごめんね、司。

また、あんたを独りにしてしまうあたしを許してね…。

でも、きっとまた会えるから…。

だから、またあたしを見つけてね…。

 

 


「やっと終わった…」


ぐったりした気分のまま、俺は自室までの廊下を、身体を引き摺る様に歩いていた。


「お疲れさん。やれば出来るんじゃん、兄貴。」


「お疲れ、司兄。ちょっと見直したぜ。」


「司兄さん、さっさとつくし迎えに行ってあげなきゃ、待ってるよ、きっと。」


総二郎、あきら、類が三者三様に儀を終えた俺に声を掛けてくる。


「おう。マジで疲れたぜ。あの狸爺共、世辞ばっかり並べやがってよ…。
んな事、微塵も思っちゃいねぇ癖しやがって…。くだらねぇ…。
さっさと着替え済ましてつくしを迎えに行くぞ。おめぇ等も仕度しろよ。」


廊下を歩きながら、既に着物の帯に手を掛け解きながら俺は自室へと急いだ。


「おう。俺等は着替え済ましたら兄貴の馬、準備してるからな。」


俺が自分の部屋の前まで来て扉に手を掛けたのを見計らって総二郎が言う。


「早くしろよ。待ってるから。」


去り際に俺の肩をポンと叩いてあきらが言う。


「じゃぁ、後でね。」


後ろでに手をひらひら振りながら類が言う。


「おう、後でな。」


俺はその言葉だけ残して、さっさと部屋へ入った。

着替えを済まし脱いだままの着物を女中に任せ、駆け出しそうになる気持ちの高鳴りを必死で抑えて、
俺は総二郎達が待っているだろう城の表門へ向かった。

表門に着くと、既に俺の馬は準備されていて、いつでも出発出来る状態に整えられていた。

馬に跨り、いつもより速度を上げてつくしの家へと急ぐ。

 

早く…

早く、つくしに会いたい…

やっと、迎えに行ける。

俺がこの日をどれだけ待ち望んでいたか…

やるべき事はやってやったんだ。

もう誰にも文句等、言わせやしない。

俺様が認めた女だぜ?

誰かが文句なんて言える筈がねぇんだよ。

だから、つくし…

お前はこれからも、俺とずっと一緒に居ろよ。

お前なら、俺を信じてどこまでもついて来てくれる。

そうだよな? つくし…―――

 

黒曜の背に跨って風を切りながら俺は、もうすぐそこまで来ているであろうつくしとの未来を想像し、
期待と自信に溢れた顔をしていただろう。

目の前に広がるいつもの風景が、その時の俺には新鮮に感じキラキラと輝いて、俺とつくしの未来を祝福してくれている様に見えた。

 

暫く走って、もうすぐつくしの家に着くと言う所まで来た頃から、徐々にスピードを下げて平常心を心掛ける様にと、精神統一を始める。

 

ったく、様ぁねぇな、天下のこの俺様がよ…

つくしを城へ上げられるってだけで、嬉しくて落ち着かなくなってるなんて…

やべっ、これからの生活考えてると、嬉しすぎて顔がにやけちまうぜ。

あいつの前では、いつも格好良い俺様で居なくちゃな。

 

つくしの家の前に着く頃には、俺の気持ちも前よりは正常心を保てる程度に落ち着いていた。

黒曜に跨ったまま、つくしの家を見下ろす。

この俺が何十回、いや何百回か?それ位通って来たつくしの家を間違えるなんて有り得ねぇ…。

だが、間違えたのか?と疑いたくなる程、つくしの家は普段よりも静まり返り、灯りさえついていない。
いや、その前に人の居る気配がしなかったのだ。

 
 
 
 
 
 
 
 
Act.3