司様に言われた通り、あの後私達は司様の寝室を後にした。
寝室を出た4人はそのままリビングに集まり、これからの事を考えた。
東京には行かないと言い出した司様に、説得した100年の苦労が水の泡だと怒る総二郎様。
一体何があったのかと、司様を心配されるあきら様。
行かないと言いながら、司は必ず東京に行くと思うと妙に確信めいた事を言う類様。
それぞれがそれぞれの想いを抱きながらも、これからどうなって行くのか…そんな不安を完全に拭い去る事は出来なかった。
つくし様が東京にいらっしゃる事は分かった。
でも、どうしてつくし様が天草さんと繋がりがあるのか、私達にはどうしても分からない。
今、考えられるのは、現世のつくし様は司様以外の男性の隣にいるかも知れないと言う事だけ。
もし、そうなのだとしたら、私達に一体何が出来ると言うのだろう…。
つくし様に逢いたいが為だけに、気が遠くなる程の長い時間の中を生きて来た司様。
そんな司様に付き合って、つくし様と幸せになる司様の姿を見届けたいと、同じく永遠のような時間を生きて来たお三方。
そして、つくし様との約束がある以上、死を選ぶ事など出来ず再びつくし様を出逢える日だけを待つ、私…。
これからの事は何も分からない。
全ては司様次第だと言う事で、私達4人の意見は纏まった。
どんな事があったとしても、私達はこれから先も何百年、何千年と言う時を生きなければならない。
この時代だけが全てじゃない。
私達4人は、無理矢理にでもそう結論付け、司様を見守る事に決めた。
つくし様…
今の貴女が司様ではない誰の隣に立っていても構いません。
でも、どうかお願いです…
貴女の中にいる貴女の声に、少しで良いから耳を傾けて下さい…
貴女の心の声が、魂が、本当に求めているのは誰なのか、もう1度思い出して下さい…
私達は皆、つくし様が戻って来られるその日だけを、この長い時間の中、待ち続けていたんです。
だから、どうか…
リビングから見える、毎日私がお世話している石の天使。
月の光がはっきりと天使の顔を映し出す。
私はその天使をつくし様に見立て、心の中でそう願った。
次の日、天草さんとの食事の後、暴走して血を飲んでしまい、
ご隠居≠フ姿から本来の22歳の姿に戻った司様の代わりに、
ご隠居が寝込んだ≠ニお伝えしようと私が天草さんの元を訪ねると、
契約は既に完了しているから問題ないとあっさりと了承し、そしてご隠居の心配をしてくれた。
契約も終わり、いつまでも寝込んでいるご隠居の元にいる訳には行かないからと、天草さんはその日の内に東京へと戻って行った。
そして同じ週の週末。
あれから司様は、この数日間の間に冷静になられたのか、落ち着きを取り戻されたようだった。
あの日以来、それまで滅多に見ようとしなかった応接間にあるつくし様の肖像画を、
最近は食い入るように見つめている時間が増えた。
暗闇を照らす様なつくし様の笑顔が描かれた肖像画。
あれが描かれたのは、いつの頃だったか…。
司様の記憶の中にいるつくし様は、こんな笑顔をしているのかと、
出来上がった肖像画を見た時に総二郎様達と話したのを今でも覚えている。
「司、またつくしの絵見てるの?」
応接間の扉から中を覗くようにして司様の様子を見ていた私の後ろから、のんびりとした類様の声が聞こえた。
その声に振り返ると、眠そうにあくびをしている類様と眼が合った。
「えぇ、何か考えていらっしゃるようなので、声を掛けられなくて…」
私がそう言って苦笑していると、
「よく飽きねぇなぁ、あいつ…」
呆れたように言いながら、総二郎様が類様の後ろから顔を出した。
「司の奴、毎日毎日、あの絵見ながら何考えてんだろうな…」
開いた扉から、ジッと司様を見つめながらあきら様が言う。
「さぁ…。でも、司様が考えられる事なんて、つくし様の事以外何かあるんですか?」
私がそう言うと、それもそうだと皆で笑っていた。
応接間の外の廊下で、そんな他愛もない話を4人でしていると、
急にソファー座りつくし様の肖像画を見つめていた司様が、大きな音を立てソファーを倒す勢いで立ち上がった。
急に動き出した司様に、外にいた私達も驚きを隠せない。
そんな私達のところへ使用人が声を掛けてきた。
「あの、こちらへ…」
使用人が用件を伝えようと口を開いたところで、応接間の扉が勢いよく開き、司様が文字通り飛び出して来た。
何をそんなに急いでいるのかと思う程の勢いで、司様は私達の姿には目もくれず邸のエントランスへと走り出す。
「アンタ、今、何か言いかけてたけど…。何?」
そんな司様の後ろ姿を、呆然と見つめていた私と総二郎様とあきら様。
そんな私達の耳に、類様のいつも通りの声が届いた。
「え、えぇ…。今、こちらに牧野 つくし様とおっしゃる方が、天草様に会いにいらっしゃったのですが…」
使用人が全部を言い終わるより早く私達の足は動き出し、司様の後を追うようにエントランスへと向っていた。