悠長にそんな話をしながらダイニングへと続く廊下の角を曲がった瞬間、

司が使用人の女を抱き締めている姿が俺の眼に飛び込んで来た。

 

一瞬司が何をしているのか把握出来なかった俺。

 


司が…つくし以外の女を…?


 

自分のその考えにハッとする。

司がそんな事をするなんて考えられない。

意外な光景に動きを止めた思考を無理矢理働かせた状態で、再度司の様子を見つめると明らかにおかしい。

 

ここ200年程、俺やあきら、類や桜子のように自分から他人の血を口にしようとせず、

欲しがる事すらしなかった司が、自分から女の血を吸っている…?

 

あまりの事に俺の思考はまた動きを止めてしまった。

その場で呆然としてしまい、その様子をジッと見つめながら動く事が出来ない。

 


何故…?

司に一体何が…?


 

そう俺が思っている間に、類と桜子は素早く司の元へと近付いた。

2人は司の元へと駆け寄り、司から使用人の女を無理矢理引き離す。

血に餓え暴走する司は、類が引き離した女に再度手を伸ばそうとするが、桜子の小さな手がそれを遮った。

煌々と紅く光る司の眼は、無言で桜子を責める。

キッと睨むように司を見る桜子の眼も、司の眼同様魔力を秘めた眼が煌々と紫に光っていた。

 


このままじゃ、マズい…


 

暴走した司が桜子に何をするか分からない。

俺とあきらがそう思ったのは、同時だったようだ。

俺はすぐに桜子の傍に駆け寄り、桜子を庇うような形で司の前に出る。

司は正気を完全に失っているようで、その眼に俺が映る事はない。

俺とは違い類の傍に駆け寄ったあきら。

そんなあきらに類は、

 



「まだ息はあるから、どこか部屋に移そう…」



 

と言い、それに頷いたあきらは他のメイドに部屋を用意させる為にこの場を離れた。

類が使用人を抱き上げ、この場を離れようとした時司の腕が類へと伸びる。

 



「どこへ連れて行く気だ…。それは、俺の獲物だ…」



 

完全に我を忘れている司の声は、低く掠れている。

眼は煌々と紅く妖しく輝き、口元に覗く犬歯は女の血が生々しく伝い、光を反射してヌラヌラと光り、

そして犬歯を伝った血は顎を伝いそのまま司の着ている服の襟元までを汚していた。

 



「今の司に、血なんてあげられる訳ないでしょ…」



 

司に責めるような眼を向けながら、類は静かにそう呟いて立ち去った。

それをまだ「俺に血を寄こせっ!」と言いながら追い掛けようとする司を、俺は羽交い絞めにして止める。

 



「おいっ、司!落ち着けっ!」



 

尚も暴れる司を必死で押さえていると、隣にいた桜子が、

 



「司様、つくし様が見つかったんですね?」



 

と静かにそう言った。

その言葉に一瞬にして動きを止めた司は、ゆっくりと顔を動かし桜子の姿をその眼に映す。

 



「つ…くし…」



 

ゆっくりと静かにつくしの名前を司が呟いたと思ったら、

煌々と妖しく輝いていた紅い眼は、本来の黒へと徐々に色を変え瞼がゆっくりとその瞳を隠していった。

司の身体から力が抜けたと思った時には、司は意識を失いそのまま倒れてしまった。

 



「つ、司!大丈夫か?おい、しっかりしろよっ!」


「司様?!しっかりして下さいっ!」



 

意識を失った司に俺と桜子が呼びかけるも、当然返って来る返事などなく俺達は仕方なく司を連れ、

来た道を戻り司を自室へと移した。

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 



「久し振りだね、つくし。元気そうで良かった。」



 

そう言いながら待ち合わせのレストランの席につく、あたしの長年の親友、松岡 優紀。

久し振りに会えたのが嬉しくて、優紀の笑顔につられるようにあたしの顔にも自然と笑みが浮かぶ。

 



「優紀も。元気そうで安心したよ。」

 

「それより、つくし。天草さんと、最近どうなの?もうすぐ結婚するんでしょ?」



 

挨拶もそこそこに、優紀は一番気になっていたんだろう事を、あたしに切り出した。

お水に口を付けていたあたしは、優紀の言葉に思わず咽る。

 



「ゴホゴホッ…な、何言ってるの、優紀!け、結婚なんてあたし達はまだ…」



 

突然の優紀の言葉に、あたしの顔が真っ赤になるのが分かる。

そんなあたしを優紀は可笑しそうにニヤニヤと見つめている。

 


ったく…

絶対、あたしの事で面白がってる…


 

そうは思いながらも実は、あたしはここのところずっと悩んでいた事を優紀に聞いてもらいたくて仕方なかったのだ。

 



「どうして?天草さん名義の物件を売り終わったら…て、プロポーズされたんでしょ?」



 

またまた、照れちゃって…と、優紀がからかいながら言う。

 



「う゛っ…、まぁ確かにそうなんだけど…」



 

顔を赤くしながらも、優紀の言う事に何となく表情が曇るのが自分でも分かった。

そんなあたしの異変に、気付いたんだろう。

優紀は、

 



「どうしたの、つくし…。婚約してる女とは思えない顔してるよ?何かあった?」



 

と優しく問い掛けてくれた。

 



「ううん…特に何があったって訳じゃないんだけど…ね。」

 

「じゃぁ、どうしたのよ?つくしらしくないよ、はっきりしないなんて…」



 

優紀はそう言って優しく微笑みかけてくれる。

 


やっぱり、優紀に聞いてもらおう。

そしたらきっと、スッキリするよ!


 

そう思ったあたしは、少しずつ今考えている事を優紀に話す事にした。

 



「う…ん、そうなんだけど…。本当に、あたしなんかと結婚なんてしても良いのかな?と思ってさ…。

金さん、自分には夢があるから…なんて言ってたけど、

本当はあたしの為にご実家を出る事にしたんじゃないのかな?って思ったら、プロポーズ受けた事、今頃後悔しちゃってて…。

でもね、本当の理由はそんなんじゃないの…」



 

そう言ってあたしが優紀を見ると、優紀の頭の上には?が飛んでいた。

 


そりゃ、そうだよね…


 

そう思って苦笑を溢すと優紀は、

 



「それだけじゃないって…?」



 

と、問いかけた。

 



「うん…何だか胸騒ぎがするの…。

良い事なのか悪い事なのか全然分かんないんだけど、何かがあるような気がして仕方なくて…。

ドキドキしながら何日か過ぎ始めてから、このまま結婚しても良いのかな?なんて考え始めちゃってさ…」



 

あははぁ〜…と、乾いた笑いを溢すあたしに、優紀は呆れたような顔を向け、

 



「つくし…。それ、マリッジ・ブルーってやつだよ、きっと。そんなに心配しなくても大丈夫だって!」



 

と明るく言った。

 


マリッジ・ブルー…

あぁ、そっか、これが…


 

今まで悩んでいた事がマリッジ・ブルーの所為なんじゃないかと言う優紀。

今まで悩んでいた事などから考えても、確かにそれと一致する部分はあると思う。

優紀の言った一言に、妙に納得するあたしがいた。

そう思ったら何だか気分が軽くなって、自然と笑顔が浮かぶ。

 



「そっか、マリッジ・ブルーだったんだ…。気付かなかったよ。」



 

そう言って笑ったあたしに、優紀も笑った。

 

注文した料理が席に届き、それを暫く他愛もない話をしながら2人で食べていると、優紀が思い出したようにあたしに聞いてきた。

 



「それよりさ、天草さん、いつ戻ってくるの?もう半年位会ってないんじゃない?」

 

「う〜ん、昨日電話くれた時は、

今九州の道明寺財閥のご隠居様の所にいて、近々帰るからって言ってたけど、詳しい日はまだ分からないの。

でもね、今週は休日出勤ないから、どうせならあたしから会いに行こうかなって思ってて…」



 

あたしがそう言うと、

 



「へぇ〜、良いじゃない!小旅行兼ねて婚約者に会いに行くなんてさ!」



 

そう言って優紀は悪戯に微笑んだ。

 



「もうっ、そんなんじゃないってば!ただ、元気にしてるのかな?って心配なだけよ!」



 

優紀の言葉の所為で、あたしの顔は真っ赤だろう。

素直じゃないあたしには、会いたいから会いに行くなんて事は言えなくて、そう言って否定した。

 


今週末には、やっと金さんに会える…


 

その時のあたしは、金さんに会える嬉しさでドキドキしていた。

今日まで悩んでいた胸騒ぎの事など、この時はもうすっかりマリッジ・ブルーなんだと思い込んでいた。

だけど、本当はそうじゃなくて…。

 

あたしの前世からの記憶、魂がこの結婚を反対していた事にこの時のあたしが気付く訳などなかった。

 

週末訪れる予定の九州で運命とも呼べる出逢いが待ち受けているなど、あたしは思いもしなかった。

そしてその出逢いが、あたしのこれからの人生を変えていくだなんて、一体誰に予想出来たんだろう…

 

そして週末、あたしは金さんのいる九州、道明寺財閥のご隠居様の邸へと向っていた。

 

 







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Act.25