陽も傾き夜の帳が下りて来る頃、
「なぁ、俺達も兄貴みたいに吸血鬼になる事って出来ねぇの?」
と、にやけた表情を浮かべながら総二郎が桜に問いかけた。
あまりに突拍子もない総二郎の問いかけに、俺も桜も同時に驚く。
「は?総二郎、お前、何言ってんだ?」
「だってよ、吸血鬼になれば永遠に生きてられんだろ?永遠に女の子達と遊べるなんて、最高じゃん。」
語尾に音符でも付きそうな位、ウキウキと答える総二郎。
こ、コイツ…
こんな時まで、んな事しか頭にねぇのかよ?!
総二郎の言う事に、こめかみに青筋が浮かぶのが分かる。
瞬時にそれに気付いた総二郎は、先程の表情を一変して真面目な表情に変え、
「ってのは冗談で…。兄貴達だけが背負わなくても良いと思う訳よ、俺は。」
と答える。
それに続いてあきらまでが、
「そうそう。ここまで兄貴のお守りをして来たのは俺らだぜ?
これからの先、兄貴を1人にして誰が兄貴のお守り役なんてするんだっつーの。」
そう言った。
「俺もつくしに会いたいし。ついでだから、仕方ないし司兄さんにも付き合ってあげる。」
そう俺に向かってにっこりと笑う類。
仕方ねぇってどう言うことだよ?
俺は一言もんな事、頼んでねぇよ!
そうは思いながらも、確かにコイツ等が俺と一緒に永遠と言う長い時間を過ごしてくれるなら、
少しはつくしのいない世界に耐えられるかも知れない。
でも…
「ダメだ。」
一言俺がそう発すると、3人は一斉に俺を見て動きを止めた。
「お前等は人間として、生きろ。
吸血鬼になって同じ時間を生きなくても、来世でも違う形でまた会えるさ。余計な事に首を突っ込むな。」
魔力の潜む瞳は一切コイツ等に見せずに、明後日の方向を見ながら話す俺の耳に、はぁ〜…と深い溜息が聞こえて来た。
「言うと思ったぜ…」と、総二郎の声。
「ま、仕方ねぇよな。人間じゃなくなっちまう訳だし…」と、あきらの声。
「…本当は1人じゃ淋しい癖に。」と、ボソっと呟く類の声。
類の言葉にカッとした俺は、瞳に力が宿っている事など忘れて類を見る。
「な、何だと?」
俺に睨まれ身動き出来ない3人。
そんな3人の様子に、桜が慌てて俺を止めた。
「つ、司様!眼を閉じて下さい!3人が動けなくなっていますよ!」
その言葉にハッとして3人から眼を逸らす俺。
「悪ぃ…」
ポツリとそう呟くと、
「ったく…ホントだぜ。俺達に、兄貴が力をコントロール出来る様になるまで近づくなって言うのか?」
総二郎が俺を睨んでいる気配がする。
「んな事無理に決まってんだろ?俺達、腹違いでも兄弟だぜ?しかも、俺達には任されてる仕事だってある。
ずっと近付かないなんて、出来る訳ねぇだろ。」
そう言ってあきらが苦笑している。
「諦めてよ、司兄さん。俺達兄弟は、離れられない運命なんだって、きっと。」
類がそう言ってクスクス笑っている。
俺がそれに対して何も言えないでいると、
「ま、兄貴が何て言ったって、俺達も兄貴と同じ事すれば吸血鬼になれる訳だし?」
「だな。町の奴等には悪い気もするけど、この際仕方ねぇよな。」
「悪人だって、町になら100人位いるよね。町のクリーン運動だと思えば良いんじゃない?
総二郎兄さんかあきら兄さんがやって、吸血鬼になれたら俺にその血分けてよ。」
「類〜…、それ位自分ですれば良いだろ?」
「全くだぜ。どうして、お前は俺達にばっかりやらせようとするんだ!」
「だって、面倒くさいじゃん。俺、面倒くさい事、嫌い。」
と、勝手に話が進んでいる。
そんな3人の会話の間から、クスクスと桜の笑い声が聞こえると思ったら、
「どうされます、司様。この調子では、総二郎様達も司様の様に人を殺して吸血鬼になるようですよ。
私達が血を飲む為に殺して来た人間の数だけでも相当なものです。これ以上、死人を増やされても宜しいのですか?」
なんて事を俺に言ってくる。
俺が反対したところで、素直に諦めるような3人ではない。
コイツ等なら、本当に自分達の目的の為に人を殺してしまうだろう。
俺にだって、総二郎とあきら、類の3人が俺や桜を心配しての事だって事位理解している。
唯、そんな事でコイツ等の人生を変えても良いのか、永遠と言う闇に引きずり込んでも良いのかと、そう思っただけだ。
3人の俺に対する優しさが、後々、自分達を苦しめる事にはならないのかと、そう思っただけだ。
だが、人を殺してまでも吸血鬼になりたいと言って、
俺や桜に付き合ってくれると言う3人に、俺が兄貴として出来る事は俺の血を分ける事。
やっぱり俺は、独りになりたくないのかも知れねぇな…。
なぁ、つくし…
もう1度、お前に会いたいが為だけに時を越える俺を、お前は何て言うだろう。
そんな俺に付き合ってやるって言った弟達を、俺と同じ闇に引きずり込む俺をお前なら怒るだろうか。
それとも、俺らしいと言って笑うだろうか。
俺はどんな事を言われたって、やっぱりお前に会いたいと心から願うよ…
愛してる、愛してる、愛してる…
今すぐ、お前をこの腕の中に抱き締めたい…
結局3人の提案に折れる形になった俺は、3人に血を分けた。
人ではなくなってから初めて、弟達がどれだけ俺の事を気にかけていてくれたのかを知るなんて皮肉なものだと思いながらも、
この3人がどんな俺でも受け入れてくれる奴等で良かったと心から思っている俺がいた。