「遅ぇっ!どれだけ心配したと思ってんだ!この馬鹿!」



 

小屋に入って行ったつくし様に、開口一番司様がそう怒鳴る。

そのあまりの剣幕にビクッと身体を強張らせた私とは対照的に、つくし様は慣れたものだと言わんばかりに、ほとんど悪びれもせず、

 



「ごめんごめん、途中で道に迷っちゃってさ。」



 

えへへっと笑いながら、司様に謝った。

そんなつくし様に怒る気も失せたのか、司様は大きな溜息を1つ吐くと、

 



「だから、あんまり遅くに出歩くなっつっただろ?ったく…あんま心配させんなよ…」



 

と、つくし様の額を長い指で弾いた。

 



「痛っ!ごめん…。あっ、司。この子、桜子って言うの。道に迷ったあたしを町まで案内してくれたのよ。」



 

私を司様にそう言って紹介して下さったつくし様。

私も慌てて頭を下げて、

 



「初めまして、桜子と申します。」



 

と挨拶すると、何故か司様の眼が鋭く尖る。

司様の気分を害すような事をしてしまったのかとビクビクしていた私に、司様は、

 



「お前…何者だ?」



 

と問いかけた。

司様のその問い掛けに、何と答えたら良いのかと私が考えあぐねていると、突然、つくし様がバシンと司様の頭を殴った。

 



「痛ぇ!」

 

「司!アンタ、初めましてって桜が挨拶してるでしょ?!なのに何なの、その態度!」

 

「どこの誰かも分からんねぇ奴に、何で俺が挨拶なんてしなきゃなんねぇんだ!ウチの刺客だったら、どうすんだよ?!」



 

物凄い剣幕で言い合いをするお二人。

最後に司様が言った言葉に、つくし様がキョトンとして怒りを静める。

と、次の瞬間、声を立てて笑い出した。

 



「桜が刺客?有り得ない!前に話したでしょ?あたしの前世の記憶の事…。

桜は昔、あたしがお世話になった子だよ。あたしの友達なの。」



 

つくし様にそう言われた司様は、まだ半信半疑の様子で鋭い視線のまま、

 



「つくしはそう言ってるが、本当か?」



 

と、私に問いかける。

つくし様が前世の記憶の事を司様に話されているなら話は早い。

 



「えぇ、本当です。司様の事も、存じ上げております。」



 

と、もう一度頭を下げた。

 



「ほらね、あたしの言った通りでしょ?」



 

そう言ってニヤリと笑うつくし様。

そんなつくし様の様子に、ウッと言葉を失くした司様が罰の悪そうな顔をする。

 



「わ、悪かったな…」



 

とても小さな声だったけど、確かに私の耳に届いた謝罪の言葉。

そんな司様を苦笑しながらも満足気に見ているつくし様。

そんなお二人の姿に、私は幸せを感じずには居られなかった。

 

 

それからは、司様とも打ち解けつくし様の手料理をご馳走してもらいながら、色んな話をした。

 

 

何故、つくし様は前世の記憶を持っているのか。

そう問い掛けた時、つくし様は苦笑しながら訳を話してくれた。

 



「いつの時代でも同じなのね…。あたしさ、また司の家から狙われたのよ。

幸い命は取り留めたんだけど、その時にね、前世の記憶が走馬灯のように頭に流れ込んで来たのよ。

だから、桜を見た時にすぐに分かったの。今でもココにいたんだね…」



 

大きな瞳を潤ませながら、そう呟くつくし様。

そんなつくし様の姿に、私までもらい泣きしてしまいそうになるのを必死で堪えた。

 



「ねぇ、桜…。前世でも前々世でもそうだった様に、何百年経っても何千年経っても、きっとあたしと桜は友達になれる。

だけどね、その時のあたしや司に、自分達の運命を教えないで。

桜がその時のあたし達の傍に居てくれるなら、ずっとあたし達2人を見守っていて欲しいの。」



 

つくし様はきっと気付いてる。

自分の人生が、決して司様の人生と交わる事がない事を…。

そう言う運命の元に産まれてしまったのだと言う事に、きっとつくし様はもう気付かれている。

それでも、愛してる人とずっと一緒にいたくて、どうにもならないような人生だと分かっていても足掻いてるんだ。

 

そこまで分かっていても尚、司様の傍にいたいと願うつくし様の言葉に、私は頷く事しか出来なかった。

 

そんな私に、つくし様は優しく微笑んで、

 



「ありがとう…」



 

と呟き、司様は、

 



「俺には前世の事とか良く分かんねぇけど、これからお前には世話になるだろうからよ。宜しく頼むぜ、桜。」



 

と笑った。

 








 

それからは、夜になる度に私を自宅へ誘って下さって3人で過ごす事が多くなっていった。

その内につくし様と司様は、私を承認として2人だけの結婚式をされ、晴れて夫婦に。

暫くは、質素ながらも幸せな日々を過ごしていたのに…

 

ここより異国の方が安全だろうからと、海を渡ろうとしていた赤い月の晩。

司様のご実家の刺客がお二人を見つけてしまい、つくし様はまた私の目の前で殺された。

仲間だと思われた私も同様に深い傷を負ったが、吸血鬼である私には意味がなく、もう決まり事の様に、私だけがこの世に残された。

私が傷を治す為に暫く休んでいた間に、司様はご実家へと連れ戻されてしまったらしく、

私が司様の事を知った時には、その時の流行り病に侵され、つくし様の後を追うように司様もこの世を去った。

 

幾らつくし様と見守ると約束したとは言えど、もう私も限界に近かった。

これ以上つくし様や司様の死を見るなど耐えられなくて、私は長い眠りについた。

 

そして300年が経ったある日、今まで眠っている意識が浮上する事などなかったのに、突然、眼を覚ました私。

長い間、誰の血も吸っていなかったので、随分と姿が変わっていた。

元の姿に戻る為に血を吸おうと街を歩いていた時、ばったりとつくし様にお会いしてしまった。

 

それが現世でのつくし様との出逢いだったのだ。

 





 





 



「後は知っての通り、つくし様とはそれ以来のお友達として仲良くさせて頂いてたんです。

前世のつくし様と約束した通り、何も告げずに、ずっと…」



 

そう言って切なそうな顔をした桜子に、類が穏やかな声で言う。

 



「アンタは何も悪くないよ…。前世のつくしが見守っていてほしいって、そう言ったんでしょ?

前世でそう言ったんだったら、きっと現世のつくしも同じように感じたと思うよ。

自分の未来を教えてもらって生きていたとしても、きっとつくしは嬉しくなかったんじゃないかな。

そうやって自分の事責めるの、もう止めなよ。」

 

「類…様…」



 

類の言葉を皮切りに、桜子は再び静かに涙を流した。

俺はその場の空気を少しでも軽くする為に、類の髪をクシャクシャと撫でながら、

 



「良い事言うじゃん、類。」



 

と、微笑んだ。

 



「全くお前って奴は、いつも美味しいとこ持ってくよな…」



 

あきらもそう言って苦笑する。

そんなあきらの言葉に、俺と類は笑った。

 

 

 

 



「こいつ等の言う通りだぜ、桜…」



 

俺達3人が笑い、桜子にも要約弱弱しいながらも笑顔が戻って来た頃、俺達の背後から眠っていた筈の兄貴の声がした。

 

いつから聞いていたのか、兄貴はドサッと俺達の横に座ると、

 



「つくしは、お前に自分を責めて欲しいなんてこれっぽっちも思っちゃいねぇよ。

見守っててくれってアイツが言ったんだろ?だったら、何度でもアイツの人生見守ってやってくれよ。

今までお前1人で俺達2人の人生を見守って来て辛かっただろうが、これからは俺も一緒に見守ってやる。

またアイツに出逢えて共に生きられるなら、何度だって耐えてやるさ。アイツの亡くなった時のこんな悲しみ位…」



 

歯を食いしばって悲しみに顔を歪めながらも、そう言葉を紡ぎだした兄貴。

そんな兄貴に対して桜子は、

 



「ありがとう…ございます…司様…」



 

と、深々と頭を下げた。

 

そんな兄貴と桜子の様子を見ていた俺達3人は、顔を見合わせて瞬時にお互いが思っている事を理解する。

眼と眼で会話をした俺達3人。

3人の意見が揃ったところで、ニヤリと笑った。

 
 
 
 
Act.19