「あれ?おかしいな…。さっきもこの道を通ったような…」
150年後、私はやっぱりいつもの様に前々世でつくし様が亡くなった場所へと花を持って来ていた。
あれから約300年経った今、辺りの景色は随分と変わり、
つくし様と司様を火葬した川には橋が出来たりしたが、この林だけは変わる事がなかった。
前々世、私はつくし様を守りたいが為に自分の力を開放し、獣達を使って沢山の人間を殺した。
それが今でも語り継がれていて、この林には魔物が住むと町の人間達は思っている。
だからなのか、人間がこの場所に足を踏み入れる事はなく、私はこの場所に自分の家を建てひっそりと暮らしている。
そんな場所に、酷く懐かしい声が響いた。
聞きたくても聞けなかったその人の声。
前々世でつくし様が亡くなった場所に花を置こうとしていた手が止まり、反射的に振り返る。
そこには、以前と変わらないつくし様の姿があった。
つ…くし…様?
前々世よりも前世よりも大人びたつくし様の姿に、私の視界が一気に霞む。
つくし様は小枝を沢山抱えて、キョロキョロと辺りを見回している。
近くにいる私の姿は見えていないようだ。
そんなつくし様に、私の存在を知って欲しくて、頬を流れる涙を拭いつくし様に近付いた。
「あの…道に迷われたんですか?」
後ろから声を掛けた私に、ビクッと身体を強張らせ勢い良く振り返ったつくし様が、私の顔を凝視する。
ジッと私を見つめたまま動かないつくし様。
どうかしたのかと、
「あ、あの…」
と、声を掛けた途端、つくし様が抱えていた小枝が腕の中から落ちた。
驚いている私の耳に、つくし様の小さな声が届く。
そして、確かに聞いた。
ずっと、ずっと、聞きたくても聞けなかったつくし様の声が、私の名前を呼んだのを…。
背中に回されたつくし様の腕。
私の顔に掛かるつくし様の温かな息。
気が付くと、私はつくし様に抱き締められていた。
「会いたかった…。会いたかったよ、桜っ!」
そう呟いて力いっぱい抱き締めてくれる。
その力が強くて少し痛みを感じる感覚が、私にこれは現実だと教えてくれる。
この腕の温もりは変わっていない。
最後に抱き締められてから、随分と時間が経っているけど、私は一度も忘れた事はない。
会いたくて、会いたくて、ずっとこの時を待っていた。
「つ…くし…様?本当に…本当に…貴女なんですね?」
恐る恐る確認する私に、
「そうだよ!つくしだよ!桜と友達だった、あたしだよ!」
と、感極まったように元気な声で返してくれた。
震える腕を伸ばして、つくし様の背中に回す。
「つくし様っ!ずっと、ずっとお会いしたかったんです!ずっと、つくし様に会えるのを…あれから、ずっと待ってたんです…」
それ以上は何も言えなかった。
私はつくし様の胸で声を上げ、子供の様に泣いた。
つくし様も一緒になって泣いてしまい、2人が落ち着いた頃、お互いの顔を見て笑った。
泣き過ぎて目は腫れているし、鼻水だって出てる。
でも、つくし様の笑顔は相変わらず綺麗で、また涙が零れた。
どうして私の事を覚えているのか聞くと、話すと長くなるからウチへ行こうとつくし様の家へ誘ってくれた。
どうやらつくし様は、薪を集めている間にこの林へと迷い込み、帰り道が分からなくなってしまったのだとか。
町への道は私が案内出来るからと、2人で林の中を歩く。
桜の家族が亡くなった後、町の人間に桜が見つかって必死で逃げたよね…と、とても懐かしそうに、悲しそうにつくし様が話す。
そんな事まで、今のつくし様は覚えているようだった。
林を抜けると、所々に外灯の明かりが見え辺りが明るくなる。
夜も早い時間に町へ出て来る事がなかった私が、つくし様を一緒なら林からも出る事が出来るなんて、不思議だ。
つくし様について町のずっと外れまで行くと、古い小さな小屋が見えた。
「あそこが、今のあたし達の家なの。」
そう言って恥ずかしそうに笑うつくし様。
あたし達って、まさか…
「今ね、司と一緒に住んでるんだ。駆け落ちしちゃった。」
ただいま、遅くなってごめんね。と言ってつくし様が小屋の扉を開けた先には、
大人の男の雰囲気を醸し出した、昔と変わらず綺麗な司様が不機嫌な顔で座っていた。