つくし様の亡骸をいつもつくし様と会っていた川辺まで運び、火葬した。
「つくしお姉さん…いえ、つくし様。あの世で、お兄さんと幸せになって下さいね。」
天に昇って行く煙を見ながら、私はつくし様に呟いた。
それから約130年後、私は再びつくし様にお会いした。
その時つくし様の隣に居たのは、きっと前世の恋人であった司様。
私が17歳の時に恋をした彼は、私の大好きな人の恋人だったのだ。
一目惚れした彼の恋人がつくし様で良かったと、その時私は心からお二人の事を祝福していた。
当時の私は、輪廻転生と言う事をまだ知らず、今回はつくし様も司様も幸せになれるだろうと思っていた。
前世のつくし様と司様の関係を知らなかった私。
前世も、そして当時も身分違いの恋の所為で引き裂かれたのだと言う事に気付かずにいた。
この当時は出会ったのが遅かったのか、前世の時の様につくし様と前世程仲良くなる事は出来なかったのだが、
私は遠くからいつもお二人の事を見ていた。
そんなある日の赤い月の夜。
ただならぬ様子のお二人が、前世でつくし様が亡くなった場所へと逃げ込んで来た。
私はこの約130年の間、1日も欠かさずにつくし様が事切れた場所へ花を手向けていたのだ。
そうする事で、つくし様といつまでも友達でいられるような、私に生きる意味を教えて下さっているような、そんな気がしていたのだ。
「チッ…結構、深けぇな…」
私がいる場所から少し離れた場所で、身を隠すように立ち止まられたお二人。
少しだけ見えた司様の姿は、肩口を鋭利なもので切りつけられたような怪我をしていた。
「大丈夫?今、縛るからちょっと我慢してね。」
つくし様はそう言って、自分の着物の袖を破り司様の肩口を縛り止血する。
そんなお二人を遠くから狙っている者がいた事に、先に気付いた私は隠れていた事も忘れて慌てて飛び出し、叫んだ。
「つくし様!危ないっ!」
「え?」とつくし様が私に気付いた時には、時既に遅し。
庇うようにつくし様の背後に回った司様の背に、矢が突き刺さっていた。
「逃…げろ…つくし…」
前に倒れ込んだ司様は、そう呟かれたと同時に事切れた。
「な…何…?何なのよ…これ…」
崩れ落ちる司様の身体を支えながら、ご自分もズルズルと座り込んでしまったつくし様。
「ちょ…司…?ねぇ…ねぇってば。やだ…起きてよ…」
つくし様の頬を涙が伝う。
司様の身体を揺らしながら、つくし様は司様に呼びかけていた。
「いやよ…こんなの嫌よ!ねぇ、司!起きてってばっ!
あたしを1人にしないって、アンタそう言ったじゃない!起きてよ!起きなさいよ、この嘘吐き!」
司様の身体を抱き締めながら、つくし様が泣き叫ぶ。
前世でお会いしたつくし様も、こんな風に司様と引き裂かれたのだと思うと、悲しくて…
私はそれ以上、お二人の姿を見ている事が出来なかった。
私は、この時の自分の行動を今でも後悔している。
最後まで目を背けずに見ていれば良かったと…。
ドスッと言う音がつくし様のいる方向から聞こえたかと思った途端、今度はドサッと何かが倒れる音がした。
急いで振り返った私が目にしたのは、司様に覆い被さるように倒れる背中に矢が刺さったつくし様の姿だった。
慌ててつくし様に駆け寄り、呼吸を調べたが、司様もつくし様も事切れた後だった。
そのつくし様の表情は優しくて、どこか微笑んでいるように見えた。
つくし様の目尻に溜まっていた涙が、最後に一筋だけ頬を伝った。
前世で私がつくし様の血を吸った場所で、今度は司様とつくし様が一緒に亡くなった。
あまりの事に、私は涙すら出なかった。
呆然とした状態で、司様とつくし様を前世でつくし様を火葬した場所まで運び、今度はお二人を火葬した。
ただ、どこか覚めた頭の隅で、この時はお二人が別々に死ななくて良かったと思っていた。
輪廻転生…
それは本当にあるのだと、私は身をもって教えられた気がした。
前世でも、きっとつくし様を司様は身分違いの恋をして、そして引き裂かれてしまったのだろう。
今回だってそう…。
命を狙われたつくし様を庇って亡くなった司様。
その後を追うように、つくし様も殺された。
輪廻転生…
それが本当なら、私はもう見たくなかった。
大好きなつくし様が傷ついて亡くなって逝く様も、つくし様を庇って司様が亡くなる様も、
そして何よりお二人が引き裂かれて行く様を、私はもう見たくなかった。
私は、そんなつくし様の姿を見る為に今生きているんじゃない。
もう1度、つくし様と友達になりたかったから、だから、生きる事を決めたのだ。
この世に唯1人残された私が見届けるのが、つくし様や司様が亡くなって逝く様だけだなんて、あんまり過ぎる…。
輪廻転生、それが本当なら、この先何年、何百年、何千年と生き続けて行く中で、
私は何度つくし様や司様が亡くなって逝く様を見届けなければならないのだろうか。
これから先も、そんな思いしか味わえないのなら、いっそこのまま死んでしまいたい…
つくし様と司様を火葬した後、やっと涙が流れ始めた頃には、私はそう思うようになっていた。
でも、前世でつくし様が言ってくれた、
桜は独りじゃないよ、あたしの血が桜の中に入るから…
その言葉が、私をこの世に繋ぎ止めた。
つくし様…
こんな思いをしてまで、私は生き続けなければいけませんか…?
貴女の死を見届け続ける為だけに、私は生きなければならないんですか…?
私の声が聞こえるなら、どうか教えて下さい…
私が今、こうして生きている意味ってなんですか?
止め処なく溢れる涙をそのままに、私は夜空に浮かぶ月に問いかけた。
辺りが明るくなり始めるまでここに座っていれば、きっと私はこの世から消える。
だけど、どうしてもそれを実行出来ないのは、もう1度、つくし様に桜っ!≠ニ呼んで、あの弾けるような笑顔を見せて欲しいから。
その思いだけで、私は、また150年の時を越えた。