走って、走って、走って…

もうどれ位走って来たのか分からなくなって来た頃、林を抜けた所にある崖に出た。

 



「桜!こっち!」



もう後がないと諦めようとしていた私の耳に、つくし様の声が聞こえる。

つくし様の方を見ると、断崖絶壁の左側にまだ林の奥へと道が続いている場所があった。



「いたぞ!あそこだ!」



私達が道を見つけたのと同時に聞こえる男達の声。

それを合図の様に私達はまた走り出した。

随分と走って来た所為で、今までの様に速く走れない。

足が縺れ始め上手く走れなくなって来た頃、並んで走っていた私達の目の前に、数人の男達が現れた。



「お前等が崖の方へ逃げたって聞いたんでね。先回りしてたんだよ。」



そう言いながら、ジリジリと私達に近付いて来る武器を持った男達。

つくし様が私を庇う様に、前に立つ。

男達が近付いて来る度に、後ろへ下がる私達の耳に、後ろから私達を追いかけて来ていた男達の声が聞こえて来た。

 


もう…無理…

これで、終わりだ…


 

そう思っていた私に、つくし様が小声で呟く。



「桜、あたしがここでこいつ等の相手しておくから、あんたは林の中に逃げなさい。」



視線を左側に広がる真っ暗な林の中へ向け、つくし様はそう言った。



「3・2・1で行くからね。」


「で、でも、そんな事したらお姉さんがっ…」



続きを、言わないでとでも言うように、私の着物を引っ張る。



「大丈夫。大丈夫だから。あたしには、司がついてる。心配しないで。」



そう言ってにっこり笑うつくし様。

本当は大丈夫だなんて、全然思っていないはず。

つくし様だって、怖いと思ってるはず。

でも、それでも私を安心させる為に、司様が傍にいるからと笑ってみせるつくし様に、私は涙を堪える事しか出来ずに、小さく頷いた。

それを確認したつくし様は、



「じゃぁ、行くわよ…。3・2・1っ」



小さく掛け声を掛けて、目の前の男に飛び掛って行った。

その隙に、つくし様に言われた通り林の中へと逃げ込む私。

我慢していた涙が溢れて、頬を伝って行く。

涙で目の前が霞んで見えなくなって行く。

手で拭いながら、必死で走った。

林の中へ少し入った所で聞こえて来た、ドサッと言う何かが倒れる様な音。

私の足が自然に止まる。

つくし様は大丈夫だと言われたけど、心配しないでといわれたけれど…。

 


そんな事出来ないっ

家族を失って、つくしお姉さんまで失うなんて…

そんなの嫌よっ! 絶対、嫌!


 

頭で考えるより早く動き出す足。

その方向は、暗く深い林へ続く道ではなく、沢山の男達がいるつくし様の元へと続く方向だった。

 


お姉さん以外に失うモノなんて、もう私には何もない。

私だって、お姉さんを守りたい!


 

元来た道を引き返しながら、私は強くそう思っていた。

 

 

 

 

視界が開け、つくし様の元へ戻った私が見たのは、

地面に転がり、殴られ蹴られて泥だらけになったつくし様の姿だった。

石で殴られたのだろうか…

つくし様の頭から血が出て、片目を隠す様に流れていた。

血が目に入らない様に片目を瞑ったつくし様が私の姿を捉える。

 



「どう…して…戻…って来た…の。」



 

苦しそうに呟くつくし様。

 



「逃げ…なさい…て、言ったで…しょ…」



 

ハァハァと苦しげに息をするつくし様の姿に、私の力が暴走し始める。

 



「だって…。だって、私も…。私もお姉さんを助けたかったからっ!お姉さんまで、失いたくなかったから!」



 

叫ぶように言った私の声で、力が開放される。

突然強い風が吹き、辺りの木々をざわめかせる。

私の力、私の声を聞きつけて、少しずつ林の中に住む獣達が集まってくる気配がする。

今までつくし様を殺す勢いで暴力を振るっていた男達が、突然吹いた突風に動きを止める。

異様な空気が辺りに流れ始めた事に気が付いて、つくし様の周りから、少しずつ離れ始めた。

 



「なっ何だ?」


「何が起こったんだ?」


「お、おい…。何か集まって来てねぇか…?」



 

動揺し、焦り始めた男達の声。

そんな男達を餓えた獣達が、暗闇の中からギラギラした瞳で見つめている。

今まで、つくし様を怖がらせたくないと、人間に近付きたいと思って、つくし様の前では使ってこなかった力。

その力を解放した今、男達なんかに絶対負けない。

林の中、暗闇で光る沢山の目。

全ての動物達が、私の指示を待っている。

 

 



「さ…くら…何…したの?」



 

不安そうな顔で私を見るつくし様。

 



「ごめんなさい…。こうしなきゃ、私にお姉さんは助けられない…」



 

つくしお姉さんの共で跪き、お姉さんの抱き起こす。

 



「目を…瞑っていて下さいね…」



え?と私に聞き返すつくし様に何も答えず、心の中で呟いた。

 


《その男達を1人残らず殺しなさい。》


 

同時に林から飛び出してくる無数の狼や狐や鼠達。

木の上から襲って来るカラスや鷲や鷹達。

皆が一斉に男達を襲い始める。

それと同時に聞こえる悲鳴や断末魔。

私は、その光景を憎しみを込めた目で見ていた。

Act.15