それから数日後。

つくし様に吸血鬼だと話した今、隠し事をする必要がなくなった私は、つくし様を自分の邸に招いた。

邸には、私の祖父母と両親が一緒に暮らしている。

家族につくし様の事を話すと、祖母と母は涙を流して喜んでいた。

父は、

「桜子が私達を恨んでいたのは知っていたよ。でも、どうする事も出来なかったんだ。

こんな家系に産んでしまって悪かった。」と、私に頭を下げた。

誰が悪い訳でも、ましてやお父様が悪い訳でもないのに、そう言って私に頭を下げてくれたお父様。

私は何て親不孝な娘なのだろうと、家や自分の生い立ちを恨んでいた事を今更ながらに後悔した。

つくし様に出逢わなければ、つくし様が私達を受け入れて下さらなければ、

こうした会話を家族でする事もなく、永遠と言う名の長い時間の間中、ずっと家族を恨んでいたのかも知れない。

そう思うと今この時につくし様に出逢えた事を、私をこの世に生み出し、今まで恨んでいた神様にも感謝したい気持ちでいっぱいだった。



 



私の家族とつくし様で他愛もない話をした後、最近日課になりつつある川辺の散歩につくし様と出掛けた。

この時のつくし様は、流行り病で家族を失っておられて生涯孤独の身だった為、私の家族に会えた事はとても嬉しかったと話してくれた。

夜も遅い時間になり、私の家に泊まって行くと言う事になっていたつくし様と邸へ戻る途中、

私の家の方角が異様に明るい光で包まれていた。

何かあったのかと、2人で大急ぎで邸に戻る。

そこで2人が見たのは、もの凄い勢いで火の海に飲み込まれていく邸だった。



 



邸の前には、何人もの男達が松明を片手に邸を取り囲んでいた。



「よし、これでこの邸の奴等は全滅だろう。」


「これだけの人数で邸を囲んでいたら、逃げ道もないだろうしな。」


「これで、町の物の怪騒ぎも落ち着くだろうさ。」


「そうだな。この邸の奴等がいたら、夜出歩く事も出来なかったからなぁ。おちおち遊女屋にも行ってられねぇ。」


「おいおい、遊女屋に行く為に奴等を殺したのかよ?酷でぇ奴だなぁ。」



燃えていく邸を呆然と眺めている私の耳に、数人の男達の声が聞こえてくる。

私よりも先に我に返ったつくし様が、私の腕を引き、



「桜、ここは危険だわ。見つからない間に、逃げよう。早く!」



小声でそう言いながら、近くの林の中へと入って行く。



「お姉さん、待って…。お母様とお父様が…。お爺様とお婆様も中にいるの!私の…私の家族が、まだ中にいるのよ!」



私がそう強く言っても、つくし様は私の腕を放してくれない。



「お姉さん、放して!放してよっ!家族を助けなきゃ…。皆、死んじゃう!」



そう言う私の頬を涙が伝っていく。

これより先に行きたくないと、家族を助けに戻ると、どれだけ足を踏ん張って見ても、

結構な力で私を引っ張っていくつくし様の力には敵わなかった。



「つくしお姉さん!私の家族を見殺しにする気ですか?!

まだ生きているかも知れない私の家族を助けにも行かず、私にこのまま黙って見てろって言うんですか?!

そんなの酷い!あんまりよ…」


「桜っ!!」



興奮して我を忘れ、つくし様を責める私をつくし様が一喝する。



「落ち着いて…。桜の家族の事は、助けてあげたい…。あたしだって、桜と同じ気持ちだよ。

当然じゃない、あんたの家族なんだから…。でも、無理なの。あの火じゃ、もう助からない…。

聞いたでしょ?あの男達の会話。あんなに沢山の人間がいる所に、桜が出て行ったら、あんたまで殺されちゃう。

あたしは、桜だけでも助けたい。独りで生きていくのは辛いけど、でも、それでもあたしは桜を助けたいの!」



そう話すつくし様の頬にも、私と同じ様に涙が伝っていた。



「見殺しにするなんて、酷いと思う…。でも分かって、桜。アンタは、生きなきゃいけないの…」



静かに言うつくし様の言葉が痛かった。

不老不死の私の家族が、全員、その日に亡くなった。




初めて家族で温かい時間を過ごし、笑った。

たった数時間前の出来事が、鏡が割れるように粉々に砕け散っていく。

これからだったのに…

今まで恨んでいただけで、何もしてあげられなかった家族に、これから恩返ししていけると思っていたのに…

家族のいないつくし様に、本当の家族だと思ってねと笑っていたお母様やお父様。

いつでも遊びにいらっしゃいねと言っていたお婆様とお爺様。

皆の笑顔が浮かんでは消えていく。

初めて体験した温かい家族の団欒は、一瞬で悪夢へと塗り替えられた。




 




その場で、声を殺さずに泣く私を、つくし様はずっと抱き締めていてくれた。



「ごめん、何もしてあげられなくて…」



と、何度も何度も謝りながら。

つくし様だって辛いはずなのに、それでも私を守ってくれたつくし様はなんて強い人なんだろう。

どこか冷静な頭の片隅で、そんな事を考えていた。



 



 



「お嬢さん達、こんな所で何してるんだ?」



私がだいぶんと落ち着きを取り戻してきた頃、私達の後ろから声がした。

ビクッと思わず身体を強張らせる私達。



「大丈夫かい?どこか悪いのか?」



そう言って近付いて来る人間の男。

私は男に気付かれない様に、顔を隠した。



「大丈夫です。ちょっと転んじゃっただけなので…。もう帰りますから。」



つくし様が男にそう言い、私を隠したまま「行こう。」と声を掛ける。

一刻も早くこの場から立ち去らなければ、私も家族と同じ様に殺されてしまう。

つくし様もそう思っているのだろう。

チラッと見えたつくし様の顔も、強張っていた。

怪しまれないように、その場を立ち去ろうと背中を向けた私達に、また男が声を掛けて来た。



「怪我してるなら、送っていくよ。この辺、夜は物騒だから。」



男は、つくし様の肩を引いた時、思ったよりも力が強かったのか、私を隠す様に立っていたつくし様がバランスを崩して転んだ。

それと同時に露になる私の姿。

男は転んだつくし様ではなく、私を凝視している。

 


見られたっ!


 

そう思った時には遅かった。

男は私が誰なのか気付いたように、呟く。



「き、君は…」



男がそう呟いたと同時に、転んで地面に尻餅をついていたつくし様が男の足を蹴る。



「桜!逃げて!」



つくし様の声に、弾かれた様に林の中へ逃げ出す私。

つくし様も慌てて起き上がり、私の後に続いた。



「物の怪の生き残りだ!生き残りがいたぞ!」



必死になって走る私達の足音と、お互いの上がった息遣い、そして、男が仲間を呼ぶ声が私の耳に届いていた。

 
 
 
 
 
 
 
Act.14