つくし様に知られてしまった…と、もう終わりだと私が思った次の瞬間、



「あんた達、馬鹿じゃないの?」



と、信じられない言葉が私の耳に届いた。



「たったそれだけの事で、桜を物の怪だって言ってんの?ふざけんじゃないわよ!

それに何?桜と友達だから、あたしまで物の怪扱い?

桜とあたしが物の怪だって言うんなら、桜とあたしが人を食らうところを見た事がある人間、今すぐここに連れてきなさいよ。

男と歩いてるところを見たとか、そんなんじゃなくて、食らう瞬間を見た事のある人間を連れてきなさい!」



気付くと私の頬には、涙が伝っていた。



「あたしは信じない。桜が自分で話してくれた事以外、あたしは信じない。分かったら、今すぐここから立ち去って!」



つくし様がそう言うと、数人の男達はつくし様の迫力に何も言えなくなったのか、ブツブツと文句を言いながらも、渋々その場を後にした。

つくし様から少し離れた場所で今までのやり取りを見ていた私につくし様が気付き、



「桜…大丈夫だから…。あたしは、ずっとあんたの友達だからね。」



そう言って泣いている私を抱き締めてくれた。

 


この人の腕の中は、どうしてこんなに温かいんだろう…


 

泣いている私を落ち着かせるように、ポンポンと軽く背中を叩きながら「大丈夫」と呪文のように声を掛けてくれるつくし様。

今なら、本当の事を話しても大丈夫なんじゃないかと思った。



「つくしお姉さん、ごめんなさい…。私、私、本当は…」



つくし様の胸に埋めていた顔を上げてつくし様を見ると、

つくし様は自分の唇に人差し指を当てて「何も言わなくて良い」と言う合図をした。



「知ってたよ。桜が物の怪、ううん、吸血鬼だって…。

でも、桜が言いたくないなら、無理に聞く事もないかな?と思って、知らない振りをしてたの。」



そう言ってにっこり笑うつくし様。

一度止まった涙が、再び溢れ出した。

 


ごめんなさい、今まで黙ってて…

ありがとう、信じていてくれて…


 

伝えたい思いは言葉にならずに、ひたすらつくし様の胸で泣き続けた。

つくし様は私が泣き止むまでずっと、私の背中を撫でていてくれた。

 



「ごめんなさい、お姉さん。もう、大丈夫です。」



そう言ってつくし様の腕の中から抜け出した私を、つくし様は穏やかに見つめていた。



「そう。良かった。」


「あの、お姉さん…」


「ん?何?」



どうして、私が吸血鬼だと知っていたのか、私が怖くないのか、ちゃんと確かめたいのに、

心のどこかでつくし様に否定されるのが怖くて、なかなか聞けずにいた。



「どうして、桜が吸血鬼だって事が分ったのか知りたい?」



ハッとして俯いていた顔を上げると、そこにあったのは、つくし様の悪戯っ子のような無邪気な顔。



「初めて会った時は気にならなかったの。でも、ここで会う様になって暫くした時、桜、血を飲むのを止めた時がなかった?」



そう、私はつくし様と会う様になってから少しした頃、

人間に近付きたくて、どれだけ喉が渇いても、お腹が空いても、血を飲む事をしなかった。


その時に気付いたのだろうか?



「その時、桜の顔色が良くなくて、どうしたの?ってあたしが聞いた時、食欲がなくてって言ったでしょ?

あたしが、ちゃんと食べなきゃ、もう会わないって言ったら、次の日には元気になってた。その時にね、血の匂いがしたの。」



 


あぁ、そうだったんだ…


 

顔色が悪かった事をそうやって誤魔化した。

そしたら、「あたしにはちゃんと食事しなさいって言った癖に、自分はどうなの?」と怒られて、

「自分の命を粗末にする様な子と友達でいたくないから、無理してでもちゃんと食べて。

元気になるまで会わないからね!」と言われたのだ。

つくし様は、私にとって唯一の友達。見放されたくなかった。

また、独りには戻りたくなかった。

だから、もう1度、血を飲み始めた。



「物の怪の噂は、町でも評判だからね。あたしも知ってたのよ。

あたしがお昼に会おうって言っても用事で行けないって言ったのは、お昼に外に出れないからでしょ?

薄々気付いてた時に、桜から血の匂いがしたから、もしかしたら…って思ってたの。

でも、桜があたしに言わないのは、知られたくないからじゃないかって思って、今まで黙ってたのよ。ごめんね。」



そう言って、申し訳なさそうな顔をするつくし様。

私は、黙って首を横に振った。



「つくしお姉さんは、私が怖くないんですか?」



思っていたよりもずっと弱弱しい声が出てしまった。

声も身体も震えているのは、きっと、気のせいなんかじゃない。



「怖い?どうして?桜は好きで人間の血を飲んでるの?」



つくし様に聞かれて、思わず首を強く横に振って否定した。



「そうでしょ?好きで吸血鬼に生まれてきた訳でもない桜を、あたしは怖いなんて思わない。

少なくとも桜は、あたしを殺そうなんて思ってないし、そんな事しないってあたしは信じてる。」



そう言って笑った。



「それにね、人間だとか吸血鬼だとか、そんなもの関係ないと思うのよ。

今、ここでこうして生きている事は、人間も吸血鬼も変わらないでしょ?

だったら、今生きているその一瞬一瞬を大事にしたいじゃない。

あたしは、司が守ってくれたこの命を大事にしたい…。それに、吸血鬼と呼ばれてたって、桜は桜でしょ?

桜は少しだけ、あたしよりも長い時間を生きる事が出来るだけなんだよ…。あたし達と食べるものが違うだけなんだよ。」



だから、そんな顔しないでと言って、つくし様は私の頭を優しく撫でてくれた。

 



 

今まで自分が吸血鬼として産まれて来た事をずっと後悔して、後ろめたく思いながら生きていた。

吸血鬼である一族を、自分をずっと恨んで、憎んで来た。

だけど、本当は誰かに認めて欲しかった。

友達だって欲しかったし、優しくして欲しかった。

「何も変わらない」「一緒だよ」って、そう言って欲しかった。

だけど、現実はそうじゃなくて…

 


この人がいれば、何も怖くないと思った。

誰も受け入れてくれなかった私の存在を、つくし様は受け入れてくれた。

私は私だと、人間だとか吸血鬼だとか、そんなものは関係ないと言ってくれた。

暗く、冷たかった私の心が、つくし様のたった一言で、温かなものに包まれた。

 


何も言えなかった。

唯、「ありがとう…」と、壊れたレコードの様に私はひたすら繰り返していた。

 
 
 
 
 
 
 
Act.13