驚きすぎて声が出ないどころか、昨日と同じ様に兄貴達の赤と紫の瞳に見つめられると身動き1つ出来ない俺達。

すると桜子がお伽話でも読み聞かせる様に話し出した。



「血の如き赤い満月が浮きし夜、狂気に狂いし者により万人が血を流す。

憎き者より噴出しし赤い水を浴び、口にした時、生まれる人の姿を借りし獣。

獣、人である事を捨てると引き換えに、手に入れるは永遠と言う名の闇。

求むモノを再びその手にする為だけに存在しうる獣に成り果てし者、

この世の者ではない証、人の理から外れ、堕ちし者の刻印。

左胸に宿るは愛に餓え、孤独に咲く黒き薔薇…」



 

鈴を転がす様な声音で桜子が話した事に、俺達は言葉を失った。

 


なんて事だ…

つくしを殺された兄貴が、憎しみに駆られ凶行に走った結果、

兄貴は人である事を捨てたと言う事か?


 

信じられないと言う顔をした俺達に、兄貴は薄い笑いを浮かべながら上半身だけ着物を脱ぎ、自分の左胸を指差した。

心臓の変わりを示す様に咲き誇る、闇を表す様な黒い薔薇。

兄貴が堕ちた刻印、この世の者ではない…証。

 



「そう言う事だ。最初は俺も信じられなかったんだけどよ…。

でも、日が経つにつれて力は異常に強くなってきやがるし、動物は俺の言う事を聞けるようになるし、怪我をしてもすぐに直りやがる。

極めつけは、何を飲んでも潤わなかった喉が人の生き血で潤ったっつー事だ。

何を食っても満たされなかった腹が、人の血で満たされる。昨日、お前等も見ただろ?あれが、俺の飯だ。」



兄貴はそれだけ言うと、「少し休む。」と自分の寝所へ入って行った。

兄貴が寝所に入って行くのを見届けた後、桜子が訳の分かっていない俺達に説明してくれた。

今の兄貴は人ではなく、吸血鬼。

どうやら兄貴は、沢山の人間の返り血を浴びたつくしにキスした時に、100人以上の人間の血を口にしたらしい。

それが原因だと桜子は言う。

確かに、つくしと会うまでの兄貴は怒りに任せ沢山の人を切ってきたが、こんな事にはなっていなかった。

それは血を口にしていなかったから…か。

兄貴の赤い瞳には魔力があり、あの瞳に捕らえられると動けなくなるのは、その所為で、

動物に言う事を聞かせられるのも、力が異常に強いのも、怪我が直ぐに治るのも、吸血鬼の特徴なんだとか…。

その魔力も自分でコントロールする事が出来るらしい。

実際、今桜子は俺達の目を見て話しているが、俺達が動けなくなる事はない。

兄貴はまだコントロール出来ていないって事なんだな?

兄貴に見られる度に動けなくなったんじゃ、堪んねぇっつーの…迷惑な奴だぜ、全く…。



「若様は直系の吸血鬼ではないので、日光を浴びても死んだりする事はありません。

直系の吸血鬼は、昼間に行動する事は出来ないんですけどね。」



桜子はそう言って淋しそうに笑った。



「そう言うあんたが、直系の吸血鬼なの?ってか、あんた何者?突然、司兄さんの前に現れたりしてさ。」



まだ刺々しさが残る声で類が聞く。



「えぇ、私の家は吸血鬼の家系です。若様と瞳の色が違うでしょ?

直系の吸血鬼は紫で、自らを吸血鬼に変えた者達の瞳は赤なんです。皆さんは、桜の大婆をご存知ですよね?」



そう言って笑った桜子は、どこか楽しそうだ。



「知ってるも何も…。つくしが気に入ってた婆さんの事だろ?俺達も何度か会った事あるぜ。」



そう言ったのは、あきら。類は桜子を訝しげに見つめたままだ。



「えぇ、あの方は…つくし様はいつまで経っても変わらない優しい方です…。

本当にいつも私に良くしてくれる。あの桜の大婆は、私ですよ。」



と、にっこり笑う桜子。



「「はっ?!桜子があの大婆だって?!」」



驚いた俺とあきらの声が見事に重なる。

滅多な事では驚かない類までが、目を見開いて驚いている。



「えぇ、そうですよ。変幻自在って訳ではないんですけど、血を飲まなければ見た目年老いるんです。

飲めば、いつまでも若いままですけどね。」


「じゃぁ、つくしと一緒にいた時は血を飲んでいなかったと言う事か?」



俺がそう聞くと、



「そうです。ずっと眠り続けていて、300年振りに起きた日につくし様にお会いしたんです。

起きたばかりでフラフラ街を歩いていた私を助けて下さったのが、
300年振りにお会いしたつくし様だった…と言うか、

私の事を知っているつくし様の生まれ変わりだったって事ですね。

またお会い出来た事が嬉しくて、お傍にいたくて暫く血を飲むのを止めました。」



と、懐かしそうに目を細めて桜子が言った。



「あんた一体何年生きてんの?」



珍しく類が質問する。



「私はまだ700年程ですよ。」



って事は、桜子は今700歳?!見た目は唯の17・8ってところなのに?

詐欺も良いとこじゃねぇか…。

ってか、まだって何だよ…。



「つくし様の葬儀が終わって暫くした日の夜、若様が私の元を訪ねて来て下さったんです。

つくし様が亡くなったのを知らせに…。その時、若様の目を見て分かったんです。若様も私と同じなんだと…」



そう言って、桜子は辛そうに顔を顰めた。



「若様とつくし様が別れる運命だと言う事を知りながら、

私はお二人を助ける事も出来ず、助言する事もせずに今もこうしてのうのうと生きているんです…。

つくし様が殺された日の晩、つくし様は殺されるギリギリの時間までウチに居たのに、

私は若様が迎えに来るから帰ると言ったつくし様を引き止める事もしなかった…」



桜子はそこまで話すと、小さく嗚咽を漏らし涙を流した。

それはつくしの死を悲しんで泣いていると言うよりも、何も出来ない自分が情けないと言っている様な、悔し涙に俺には見えた。



「…あんたはさ、多分、俺達よりも辛い立場だよ。」


 

類?

 

兄貴と似たような性格の持ち主の類は、決まった人間にしか感情を表さない。

今までつくし意外の女を慰めたりした事のなかった類が、涙を流している桜子に声を掛けている。

その様子に、俺もあきらも驚きを隠せない。

 



「何?俺だって鬼じゃないんだから、慰め位言うよ。って、この場合、慰めって訳でもないんだけど…」



ムッとした表情で俺達を見る類。

そんなに驚く事ないだろ?失礼だな…とブツブツ文句を言いながら、桜子に目を向けた。



「俺達、人間はさ、前世の記憶なんてものは持ってない。

だから、今目にした事が初めての出来事だと思ってる。だけど、あんたは違う。

何回もそう言う事を体験して来てるんだろ?その度に、こうやって
1人で悲しんでるんだ。

俺達が知ってるつくしの前世で、あんたはつくしと友達だったんでしょ?

あんたの事、吸血鬼だって前世のつくしは知らなかったの?」



類の問いに、静かに「知っていました。」と答えた桜子。



「その時、つくしは何て?」


「人間だとか吸血鬼だとか、そんなもの関係ない。

今、ここでこうして生きている事は、人間も吸血鬼も変わらないでしょ?

だったら、今生きているその一瞬一瞬を大事にしなさい。吸血鬼と呼ばれてたって、桜は桜でしょ?

桜は少しだけ、あたしよりも長い時間を生きる事が出来るだけなんだよ…と。」



そう言って、当時の事を思い出した様に泣き出した桜子。

その涙は、先程の悔し涙ではなく、本当に大好きだった友人を亡くした悲しみが満ち溢れている様な涙だった。

Act.11