『ねぇー亜門。日本には何時来るの?』
樹が不安そうに寂しそうに聞いてくる。
俺はあえて静かに言う。
「樹。知っているだろう?俺は仕事があるんだよ。暫くはNYで缶詰状態だよ。
会長にもそういわれているしな。」
『何時来るの?明日?明後日?』
クッ 幼児だな。まじで。
おもちゃが来るのを待ちきれない子供。俺には樹がそう思えた。
「―――――――無理だよ。一ヶ月ぐらい先になる。」
『そうなんだ。あのね。元気にしている?あの子達?』
声のトーンが少し優しくなる。
心は子供でも体は母性本能というのを働かせているのだろう…。厄介な女だな。
「元気だよ。毎日毎日邸の中走り回って悪戯ばかりしているよ。本当に小さな紳士の相手も疲れるよ。」
樹はクスクス笑いながら俺に食って掛かる。
まじでガキ。
『その紳士君に甘いのは亜門じゃない?あまり甘やかさないでね!!えっとね!それからね!』
「何?樹落ち着いていってごらん?」
『一ヶ月ってどうしたらはやくたつの?教えて!
亜門は何でも教えてくれるんでしょう?あたし寂しいのは嫌い!』
「樹…。確かに俺はいろんなことを知っているよ。でもね。時間がはやくたつ方法は知らないんだよ。」
『ふーん。知らない事もあるんだね。』
「俺だって普通の人間。処で樹。体平気か?無茶されてないだろうな?」
樹は何も答えない。
「―――――――――無茶されたんだろう?どんなことされた?」
『よく覚えてない。あたしあの男恐い。嫌い!』
樹の声が心なしか震えていた。
男女経験なんてないに等しい樹に何したんだよ?あのガキは…。
かなりな事をされたようだな声から判る。
樹は反応がいいから暴走したくなるのもわかるのだが……。
笑えネェーな。この前まで俺に引っ付いていた樹が誰かに所有されるのはイヤだな。
怒りが沸々と湧き上がってくるのだがここで怒鳴ったりはしないさ…。
俺は樹にとっては『いいお兄さん』だからな。
「それでいいんだよ。嫌いでいいよ。樹はいい子だから間違っていないよ。」
『うん。ねぇーまだ怖い事しないといけないの?』
「怖い事?」
何の事だか直ぐにわかったのだが…あえて意地悪をしてみたくて聞いた。
『亜門が教えてくれた『ダンジョノイトナミ』
アレ、痛いし変な気分になって訳判んなくなるし、亜門は恐くないのにあの男は恐いんだよ!!』
「夫婦の義務みたいなものだよ。
あいつらだって樹だって俺だって両親が 『ダンジョのイトナミ』 をして出来た。
赤ちゃんがどういう風にして出来るかはそっちに行く前に俺が教えただろう?」
そう……樹に教えたのは俺だ。
この事を誰も知らない。
言うつもりもないので当然な事であろう…ばれていたら…会長に殺されているよ。
その時の事を思い出してにやけた。まるで十代のガキだな。
女の体想像して変なところに熱が集まってくる。
息を吐きながら自身を鎮め、煙草に火をつける。
『でも、亜門は変な事しなかったもん!』
ソレはお前が知らないだけで…結構な事したけどな。
「判ったから煩くするな。行ったら恐くならないお薬つけてやるから
一ヵ月後楽しみにしていなさい。樹また電話するよ。
会長にも言われているし俺も樹が心配なんだ」
『うん!判った!また電話するし!してね!お薬苦くないやつがいい!イチゴ味がいい!』
「了解。じゃな」
俺はそう言って携帯を切り、椅子に腰掛けた。
「『イチゴ味』ね……。」
俺はのどの奥で笑った。
薬の意味すらわかっていない樹。
目の前にいたらまた喰っていたかも知れねぇーな…。
無防備すぎる樹は誘っているとしか思えない格好でよく俺に抱きついてきた。
ソレが愛しくて可愛くて…そういう対象として見始めたのは何時からか―――――。
最初はまたあの時のようにスーツきた男達がやって来た。
そして、道明寺財閥日本支社の社長室で依頼を受ける。
その内容は想像すらしていなかった事だ。
道明寺財閥総帥夫妻が俺に頭を下げて頼み、なおかつ報酬が多額だったため、俺は依頼を飲んだ。
その日のうちに俺は道明寺のPJでアメリカにとんだ、
あいつの幼馴染とか言う奴らも一緒に。
クロードの屋敷に着いて部屋であいつらと待っていると道明寺夫妻とクロード会長に連れられて、樹が来た。
『『『樹。久しぶりだね。覚えているか?』』』
あいつらは微笑みかけているのだが樹は夫妻の後ろから出てこない。
『樹ちゃん。お兄ちゃん達だよ。恐くない人だよ。挨拶できるよね。』
総帥がそう言うとあいつらを見て『こんにちは。』と一言言ってまた隠れてしまった。
俺はあまりの変わりように言葉が出なかった。
話は聞かされていたが…ここまで心を病んでいるとは驚いた。
そんな俺に花沢達が声を掛けてくる。
『コレでもましになったんだよ。あの子達が生まれる前は俺達を見て逃げていたんだから』
『そうそう!そして隠れちまうんだよ。捜すのに苦労した。』
『言っとくがあんまり樹に近づくなよ。パニックになる。』
凄い顔で俺を睨む。
『大事にしているんだな。でも、俺はあいつに近寄らない事には仕事にならないんだよ』
そう言って俺は樹に近寄っていく。
樹は俺をチラチラ見ながら夫妻の後ろに隠れている。
俺はあえて何も言わず微笑んで手を差し伸べると、バッと抱きついてきて俺の顔や髪をいじって遊んでいる。
まじでガキだと思った。微笑みながら頭を撫でてやると本当にうれしそうに笑う。
直ぐに道明寺夫妻が寄ってきてこういう。
『『樹ちゃん。このお兄ちゃんは樹ちゃんと遊んでくれるんだよ。挨拶できるよね。』』
そういうと俺の腕に纏わり付きながらニッコリ微笑んで
『樹・クロードです。こんにちは。初めまして』
俺も少し屈んで自己紹介をする。
『く・に・さ・わ・あ・も・ん。よろしくな。樹』
俺がそういうとグイグイと腕を引っ張る。どこかに連れて行きたいようだ。
『『国沢。樹をたのむよ。一緒についてってあげて恐らくあの子達にあわせたいのだろうから』』
俺はそのまま樹について行くことになる。あいつらは睨んでいたが無視をした。
暫く廊下を歩いて、一つの扉の前で止まり前にいるSPに下がるように言う。
俺達は中に入る。
ゲッ 何だこのおもちゃの山!!
『こっち!!亜門!』
腕をグイグイ引っ張られベビーベットの前に連れてこられた。
そこにいたのは赤ん坊が二人。
スヤスヤと眠っている生後2ヶ月ぐらいの男の赤ん坊。
子供がいるとは聞いていたが…双子だとはな。
覗き込んでいると片方が目を覚まし泣き出してしまった。
つられてもう片方も泣き出す。
うるせぇ!!!
『幸司(こうじ)泣かない優司(ゆうじ)も!』
ニッコリ微笑んで樹が抱き上げると片方は泣き止むがもう片方が泣き続ける。
泣き止んだ方を下ろし、もう片方を抱き上げると片方がまた泣き出す。
ソレを何度も繰り返すうち樹も泣きそうになってきた。
『幸ちゃん…優ちゃん…なかないでよ…なかないでよ。
ウッ…エッッック……ウッツウアゥアーーーーン』
お前まで泣き出してどうする!!母親だろうが!!ったく!!
『樹。一人貸せ!』
『あっ!幸ちゃん!取らないで!あたしの!』
『樹は優司を泣き止ませろよ。腹減ってんじゃないのか?ミルクやれよ。』
俺が言うとコクッと頷き…おい!!俺の眼と鼻の先で授乳しだした。
男の本能で眼がいく…ハァー
俺は泣き続けている幸司をあやし続ける事に専念する事にした。
『優ちゃん寝たよ。次幸ちゃんの番だよ。亜門!幸ちゃん返して』
『はいはい。ホラ優司かせ』
眠っている優司をベッドに寝かせる。
暫くして幸司も寝た。
『おやすみなさい。いい子だね。大好きだよ。あたしの大切な子達』
そう言ってキスをする樹を俺はなんとも言えない感情で見ていたことを覚えている。
心が子供の状態でよく子供産んだな。
あいつらの助けか…今日からは俺が子育て助けてやるよ。そう俺は決意した。
暫く赤ん坊どもを見ていると樹が話しかけてくる。
『匠さんの親戚ですか?そっくりだから』
匠?あー総帥の事か。名前で呼んでいるのか。
『樹は俺が気になるの?』
笑顔で言ってやると俺を指差しながら笑顔でかえしてくる。
『気になる。微笑んでくれたとき凄く安心した。拒絶されなかったからくっ付きたい。
触れてみたい。そう思いました』
ドキッとするような表情で言ってくる。
『一年で女は変わるんだな』そう思った。
『樹は俺に何して欲しいのか判るか?』
『抱きしめて欲しい。名前を呼んで欲しい。一人にしないで欲しい。
冷たい眼で見ないで欲しい。追い返さないで欲しい。』
ソレは俺じゃなくてあの男にして欲しい事だと伝えるべきなのか判らないが今の樹に言うのは難しいだろう。
俺は樹の言うとおりに抱きしめて名前を呼んでやった。
そのとき俺達は見えない糸で繋がった気がする。
それから、樹は俺の後をついて回るようになった。
まるで、何かを恐れるように付いて回る。
『亜門!あたしも一緒にお外行く!』
『直ぐ戻ってくるから、待っていろよ。なっ!樹』
すると眼を潤ませて俺を睨んで言う。
『あたしの事嫌い?だから…ヤダヤダ!』
そう言って次の瞬間大泣き。
『判った。ごめんな。樹も一緒に連れて行くから。泣くな。』
そういうと泣き止みコクコク頷きチマチマと俺の後をついてくる毎日。
道明寺夫妻の背中に隠れることも俺の前ではしなくなった。
ある日道明寺総帥にこういわれた。
『樹ちゃんが幸司と優司を抱かせた事を聞いたとき驚いた。
司の親友達でさえまだ抱いた事ないのにね。
抱きついただけでも驚いたのに樹が君に懐くのは大いに結構な事だ』
そう言って意味深に笑う。この時思った。この人達の考えをな。
俺も馬鹿じゃないんだ…あいつに似ている俺を樹のそばに居させることで慣れさせるつもりだろうと。
将来の為に…しかし、相手を間違えたんじゃないか?
『お役に立てるように頑張りますよ。道明寺総帥。』
ニッコリ笑って己を隠す。こんな事は慣れた事だった。
騙し騙され俺は生きてきたんだ。
騙される方が悪いんだ…。
俺の中の感情を見抜けない貴方様が悪いんですよ。
去っていく後姿にこういう。
『俺を樹のそばに置いたことを後悔するときが来るさ』
聞こえるか聞こえないぐらいの声。
でも、俺の中では深く響いていた。
* * *
さてと俺はいつもの部屋へ向かう。
幸司と優司の寝室。
それぞれのベッドがあるくせに一つのベッドで眠る。
ベッドの端に座ってこいつらの頭を撫でながらいつもの台詞を言う。
「俺がお前達の父親だよ。幸司、優司―――――俺がパパなんだよ」
二人の頭をなで、頬にキスをしながら俺は今日も囁いた。