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私と主人は不安を残したまま、機上の人となった。

 

「貴方。樹を残してきて大丈夫でしょうか?」

 

「楓…私も不安だが何時までも私達が日本に居ると司が怪しむだろう?それに…」

 

「それに?!なんですか!!!司のこともありますけど、私は樹が心配なんです!!

回復するのに4年掛かったんですよ!!何時発作が起きるとも限らない!!!

司に何が出来るんです?」

 

主人はそんな私を見て冷静に言い放つ。

 

「司次第じゃないか?未来を掴むのも捨てるのも…。」

 

「ですが!!貴方も!!4年前の事覚えているでしょう?

樹はボロボロの
人形みたいだったんですよ。私が母親代わりとなって育てたんです!

貴方だってその場にいたから分かっているはずです!!!

あの時発見が遅ければ死んでいたんです。」

 

「楓―――――。」

 

私は頭を抱えた、今も鮮明に思い出される4年前の事。

悪夢以上の悪夢とはあのときのことを言うと私は思う。

 

 

司が樹を忘れて2ヵ月後、私と匠さんは荒れて女遊びを繰り返している

司をNYに連れて行くため日本に帰国した。

 

 

滝のような豪雨の中。

樹と司とが雨の中何かの話をしていた。

司の眼が尋常ではない。

怒鳴り声が聞こえてくる。

 

『てめぇーいい加減にしねぇーとまじで殺すぞ!!!!俺の前から消えろ!!!』

 

そう言って彼女を突き飛ばす。

 

 

彼女は倒れこみながらも司を見上げてこういう。

 

 

『ど…うみょうじ……お願い。あたしの話を聞いて…これ見て…何か思い出せない…』

 

彼女は何かを差し出した。

 

『何だそりゃ…』

 

異様な笑みを浮かべて、ソレを彼女からもぎ取った。

 

『何か思い出せない………。』

 

彼女は震える声で司に言う。

 

『おい。女!どこから盗んだんだぁ?それとも男から貢がれたのか?

その
貧弱な体で??はっ!世の中の男にも物好きがいるもんだな!!!

こんなものこうしてやるよ!』

 

『アッ!やめてよ!!!ソレは!!!』

 

彼女が手を伸ばし取り戻そうとしているが…司はソレを地面に叩き付け足でギリギリと踏みつける。

 

 

ニヤニヤと笑いながら、まるで彼女を苦しめるように―――――。

 

 

『ほら…壊してやったぜ。お前も壊れればいいのになぁ…。下種女』

 

彼女は震えていた。

 

『―――――――――あぁぁ…ど………あ』

 

『ふん!消えろ!!!二度と俺の前に現れるんじゃねぇー。

それともそんなにこの俺に興味があるのか?はっ!

俺の容姿に惹かれたのか?それとも道明寺というなのブランドか!あぁ!!!』

 

彼女の手首を掴みながら言う。

 

『ちが―――――――』

 

『何が違うんだよ!!!!忌々しい!!!死ね死ね死ね。

お前なんかが死んでも世の中かわらねぇーよ!』

 

 

―――バシッ

 

司が彼女の頬をうった。

 

地面に突っ伏すように倒れこむ彼女を一べつすると背を向けた。

 

彼女は這うようにして司を追う。

 

『ま……………って……おい…てかないで……どう』

 

最後に司は一言だけ、彼女にとっては死刑宣告だったに違いない。

 

『じゃーな』

 

怒鳴るわけでもなく静に言う司。

これほど彼女を痛めつける言葉はない。

司は彼女の事を置いてその場を去った。

彼女は動かない。

フラッと立ち上がったと思うとそのまま倒れてしまった。

 

 

 

バンッ

 

 

『匠さん!?』

 

主人が勢いよく飛び出して、彼女の元に走りよっていき彼女を揺さぶる。

私も後に続いた

 

『おい!大丈夫か?!』

 

 

揺さぶっても反応はない。

 

 

『楓!!!彼女熱あるぞ!!このままじゃまずい!病院へこのまま運ぶ!!

いいな!!!お前は邸に戻りなさい!』

 

『いいえ!!!私も行きます!!!早く牧野さんを!』

 

『ああ!』

 

牧野さんを車に乗せ道明寺ホスピタルへ向かった。

 

牧野さんが診察室に入っているときに、連絡を入れておいた人達が血相変えて私達の前に現れた。

 

『『『ご連絡いただきありがとう御座います。牧野は?!』』』

 

司の幼馴染の三人は私と主人を見る。

 

『今診察中だよ。久しぶりだね。』

 

『『『お久しぶりです。おじ様。あの………どうして』』』

 

『どうして、私達が牧野さんを運んだのか?という事だろう?目の前で倒れたんだよ。』

 

 

主人が先ほどの事を話すと三人の表情が変わった。

司に対する怒りだろう…体が震えている。

 

 

『司!!!牧野が倒れたよ!!!直ぐに来いよ!!!』

 

『おい類!!病院だぞ!!!携帯は!!!』

 

美作さんが嗜めるように言う。

 

『切られた……。『関係ねぇー』だって。司の奴!!許せない!!』

 

 

こんな花沢さんを私ははじめてみた。

 

そのとき診察室の扉が開き、医師が出てきた。

 

 

『彼女は?』

 

主人が真っ先に歩み寄る。

 

『道明寺様。あの方は肺炎をおこしかけていましたが発見が早かった為適切な処置が出来ました。

あの……ご家族の方は?』

 

『恐らくこちらに向かっています。』

 

私がそう言った時、西田が走りより、主人の耳元で事を告げる。

 

『それは………本当か?』

 

主人が青ざめている。何が遭ったというのだろう――――――。

主人は私達に向き直ると現実を告げた。

 

 

『彼女のご家族が先ほど事故に遭って、亡くなった。即死だったそうだ

ここに来る途中のタクシーが居眠り運転のトラックに正面衝突されて

全員即死だったそうだ…。』

 

『なんですって!!!それじゃ…』

 

 

彼女には家族以外身寄りはない。

彼女は一人ぼっちになってしまったという事だ。

 

 

私達が呆然としていると彼女がストレッチャーに乗って出てきた。

 

『『『牧野!!!』』』    

 

 

彼女の顔は青白い。

この子は一夜にして失ってしまったのだ家族を。

 

 

私はその日彼女に主人とともに付き添った。

 

もちろん、花沢さん達も一緒に…。

 

 

 

 

 

次の日の朝彼女が眼を覚ました。

 

『牧野さん。気がついたのね。体大丈夫かしら?ここは病院よ。』

 

彼女は眼だけを動かして辺りを見回した。

 

『『『牧野!!!平気?』』』

 

『――――――――――』

 

 

そして、また眼を閉じて眠ってしまった。

なぜか嫌な予感がしたのは私だけだろうか…。

 

 

その後彼女は眠り続け、目覚めたのは葬儀を済ませた翌日の事…

彼女が目覚めるのを
ギリギリまで待ったのだが法律の関係上それ以上待つことは出来なかったのだ。

彼女にどう伝えればいいのだろうか…この現実を…。

 

 

『牧野さん。実は……』

 

『ダレ』

 

彼女私を見てそういい、辺りを見回して首を傾げている。

 

『牧野!!!俺の事わからないの?』

 

花沢さんが揺さぶっても無反応。

まるで人形のように表情がない。

私たちは直ぐに医者を呼び、診察をさせた…結果は…

 

 

 

全生活史健忘

 

 

 

要するに産まれたからの自分に関する記憶が思い出せない状態であり、多くは心因性によるものだという。

 

 

 

原因は司しか考えられなかった。

 

 

 

それに牧野さんは記憶喪失以外にも問題があった。

 

表情がないし、声を出そうともしない。

 

花沢さん達が何を言っても窓の外を眺めているだけだ。

 

『牧野さん。』

 

『――――――――』

 

 

私は彼女に伝えなくてはならない事を告げる。

その事実を伝えても彼女はまるで他人事のように外を眺めている。

泣き叫んでくれた方が幾らかましだっただろう。

 

 

それからもう一つの事実を伝えると彼女は少しだけ微笑んだ。

 

『うれしいの?』

 

彼女は少し考えて頷く。

 

『どうして?』

 

彼女は首を振る。

 

『判らないけどうれしいのね。良かったわね。』

 

私がそう言うとまた頷いた。

 

 

 

その日私と主人はこれからの事について、

彼女の事を聞き付けて日本にやって来たクロード氏と話し合いをしあることを決めた。

彼女はこの時、牧野つくしから樹・クロードへと変わった。

数日後、数名の医師とともに彼女は渡米した。

 

 

その後の事は苦労の連続だった。

 

 

彼女の心は真っ白な赤ん坊の状態でなんにでも興味を持ってしまい、少しも眼を離せなかった。

直ぐにどこかに隠れてしまう、クロークの中や庭の植え込みなど見つけやすいところから

見つけにくいところまでまるで遊んでいるようだった。

 

 

主人は何かと樹を気にかけていた。

財閥の激務の間に樹に会いに行っていて、
私も一緒に行く事が多かった。

 

話しかけても頷いたり、首を振るだけだったが主人と私は樹に話しかけ続けた。

 

『樹ちゃん。こんにちは、今日はね。これを持ってきたの。ほら?何かわかるかな?』

 

彼女は首を傾げながらも私からソレを受け取って抱きしめる。

その姿が…一瞬司に見えた。

 

『『よかったね。ウサギさんだよ。可愛がってね。』』

 

 

 

 

それから絵本を読み聞かせたり、食事の世話をしていたら夜になってしまった。

眠ってしまった彼女を主人がベッドに寝かせて二人で寝顔を見ていた。

安らかな寝息が聞こえてくる。

その場を去ろうとした私のスーツの端を彼女が掴んだ。



『樹ちゃん?起きたの?』

 

 

 

彼女の澄んだ眼があたしを捕らえて離さない。

 

 

何が言いたいのかわかった。

 

『匠さん。私は今日このまま樹ちゃんのそばにいます。』

 

主人は一瞬目を見開いたが優しく微笑んで、出て行った。

 

 

使用人が用意した物に着替え樹に添い寝する。

こんなことをしたのは何年ぶりだろうか…いや、初めてかもしれない。

横になると直ぐに擦り寄ってきた。

私の髪を触って遊んでいる。

 

 

『樹ちゃん。傍にいるから寝ようね』

 

そういうと頷いて眼を閉じ、暫くして寝息が聞こえてきた。

 

私は彼女の寝顔を見ながら眠りにつくのだが、暫くして泣き声が聞こえてくる

隣で樹が泣いていた。

 

 

『ママ……ママ』

 

 

こっちまで泣きたくなった。

 

 

『判っているのね。ママがいないこと。大丈夫よ。私が貴方のママになってあげるから』

 

 

そう言って抱きしめるとまた寝息が聞こえてきた。

 

私はその夜また決意を新たにしたのだ。

 

赤ちゃんだというならまた育てなおせばいいこと。私が育て上げて見せるわ!

樹の笑顔を取り戻してみせる!

 

 

 

*      *      *

 

 

 

「匠さん!SPにはキチンと言ってあるでしょうね!」

 

匠さんは苦笑しながら言う。

 

「っはっは。三沢にも斉藤にも命令してある。『決して眼を離さないように』と

しかし、樹ちゃんは直ぐに向けだすからな。」

 

「ソレを見張るのがSPの仕事ですわ!情緒不安定には変わりないのですから

樹を癒してくれる子達はアメリカですし、あの男も暫くは日本にはこれないと思いますし」

 

すると主人が笑い出した。

 

「ははっ!!!楓お前は樹の事となると人が変わるな。私もだが

あの男は少しばかり注意が必要のようだな。優秀なのだが樹が懐きすぎているのも問題だ。

樹と司の今後の為を思って傍に置いたのが間違いだったかも知れんな。今更言っても遅いのだが…。」

 

「4年前は正解だと確信していたのですが…。」

 

あの時会わせなければ良かったのかもしれない。

 

 

しかし、あの時は会わせる事であの男を樹のそばに置くことで

樹の為にも良いと思ったし
慣れさせておく必要もあったのだ。

あの男は優秀であり、武道にも長けていたので
樹のSP件いいお兄さんとして傍に置いていた。

樹となってからは初めて会わせたとき
樹は私と主人の背中に隠れて様子を伺い、

あの男が微笑んで手を差し伸べるとニコッと笑って抱き付いて行ったのだ。

そしてペタペタ顔や髪を触って嬉しそうにしていた。

あの男もそんな幼児みたいな行動をする樹の頭を撫でて微笑んでくれていたのだが…。

この時、一緒にいた花沢さん達の言葉が今更ながら蘇ってくる。

 

 

 

『抱きついちゃったな。樹…』

 

『ああ…しかし、大丈夫か?あいつに懐いて』

 

『樹次第じゃないかな?あきら総二郎。俺はそう思うよ。

樹笑っているし、俺達でさえ最初は拒絶されたんだよ。』

 

花沢さんがそういうと西門さんと美作さんは樹を見ながらため息をついた。

 

『でもさぁ…樹のやつあの男に引っ付きすぎだろう?』

 

『会って直ぐ笑うなんてな。あいつら以外初めてだろう?なぁ、類、俺いやな予感がするんだよ』

 

西門さんが花沢さんを見据えて言うと花沢さんがクスッと笑って言う。

 

『樹に問題はないと思うんだけど?』

 

『だってよ!!似ているんだぜ!!!』

 

『で?』

 

『『 『で?』 って…類!』』

 

『樹より、問題があるのはあいつの方だよ。注意した方が俺はいと思うけど

今は平気かな?そう―――――――今は。』

 

 

そうあの時の『今』は平気だったのだ。しかしその『今』は、もう過去。

現在がどうなっているのかはあの男しか知らないだろう。

取り返しのつかないことになりそうで怖くなる。

 

 

樹はあの男を『いいお兄ちゃん』と認識しており、4年間付きまとっていた。

 

『どこ行くの?あたしも行く』

 

『置いてかないで!一人は寂しい』

 

そう言って後をついて回る樹によくこう言っていた。

 

『俺はお前を置いていかないよ。おいで…樹』

 

彼は本当はこう言いたかったのかも知れない。

 

 

 

―――司のようにお前を見捨てたりはしない。だから俺のところにおいで…―――

 

 

 

「人の心まではわからないですね。過去も未来も」

 

「……楓。いずれにせよ。見守っていくしかないのだから」

 

匠さんの言葉に頷いたのだが私の不安は大きくなるだけであった。

第四章