あのオトコが出て行った。
ズクンッと体の奥が痛む。この痛みはあのオトコの所為である事は確かだ。
最初あったときから、嫌な感じがして怖かった。
お父様も楓さんもこの結婚は大賛成のようだ。あたしに逆らう権利なんてないし、
お世話になっているクロードと楓さんと匠さんに恩返しが出来るんだし。
みんなの願いでもある。
でも、苦手なのよ。頭が痛くなるし、震えが止まらなくなる。
男性恐怖症って訳でもないのにどうもあのオトコは苦手というか嫌いだ。
眼がイヤ。アノ眼で見られると震えが止まらない。
細胞が萎縮する。
昨日の夜も怖くて、怖くて堪らなかった。
この部屋に入ってきたときも、震えていた…あのオトコにワインを勧められて
飲んだのは、少しでも恐怖を紛らわす為。
少しだけ会話をした。どの言葉があのオトコを怒らせたのか分からない
気がつくと薔薇の花の散りばめられたベッドに押したおされていた。
薔薇の香りがあたしを包み込んでいく。
あのオトコはニヤつきながら言葉を投げかけてくる。
『樹さん、まさか初夜の意味を知らないわけないでしょう?』
『………』
恥ずかしくって何も居えず、眼を逸らした。
オトコはなぜかうれしそうな顔になる。
『初めてなんですね。大丈夫ですよ。任せてくれれば、最初は痛いと思いますが
慣れれば苦痛以外のシロモノを与えれますよ。この僕が貴方に与えて差し上げます』
そう言って、ニッコリ微笑みかけて、首筋に指を這わしてきた。
ピクッと体が嫌でも反応する
『やっ』
思わず声が出た。
『 ―――――― こんなことで 反応するんですね。そんなんじゃ今夜持ちませんよ。』
ニカニカ笑いながら、オトコは顔を近づけていき唇を重ねた。
キスはなぜか優しかった。嫌な相手のはずなのに、甘い声が出ていることが判った。
ナゼ?ハンノウスルノ?ワカラナイ。
『ここから、進めても構わないですよね。』
ゾクッとしたけど、弱みを見せたくなくって、そしてなぜか悲しくってこう言った。
『ッ……あたしに拒否権はないのでしょう?』
『ええ、ないですよ。』
シュルッッと音がして紐がとかれた。
恐怖で顔が歪む。
『綺麗な肌ですね。穢れを知らない』
オトコがあたしの耳元で囁く。怖くって視線から逃れるように無駄なのに身をよじった。
逃げられないと判っていても……
そうせずには居られない。
『じっとしててくれますか?』
オトコが警告してくる。
『―――――――― クッ』
こんなことに負けてたまるか!!!それに教えてあげるわよ。勘違いしているようだから。
『犯したければ犯せば良いわ。それに貴方間違っているわ』
『なに?』
オトコの眼が見開かれた。
『あたし、貴方以外に抱かれた事あるもの。あたしが一番愛した人だと思うわ』
これはきっと本当だと思う。みんなあたしにそう言っていたもの。
あたしは目の前にいるオトコに今のあたしの中の気持ちを言ってやった。
まさか…この言葉があたしを狂宴へと誘う事になるとも知らずに
――――――――あたしは貴方を愛してなどいないわ。――――――――
そう言った。
オトコの眼が異様にぎらつきだした。
『黙れ!!!!なんだ?!初夜に浮気の告白か?あぁ??純情そうな顔して、とんだ女だな…』
痣ができるほど体を押さえつけられる。体が震えてくる。
でも、睨む事で反抗した。
コワイ。
オトコがあたしを見下ろしながらこう告げた。
『でもな……この俺がお前を調教してやるよ。』
その後の事はあんまり、覚えてなど居ない。
靄がかかったみたいに頭の中がはっきりとしない。
起き上がって体を見回した。
乱れたシールの上に散りばめられた薔薇の花びらと同じ色のあのオトコの所有の烙印。
一つ一つ確認するように指で触ってみた。
何だかあつくなる気がした。
「変なの。嫌なオトコなのに――――――――」
―――――――――― ヒトツニナッタトキ ヤスラギヲオボエタノハ ドウシテナンダロウ ワカラナイ。
ベッドの周りに脱ぎ捨てられたガウンを羽織ってシャワーを浴びにバスルームに向かう。
シャワーのコックを捻り暖かいシャワーを無言で浴び続けた。
改めて体を眺めた…………
痣だらけで、シャワーが体に沁みる。
結構乱暴なオトコなんだから、女の体考えて欲しいものだわ。
あのオトコと何年も仮面夫婦を演じるのかと思うと吐き気がしてくる。
どうして、お父様達はあたしとあのオトコを結婚させたのだろう。
ワカラナイ。
身支度を整え、庭に出た。
心地よい風が吹いている。
この屋敷に来るのは初めてだわ。
ボーッとしていると、誰かが話しかけてきた。
「若奥様。一人で出歩かれるのは、おやめください。大旦那様と大奥様にも注意されていますの……」
「そう。楓さんと匠さんが――――――――ところで…」
「失礼致しました。若奥様のSPを勤める事になった斉藤と申します。」
「SP。クスッ。屋敷の中まで?必要ないわ。斉藤さん
楓さんと匠さんにそう伝えていただけませんか?」
「しかし………そう言われましても」
「困るの?あたしの傍についていないと?」
SPの人は何も答えない。
困るって訳か…楓さんも匠さんも子ども扱いなんだら……子供じゃない
何も出来ないわけじゃない…一人で出来る。
ただ…… ――――――――――― 。
その後の言葉はもうどうでもいい。
振り返ったって仕方の無い事よ。
「もう、いいわ。斉藤。なるべく離れて警護して頂戴。」
「承知いたしました。」
斉藤はあたしから10メートルほど離れた。
もっと離れて欲しい。
出来れば視界から消えて欲しい。
あたしのテリトリーにはいらないで欲しいの ――――――――――― 。
近くにあったベンチに腰を掛けて、本を読んでいると誰かが声を掛けてきた。
「若奥様。この屋敷で何か困った事はありませんか?」
声を掛けてきたのは誰だろう?おばあさん?でも、使用人の服装をしている。
――――――――― ダレ?
「失礼いたしました。この屋敷に使えさせていただいております。使用人頭のタマです。」
「タマさん?そう初めまして……昨夜この屋敷に来たばかりだから判らない事がありすぎなの。
迷惑を掛けると思いますけどお願いね。」
ニッコリ微笑んだのになぜか悲しそうな眼をしているタマさん。
あたし、何か変な事いったのかな?
あたしが困惑しているとタマさんはあたしの手をとり
「若奥様、タマはこれからもずっと若奥様の見方ですからね。」
「――――――そう。ありがとう。もう部屋に戻るわ、何だか疲れちゃった。」
「そうですか。一人で戻れますか?」
「ええ。大丈夫よ」
あたしはタマさんに微笑みかけてその場を逃げるように去っていった。
どうして逃げたいのかさえ…あたしにはわからない。
部屋に戻り、ソファに腰を掛ける。
あたしはこの屋敷で何をしたらいいのか分からない。
何かしたいのに……何も出来ない自分が煩わしい。
楓さんも匠さんもあたしに昔っから凄く優しい、なぜだかは判らないけど
あたしがクロードの屋敷の外に一人で出ようものなら、仕事をほっぽり出して飛んでくるし、
少し顔色が悪いと直ぐにお医者様に診せられる。
みんなもそう。まるで幼児を相手するかのようにあたしに接してくる。
『樹は一人じゃないからね。』
『樹は何も悪くないから』
『俺達が守ってやるから、安心しとけ』
あたしを知っているという人達はそう言うの。
名前は、花沢類。美作あきら。西門総二郎。
みんなお兄さんみたいな存在。
優しすぎて、怖い。
でも…あたしの心が拒否しないから、安心できると思うの。
『樹ちゃん。今日は薔薇を一緒に摘みましょう。綺麗な薔薇よ。』
そう言って笑う楓さん。
『樹ちゃん。ほら、大好きなケーキを買ってきたよ。イチゴ好きだろう?』
ケーキを見せながら言ってくる匠さん。
もちろん。お父様も凄く優しい。
みんなは何を知っているのだろう?
ワカラナイ。
「……誰か――――――――― あたしの過去を教えてよ。」
頭を抱えているとノックの音。
「どうぞ」
カチャ―――――――――。
「「樹ちゃん。お話できる?」」
少し不安そうな楓さんと匠さんが入ってきて、あたしが頷くとソファに腰を掛ける。
「樹ちゃん。楓とわたしは今からNYに帰るからね。」
ハッとなって顔を上げる。
あたしの気持ちに気付いたのか楓さんが微笑みかけながらこういう。
「樹ちゃんは一人じゃないでしょう?お兄ちゃん達がいるでしょう?」
「でも、あたし」
「「大丈夫だよ。毎日連絡するからね。」」
そういう二人にあたしは頷く事しかできなかった。
情けない。
ただNYへ帰るだけなのに…寂しいと思う。
でも、寂しい思いをするのはみんなも同じなのに、馬鹿みたい。
「―――それから。あんまり無理しないでね。仕事はゆっくりでいいから樹ちゃんが無理しないか心配なんでね。
いいかい?外に出るときは誰かと一緒に行くんだよ。
勝手に外に出たら危ないから…アメリカよりは安全だとは思うが油断したらだめだからね」
匠さんがそういうと楓さんも頷く。
「判りました」
そういうとニッコリ笑って、『向こうの事は任せてね。大丈夫だから』そう言って出て行った。
あたしは、この日本でアノオトコとどう夫婦をやっていけばいいのかまるでわからなかった。
考えこんでいるときにメロディーがなる。
表示された人物に安心してわたしは携帯を取った。
「何かよう。亜門」