桜吹雪の夕暮れを背景に、つくしの少し前を歩いていた司が、身体ごとつくしに振り返り真面目な顔で、一言呟いた。
「結婚しよう」
それを言った司の表情があまりにも優しく穏やかに微笑んでいた為、
つくしは司の言った言葉を理解する前に、胸が詰まってしまい大きな瞳から涙が溢れていた。
“結婚しよう”
司がそう言うと言う事は、魔女もとい司の母・楓が認めてくれたと言う事。
司が今まで自分を変わらず愛してくれていたと言う事実と、
楓が自分の事を認めてくれたと言う事実があまりにも嬉しくて、
溢れ出る涙を堪えきれずに流し続けていると、少し前にいた司がゆっくりと近付いて来る。
目の前で立ち止まったかと思うと、すっと腕が伸びて来て、
彼だけの為にだけ作られた、つくしの大好きなコロンの香りに包み込まれた。
「泣いてないで、返事しろよ。」
クスクスと優しく笑いを含んだ声が耳をくすぐる。
「私で良いの?」
涙を含んだ声にならない声。
ダメだ…言葉になってない…。
「お前“で”良いじゃない。お前“が”良いんだ。」
司の胸から顔を上げると、そっと司は身体を離し、つくしの顔を覗き込んでいる司の瞳とぶつかる。
「分かったか?」
司の言葉が胸に染み込んで来る。
ようやくつくしの頭にも司の最初に言った言葉が染み込んで来て、自分でも知らぬ間に目元が下がる。
その拍子に目尻に溜まった涙がまた頬を伝う。
「うん…ありがとう。あたししかあんたに付いて行ける女なんていないよ。そうでしょ?」
きっと顔は赤い。しかも、今まで泣いていたから涙でぐちゃぐちゃ。
でも、ニッコリ笑っていった。
司も笑って「あぁ、お前しかいねぇんだよ。俺様に相応しい女は…」なんて。
そしてまた抱き締められた。
次はつくしも「幸せになろうね。」と司の耳元で囁いて、司の背に腕を回した。
それから3ヶ月間は、つくしは婚約会見や婚約パーティー、結婚式の準備に司の姉・椿と一緒に追われていた。
なんと意外にも、母の楓も一緒に準備に参加してくれた
それはもう、協力的で…。
一方司は、結婚式の日から休みを取る為に、仕事で忙しい毎日を送っていた。
それはもちろん、披露宴パーティーの後に行く新婚旅行の為である。
司は、今までの仕事の加え、
結婚式の準備の為に、時折抜け出す楓の仕事までが、自分へ回って来た事に対してかなり怒ったのだが、
結婚式の準備中、楓が楽しそうにしているとつくしに言われてしまい、
不本意ではあったが楓のサポートも引き受けていた。
そして、結婚式当日―――――
真っ白の大きな教会。青い空には雲1つない。つくしの背景には真っ青な海が広がっている。
つくしの隣には緊張を隠しきれない父。
必死で流れ出す汗を拭っている。
「そろそろお時間ですので…」
係りの方が声を掛けて来たのとほぼ同時に、重たそうな重厚な扉が内側へと開かれた。
父親と腕を組みながら、真紅の絨毯を一歩一歩確かめる様に歩いて行く。
一歩足を踏み出す度に、司との出会いから今までの思い出が、まるで走馬灯の様に蘇って来る。
辛い事も苦しい事も、楽しい事も嬉しい事も沢山あった。
泣いて、怒って、笑って…そして、今がある。
今まで平行線で生きて来た2人の人生が、今日と言う日から交わって1本道となる。
司の前について、父の腕から司の腕へと移動する。
泣いちゃいけない…そう思っても、涙は次から次へと頬と伝って落ちて行く。
「泣くと余計にブスになるぞ。」
司はそう言って、静かに笑った。
(何よ、人が感動して泣いてるって言うのに…)
そんな事考えていると、自然に涙が止まっている事に気付いた。
「ありがと、お陰で涙止まったよっ!」
皮肉を込めて、つくしが言う。
牧師様への誓いも終わり、指輪の交換、誓いのキスも終わり
式場に居た招待客が外へ移動を始めようとしたその時、司の低くよく通る声が式場に響いた。
「お引止めして大変申し訳ございませんが、
少し、私の話を皆様に聞いて頂きたいので、そのままお待ち頂けますでしょうか。
私達は、たった今、神の前で永遠の愛を誓った所ではございますが、
残念ながら私は神を信じてはおりませんので、
再度、改めてこの場をお借りして、今日この場にお集まりの皆様に、
そして妻となりましたつくしに誓いたいと思います。」
司の突然の言葉に、つくしを始め式場に集まった全ての人が驚きを隠せない。
親友であるF3や滋、桜子、優紀、和也も一瞬驚いた顔をして固まった。
だが、流石親友。
長年連れ添って来ただけの事はあった、司の事。
これから面白い事が始まるに違いないと、皆の表情がにこやかなものや、穏やかな微笑みに変わった。
「私はプロポーズの際、つくしには“結婚しよう”としか伝えておりません。
何故なら、この様な公の場で、皆様にも聞いて頂く事で、
私がどれだけつくしを愛し、必要としているのかと言う事を、
つくしを始め皆様にも知って頂きたかったからです。
私は、つくしに出会うまで、とても生きていると実感出来る様な生活を送っておりませんでした。
他人に迷惑を掛け、両親や姉に心配を掛け、親友を巻き込んで荒れた生活を送っておりました。」
司は、ゆっくりと話しながら両親、椿、F3達に視線を走らせた。
皆、優しい笑みを浮かべている。
「そんな生活にピリオドを打ってくれたのが、つくしでした。
道明寺の名に誰も逆らえないのを良い事に、
無茶な事ばかりしていた私の根性を叩きなおしてやると宣戦布告し、
見事に私をここまで成長させてくれました。
今の私があるのは、つくしのお陰と言っても過言ではありません。」
司は、そう言ってつくしへ視線を移す。
つくしは、ギョっとした顔のまま固まっていた。
司は、そのつくしの表情小さく笑って、また正面に向き直り話し始めた。
「つくしは、時には抱き締め、時には叱咤し、時には微笑んで、私の背中を常に押してくれます。
私の弱い所も情けない所も、全て含めて、
それが“道明寺 司”だからと言って、1人のただの男として愛してくれました。
地位や名誉、財産、そんな物は生きて行く上で取るに足らない物だと言う事を、
私を始め家族や親友達に教えてくれました。」
つくしの元から大きな瞳はさらに大きく見開かれ、その瞳は今にも零れそうな涙で潤んでいる。
「私自身でも気付いていなかった本当の私に気付かせてくれたのは、つくしの花の様に零れる笑顔でした。
彼女のこの笑顔に、沢山の人達が感化された。
そして、皆に忘れていた大事な何かを思い出させてくれました。
そんな彼女が、今、私の隣に立ってくれている事、私はとても誇りに思っています。
そして、そんな彼女を産み、今まで育てて下さったお義父さん、お義母さん、本当にありがとうございました。」
司はそう言って、つくしの父親と母親が居る方向へ向かって頭を下げた。
エベレストよりも高いプライドの持ち主の司が、つくしの両親に頭を下げている。
その事実が、この場に居る全ての人を驚愕させ、そして固まらせてしまった。
つくしの両親と弟の進を除いて…。
つくしの両親と進は、司の言葉に感激し、溢れ出す涙を止めもせずに真っ直ぐに司とつくしを見つめていた。
「私は道明寺財閥の跡取りで、つくしはただの一般庶民です。
その事を納得されず、つくしに対し反感を持っている方が大勢いるかと思いますが、
私のこの言葉により少しでもつくしが素晴らしい女性だと言う事を分かって頂ければと思います。
私は、彼女のいない人生等、考えられません。
彼女は私の全てです。彼女を非難、中傷する者、私はその全てを許さない。
その時は、道明寺家、道明寺財閥の全てを敵に回すと考えて頂きたい。
そして、私を始め私達家族は、その全てから彼女を守って生きて行きたいと思っています。
私にとって、つくしと生きて行けるこれからの人生は、とても素晴らしい物だと確信しています。」
つくしが見上げる司の横顔は、決意に満ちて眩しい程輝いている。
司の言葉1つ1つが、つくしの心に響いて、溢れ出す涙を止める事が出来ない。
すると、司がつくしを優しい瞳で見下ろし、言葉を続けた。
「つくし、俺はお前と一緒に生きていける事を本当に幸せだと思ってる。
でも、今以上に幸せになる為にはお前がいつも笑っていてくれないと意味がないんだ。
辛い事も苦しい事も沢山あると思う。
お前は、無理をしてでも笑っていてくれる女だって分かってる。
でも、お前の本当の笑顔でこれから先、何年あるかも分からない長い人生を俺と一緒に歩いてくれないか?」
司からの2度目のプロポーズ。
それは、つくしだけが聞くものではないけれど、司の嘘偽りのない言葉。
そして、大勢の人の前でこれからの人生を約束した誓いの言葉。
今までの司の言葉だけでも、言葉にならない位の感動を与えられていたつくし。
司に返事を返さなければいけないのに、なかなか言葉にならない。
つくしは、しゃくりあげながら、でも確かな声で言った。
「司が…あたしと居る…事で、幸せだと…笑っていて…くれるなら…
あたしは…いつまでも…隣で…笑って…います。
これからの…長い人生…あたしもあんたを…
そして…道明寺家と道明寺財閥を…一緒に守って行きたい。
…お義父様、お義母様、司さんを産んで下さって…
そして、あたしを道明寺家に迎えて下さって…ありがとうございました…
これから…よろしく…お願いします。
パパ、ママそして、進…あたし、本当に…本当に今、幸せだよ…。
今まで…ありがとうございました…。」
つくしは、司の両親と自分の両親へ感謝の気持ちを伝え、
そして深々と頭を下げ、そのまま感動の涙を流し続けた。
つくしの隣で、司は満足そうに微笑んでいる。
そんな2人を、椿、滋、桜子、優紀、和也は泣きながら微笑んで、優しく見つめている。
F3も、少し潤んだ瞳で満面の笑みを浮かべて見ている。
司の両親は、大きく成長した司と、
司と道明寺家に新しい風を吹き込んでくれたつくしを満足そうに優しく微笑み見つめている。
頭を下げたままのつくしの両肩を優しく抱いて、頭を上げさせた司は、最後の言葉を告げた。
「今まで私達には、色々な困難がありました。
その度に協力や応援してくれた皆様には、いくら感謝しても、したりない程感謝しています。
私達が、今日と言う日を無事迎える事が出来たのは、
今まで傍で見守ってくれていた親友達のお陰だと思います。
総二郎、あきら、類、和也、滋、三条、松岡…本当にありがとう。
お前等も、早く世界一のパートナー見つけろよ。」
司は親友達に視線を向けると、意地悪っぽく笑った。
司の視線の先で、総二郎とあきら、類は目にうっすらと涙を浮かべて笑っている。
滋、桜子、優紀、和也は嗚咽を漏らし、鼻を啜りながら涙を流して、頷きながらそれでも微笑んでいる。
「お忙しい中大変長い間お引止めしてしまい、申し訳ありませんでした。
これで、私の話は終わらせて頂きます。
今日は、本当にありがとうございました。
私達は、これから世界中の誰よりも幸せになる事を誓います。」
司が、そう言ってつくしの手を取る。
すると、どこからともなく拍手の音が聞こえて来た。
ひとつ鳴り始めると、まるで水面に映る波紋の様に徐々に大きくなり、空気が振動する程の喝采となった。
司とつくしは、お互いを見つめ合い、この日一番の幸せな微笑みを浮かべていた。
これから共に歩む君へ…
どんな時でも笑っていよう、明るい花の様な笑顔で…。
君が隣に居る限り、この笑顔は永遠に…―――