仕事の帰り道、擦れ違う高校生の少女達。
今のあたしにはとても眩しくて、思わず目を逸らした。
高校生の頃のあたし達は、無邪気なままの子供の様な自由な羽を持っていた。
小さな羽で自分だけでは飛び立つ事が出来なくて、対になる二人で小さな羽と羽を合わせれば飛び立てると思っていた。
唯、あたしは彼が好きで彼もあたしを好きで居てくれて、一緒に居たくて、ずっと傍に居られると思ってた。
だけどあたしには、何かの犠牲の上で自分の幸せだけを願う事は出来なくて…。
あたしが高校生の頃、初めて人を心から好きになった。
一緒に過ごして、喧嘩ばかりの毎日でデートらしい事も出来なかったけど、それでもあたしは幸せだった。
最初で最後のあたしからのキスで、子供の様に嬉しそうな顔をした彼。
あの頃のあたし達は本当に無邪気で、世の中の事なんて何も分かってなくて、
あたし達の中にあったのはお互いを想う気持ちだけ。
それだけで飛び立つ事を許してくれる程、世の中甘くなくて…。
土砂降りの雨の中、あたしは一世一代の嘘を吐いて彼を裏切った。
荷物と呼べない様な荷物だけを持って、当時両親の居た漁村へ行き、その地域の高校に編入し、奨学金で大学へも通って就職。
4年前、東京へ戻って来た。
あの雨の日から10年。
あたしの心の中の時計はあの日から止まったまま。
歩き方を忘れた様に、あの場所で17歳のあたしが雨に濡れたまま立ち止まっている。
あたしの人生は、あの日から光を見失ってしまった。
いや、正確にはあたしの光であった筈の彼を自分から消してしまった。
暗闇の向こう側にあるだろう光射す場所を求めて、片方だけ残ってしまったあの頃よりも少し大きくなった翼を広げても、
あたしが向かいたい真実にだけ届かない。
街の中の巨大なスクリーンに映し出されたインタヴューを受ける彼の姿。
あたしの足は自然に止まり、映し出される彼の姿に釘付けになる。
ねぇ、あなたの居る場所から見るあたしの姿はどんな風に映ってるの?
この広い世界で、あんたの居る場所とあたしの居る場所の高さは違い過ぎるよね。
その位置から、あたしの姿なんて本当は見える筈なんてない。
だけど、もしあんたの居る場所からあたしの姿が見えるなら、手遅れになるその前にこんな偽りだらけの日々を笑い飛ばして…。
あんたに笑い飛ばされればきっと、あたしはやっとここから歩き出せる気がするの…。
独りで飛ぶ事に疲れても、この無機質な社会を知ってしまった今、羽を下ろし休む勇気も無い。
もしも願いがひとつ叶うなら、誰かいっそここから連れ出して…。
今もここであたしはあの頃と変わらず、あたしの居場所をずっと探してる。
どうか…どうか、あんたにだけはこの想いが伝わりますように…。
それだけを今でも願っています。
あんた以外にあたしの欲しい物など他にない…。
「道明寺…。アンタは、自分の翼だけで飛び立つ事が出来たの…?あたしは、あの頃から一歩も前に進めないよ…。」
スクリーンから目を離せず見つめたまま、流れる涙もそのままにあたしは『彼』を見ていた。
行き交う人々の波の間に立ち止まり泣いているあたしを、
周りの通行人達はおかしなモノを見る様な目で見ながら通り過ぎて行く。
「アンタは信じられないかも知れないけど、あたし、まだアンタが好きなんだよ…。もし許されるなら、アンタに謝りたい。
もう一度、会いたい。あの頃、あたしの居場所だったアンタの腕の中に、もう一度だけで良いから戻りたいよ…。
この願いが届く方法があれば良いのにね…」
柔らかく微笑む『彼』に向かって、あたしも微笑みかける。
自分でも信じられない。
こんなに凄い人が、例え一時とは言え自分の事を好きだったなんて…。
そんな事を考えていると、あたしの真後ろで誰かが立ち止まった気がした。
こんな所にいつまでも立ち止まって、邪魔だよね、あたし…。
そろそろ帰ろうか…
そう思って振り返ろうとしたその時、
「本当に一度だけで良いのか…?」
声と同時に力強い腕の中に抱き込まれた。
恐怖とか嫌悪感とか、そんなものを感じるより早く胸を締め付ける程懐かしい香りが鼻をくすぐった。
「・・・・・・・・っ」
声が出なかった。
あたしを後ろから抱き締めているのが誰だか分かっているのに、名前を呼ぶ事が出来なかった。
言葉に出来ない感情が、涙になって瞳から溢れ出す。
「何とか言えよ。スクリーンの中の俺なんかじゃなく、本物の俺に言ってみろ。」
あたしの首筋に顔を埋めて、耳元で囁く様に話すその男は、あたしがさっきまで見ていたスクリーンの中にいた男で…。
今の今まで、あたしが求めて止まなかったその男本人で…。
驚きと喜びと罪悪感と…色んな感情が複雑に絡み合って、言葉になんて出来ない。
でも、今あたしを抱き締めている腕は、あの頃よりも力強くなってはいるけど、優しさは変わってなくて、
他に変わってないところを知りたくて、後ろ向きに抱き締められていた身体を自ら反転させて、
言葉に出来ない気持ちの変わりに思いっきり彼に抱きついた。
驚いた様に少し身体を強張らせた道明寺。
でも、すぐに今度は力いっぱい抱き締め返してくれた。
「お前を迎えに来た。あれから10年もかかっちまったけど、お前を守れる位の力はつけたから、もう心配いらねぇよ。」
道明寺は、そう言って彼の胸に顔を埋めていたあたしの顔を上げさせた。
「ぷっ、何つー顔してんだよ。10年振りに見た顔が、そんな顔かよ…。酷すぎね?」
道明寺はそう言って笑い、懐かしそうに目を細めてあたしを見た。
「会いたかった…。もう俺を置いてどっかに消えたりしねぇよな?つっても、俺はもうお前を放すつもりなんてねぇけどよ。」
「…道明寺」
「何だ?」
「道明寺…」
「おう。」
「道明寺っ!」
「ん…」
今の気持ちを言葉になんか出来なくて、だけど何かを伝えたくて…。
名前しか呼べないあたしに、道明寺は呼ぶ度に返事を返してくれる。
あぁ、あたしは本当に彼の腕の中に居る…
あたしは、本当に自分の居場所に戻って来たんだ…
「あたし…。ごめんなさい…」
何を言えば良いのか、何を言いたいのか考えられなくて、でも一番言わなくちゃいけない言葉だけを囁く様な小さな声で呟いた。
「…おう。もう良いんだ。こうして、今、お前が俺の腕の中に居る。それだけで、もう良いんだ…」
どこまでも優しく道明寺はあたしを包み込んでくれる。
10年と言う時間は同じペースで二人に流れていて、あたしは立ち止まったまま成長出来ていないのに、
道明寺はとても大人になっていて穏やかな愛情であたしを包んでくれて、
意地っ張りで強がりなあたしが、抵抗なく素直になれる位自然に、あたしをリードしてくれる。
「会いたかった…。あたしも、ずっと、ずっと、道明寺に会いたかった…。好きなの…。
あの頃からずっと、今も変わらず、アンタが好きなの…」
一度止まった筈の涙が、また溢れ出す。
「俺はお前を愛してる。あの頃も、今も、これからも、お前だけを愛してる。」
道明寺はそう言って、両手であたしの顔を挟み両親指で涙を拭う。
そのまま、右手の親指であたしの唇を撫でて、問いかける。
「お前は…?」
そう問いかける道明寺の瞳は優しい。
「あたしも…。あたしも、アンタを愛してるっ」
次から次へと溢れて来る涙。
あたしの頬を包み込んでいる道明寺の手まで濡らしているけど、道明寺は気にしてない。
あたしの言葉を聞いて道明寺は嬉しそうに子供みたいに笑って、
10年振りとは思えない様なあの頃と変わらない優しいキスを落とした。
もう一度、ここから始めよう。
あの頃は羽でしかなかったあたし達の翼。
片翼だけでは飛び立つ事は出来ない。
両翼揃って初めて、目指す未来へ飛び立つ事が出来る。
あたしの片方だけ残っていた翼は、道明寺の持つ片翼と対になって初めて未来へ向かう。
他の誰かじゃ、飛び立つ事はおろか前に進む事さえ出来なかったのに、
道明寺の翼があたしを包み込んだだけであたしは彼の翼に背中を押され、前に進む事が出来た。
もう二度とあたしの翼も彼の翼ももぎ取られる事がない様に、対になる翼を間違えない様に、
しっかりと道明寺の手を取って、彼と同じ道を進んで行こう。
あたしが逃げ出しそうになった時、道を間違えそうになった時、
きっと道明寺はその大きな手でぎゅっとあたしの手を握っていてくれる。
あたしがいつでも道明寺の隣を歩いていられる様に…。
唇を離し、空を仰いだ道明寺。
「天気予報、外れたな。」
夕方から雨が降ると予想されていた今日の天気。
厚い雨雲が覆っていた筈の空に、太陽の光が差し込んでいた。
「もう、雨は降らないね。」
「あぁ。俺達の雨も上がったからな。」
道明寺の大きな手があたしの頭を撫でる。
背の高い彼を見上げると、太陽よりも眩しい道明寺の優しい笑顔がそこにあった。
Fin.
やっちゃった…やっちゃいました;;;
こんな偶然、有り得ない…ってツッコミを入れて下さった皆様!
ごもっともでございますっ!!orz
華蓮の脳内ワールド全開って事で、お許し下さい;;;
以前から書き溜めをしていたSSなのですが、今回UPさせて頂くにあたり読み返すと、何と丁度梅雨時期ではありませんか!!
雨の季節にUP出来るなんて、春にこのお話を書いた私は、なんて先見の妙があったのでしょう♪←唯の偶然☆
丁度良い季節にUP出来る♪と、ルンルン気分でのUPになりました(笑)
あぁ、こんな駄文で申し訳ありません;;
最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
華蓮