部屋に入って来たつくしの姿を見て、4人は一様に固まってしまった。
「ほ、ほら、皆固まっちゃったじゃないですかっ!だから、似合わないって言ったのにっ!!」
真っ赤な顔をして、あきらの母・夢に涙目を向けている。
「そんな事ないわよ、つくしちゃん!
皆は、あんまりつくしちゃんが可愛くて見惚れてるだけなんだから。」
そう言って夢は笑う。
突然どこかの部屋へ連れて行かれたと思ったら、
着いた先は夢や絵夢や芽夢が着ているような、
レースをふんだんに使ったドレスが山のように置いてある衣裳部屋だった。
夢はそこから迷わず1着を取り出し、つくしに着替えさせ、
あれよあれよと言う間に西洋の人形のように仕上げてしまった。
F4が固まってしまうのも無理はない。
夢によって飾り付けられたつくしの姿は、
先程まで英徳の制服を着ていた活発な少女の面影は一切なく、可憐で儚げな少女だったのだから。
つくしが着ているのは、爽やかな水色のブーケの花がプリントされたロココ調のフリルドレス。
パフスリーブと裾のスカラップのフリルが可憐なドレスで、
ポイントにリボンを飾り、上品ながらも可愛らしい。
胸元はすっきりとスカラップのカットで、デコルテを美しく魅せている。
ロココブーケ柄が清楚な華やかさをアピール。
バスト下からウェストにかけては女性らしいラインを描き、
スカートはふんわりと華やかに広がり、裾からは落ち着いて上品な同色の楊柳のフリルが覗いている。
少し長めの着丈のスカートは、可愛らしくも落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
綺麗にアップされた髪から少しだけサイドの髪を垂らし、下りている部分の黒髪は緩やかに巻かれている。
空いている胸元には、パールの3連ネックレス。
首元には同じくパールのチョーカーがついており、
ポイントとして若干右よりに少し大きめなドレスと同じ水色で出来た、
真ん中に小さなブーケをつけたリボンがあった。
それこそ美作家の庭の木陰で、真っ白なフリルのついた日傘でも差して物言わず座っていれば、
人形かと思われても仕方ないようなその姿に、4人は息を飲み固まったまま微動だにしない。
そんな4人の姿に、つくしは益々居心地悪くなり泣き出しそうになるのを必至で堪えながら、
自分をこんな姿にした夢を恨めしく思っていた。
「それにしてもつくしちゃんったら…。
昔はもっと喜んで着て、あきら君達の前で回って見せたりしてたのに…。
こんなに似合ってるんだから、もっと自信持って!」
そう言ってにっこり笑う夢の言葉に、つくしの表情が曇る。
そんなつくしの表情を見た4人は、一気に自分を取り戻す。
一番最初に我に返った類が、つくしに近付き手を取った。
「似合ってるよ、つくし。可愛い…」
そう言って取った手の甲にチュッと口付ける類。
その瞬間、真っ赤に染まるつくしの顔。
その顔を見た総二郎と司のこめかみに青筋が走る。
「あ、ありがとう…えっと…」
類の事を何と呼べば良いのか迷っているつくしに、にっこりと天使の微笑みを見せた類は、
「類で良いよ、つくし。昔は、るぅちゃん≠チて呼んでくれてたんだけど。
何なら、今からもるぅ≠チて呼んでくれる?」
そう言ってクスクス笑う。
「えっ?!そ、それはちょっと…」
真っ赤な顔をして拒否するつくしに、少しの淋しさを覚えながらも類は、
「じゃぁ、類って呼んでね。」
と、微笑んだ。
つくしと類が仲睦まじく話をしいる時、
あきらは夢を少し離れた場所に連れて行きつくしの記憶の事を話した。
「まぁ、そうだったの?!それで、何だか様子が違ったのね?」
驚いた顔をしてあきらを見つめる夢に、あきらは頷いて溜息を零した。
「そう言う事。
つくしは、その事に対して俺達に申し訳ないって思ってるみたいだから、あんまり言ってやらないで。
確かに忘れられてる事は俺達もショックだけど、でもこれからは近くにいる訳だし、
いつか思い出してくれるならそれで良いかなって…」
そう言って苦笑するあきらを、瞳をウルウルさせた夢が見つめる。
そんな夢に気付いたあきらは、顔を引き攣らせて、
「そ、そう言う事だから、お袋。頼んだぜ。」
と、足早にその場を去ろうとした…が、
夢に、
「すっかり大人になっちゃったのねぇ、あきら君!ママ、嬉しいけど、ちょっと淋しいわ!」
と抱きつかれてしまい、動けなくなってしまった。
暫くその状態に耐えていると、抱きついていた身体を離した夢が、
「でもあきら君、考えようによっては良かったじゃないの。
これで、あきら君にもチャンスが巡って来たじゃない。」
と、にっこり笑う。
「お袋…それって、どう言う意味だよ?」
意味深な夢の言葉に、あきらが眉間に皴を寄せる。
「ふふふっ、やっぱり気付いてなかったのね?あの頃、つくしちゃんには好きな子がいたのよ。」
意外な事実の発覚に、鈍器で頭を殴られたような感覚を覚えるあきら。
「ま、マジかよ…。え?それって、お袋は誰だか知ってる訳?」
「勿論よ。ママを甘く見ちゃダメよ、あきら君。
でも、つくしちゃんが全部忘れてるなら、今がチャンスよ!つくしちゃんをモノにしちゃいなさい!」
夢はそう言って、あきらの背中をパシッと叩いて、皆の元へと戻って行った。
マジかよ…
誰だよ、つくしの初恋の相手って…
幼馴染は俺達しかいねぇはずだから…
って事はやっぱ、俺達4人の中にいるって事だよな?
1人その場に残されたあきらは、考えても答えの出ない問いかけを、そのまま暫く続けていたのだった。
つくしと類の様子を、青筋を立てながら睨み付けるように見ていた司と総二郎。
そんな2人の視線に気付いたつくしは、ススッと類の後ろに隠れる。
そのつくしの様子に青筋の数が増える司と、咳払いをして何とか自分を取り戻す総二郎。
「何?つくし…どうしたの?」
自分の後ろに隠れたつくしに、全てを知っていながら問いかける類。
その類の問いかけに、つくしは知らぬ間に掴んでいた類の腕に気付きパッと手を放す。
「あっ、ご、ごめん…。だって、あの2人があたしの事睨んでるから…」
そう言って俯いてしまったつくし。
そんなつくしの様子を、つくしの少し上から愛おしそうに類の瞳が見つめていた。
そんな類の様子に我慢ならなくなったのが、昨日突然婚約者になった司である。
長い足でつくしと類の元へと近付いたと思うと、類を押し退けつくしの腕を取り、そのまま歩き出した。
「な、何?」
突然の司の行動に驚きを隠せないつくし。
そんなつくしには何も言わずに、司はズンズンと進み、部屋から出て行く。
「ちょ、ちょっと待ってよ!どこ行くのよ?!」
つくしよりも数段足の長い司が自分のペースで歩いて行くのに対し、
司に腕を掴まれたままのつくしは小走りで必死について行く。
「ねぇ!どこに行くの?あっ君のママにも、何も言ってないじゃない!」
司を止めようと半ば叫ぶように言ったつくしの言葉に、司の足が止まる。
「今、何っつった?」
僅かに怒気を含んだ司の声に、つくしの身体がビクリと強張る。
つくしの腕を掴んでいた司の手に、僅かばかりの力が篭る。
振り返って自分を見つめる司の表情は無表情なのに、何故かつくしにはその顔が怒っているように見えた。
「だ、だから!あっ君のママに、何も言って来なかったって言ったの!」
その言葉のどこに司が怒る事があるのか。
それに気付いていないつくしは、さっきからの勢いそのままに言い放つ。
その途端、司は廊下の壁につくしを叩きつけるように押し付けた。
そして、つくしの顔に自分の顔を近づけ低く呟く。
「いい加減にしろよ、つくし…。
総ちゃん≠フ次はあっ君≠ゥよ…。類にまで安心したような顔見せやがって…。
…んで、俺には…。クソッ!」
最後は搾り出すような声でそう言った司は、
つくしの顔の横の壁を思い切り殴って美作家のエントランスの方へと向ってしまった。
司のあまりの怖さに、つくしはその場にズルズルとへたり込んでしまう。
普段のつくしなら、人様から借りた服だからと気を使うのに、
この時ばかりは先程までの恐怖の所為でそんな事も忘れていた。
ガタガタと震える身体を自分自身で抱き締めながら、いつか見た事のあるような今の光景を思い出していた。
あたし、知ってる。
さっきのあの人の様な顔、どこかで見た事ある気がする…
その時あたしは、凄く苦しかったんだ…
悲しくて、悲しくて、凄く苦しかったんだ…
自分の記憶の片隅に残る当時の事を思い出したつくし。
そのつくしの頬には、涙が伝っていた。
その涙は、先程の恐怖からなのか、それとも…
司が廊下の壁を殴った大きな音を聞きつけて、F3と夢が部屋から飛び出して来た。