ある朝、俺が目を覚まし身体を起こすと、俺のベッドの俺の足元辺りに女が座っていた。
漆黒の長い髪に、パッチリと開いた大きな黒目勝ちな瞳。
雪みたいに白く見るからに手触りの良さそうな綺麗な肌を、真っ黒なゴスロリチックなワンピースで包み、
背中に黒い大きな翼を持った天使…
その女を見た瞬間、俺は不覚にも堕ちてしまった…恋ってやつに。
「ねぇ、アンタの命、あたしに頂戴。」
目が覚めたばかりの俺に、開口一番、女はにっこり笑ってそう言う。
俺は思わず、「あぁ…」と呟いてしまった。
野獣と天使?!の攻防戦 act.1
「ホント?!嬉しい!今回の仕事は早く終わるわ。痛くないから、そのまま動かないでね。」
女はそう言うと、どこに隠し持っていたのか、自分の背丈よりも大きい鎌を出して来た。
「おっ、おい、ちょっと待て!仕事ってなんだよ?!つーか、お前はこの俺様を殺すつもりか?!」
キラリと光る大きな鎌。
見るからに切れ味は良さそうだ。
だが、恋に落ちたその瞬間に殺されるなんて、冗談じゃねぇ!
しかも、俺はまだ、こいつの名前すら知らねぇんだぞ?!
「そうよ?何を今更…。アンタさっき、命頂戴って言ったら、あぁって言ったじゃない…」
呆れたような顔で俺を見る女。
言った…確かに俺はさっき「あぁ…」と思わず呟いちまったけど、
それはお前の笑顔に釣られただけだ!
「確かに俺は、そう言った。でも、お前、この俺様を殺したらどうなるか分かってんのかよ?!」
いや、別に生きる事に未練があるとか、命が惜しい訳じゃねぇ…。
惚れた女が欲しいと言うなら、例え命だろうがくれてやっても良いと思う。
でもだ!でも、せめて名前位聞いたって良いだろ?
ってか、その前に、死んだらお前と一緒にいれんのか??
「安心してよ、あたしがアンタを殺したって、アンタの死因は心臓発作って事になるから。
アンタ1人死んだって、この世の中は何も変わんないわよ、心配しなくても。
ってか、さっきから、お前、お前≠チて、偉そうに…。あたしにはちゃんと、ツクシって名前があんの!」
そう言いながら、「もうっ!早くしてよ、帰りたいんだから!」と文句を言ってくる。
お前、ホント分かってねぇなぁ…
俺は天下の道明寺 司様だぜ?
俺が死んで世の中変わらねぇ訳ねぇだろーが!
俺は道明寺財閥の次期総帥だっつーの!
俺はそう思いながら、馬鹿にしたように女を見る。
俺のその視線に気付いた女は、不愉快そうな顔をして「何よ?」と呟いた。
「お前、馬鹿だな…。あぁ、お前って言われるの嫌なんだっけ?じゃぁ、ツクシ、お前は馬鹿だ。」
また、お前って言っちまったぜ…
まぁ、この際仕方ねぇ。これは癖なんだしな。
俺に馬鹿と言われたツクシは、明らかにムッとした顔をする。
「俺様が死んで世の中が変わらねぇ訳ねぇだろ?俺は道明寺財閥の次期総帥なんだぜ?
未来の日本経済を握っているのは、この俺だ。それから、俺はアンタ≠チて名前じゃねぇ。
つ・か・さ!道明寺 司って俺様に相応しい名前があんだよ。だから、ツクシも司って呼べよ。」
「何で、あたしが今から殺そうとしてるアンタを司≠ネんて呼ばなきゃなんないのよ…。
そ・れ・に!アンタは今日、ここで、死ぬ運命になってんの。
今日死ぬ事になってるんなら、世の中は何も変わんないって事でしょ?
アンタって、馬鹿なのね。アンタが死んだ方が、日本の未来の為になるんじゃない?」
ツクシは、そう言って俺を馬鹿にしたように鼻で笑う。
…この女、ムカつく。
ん?でも待てよ?今日、ここで俺が死ぬ事になってるって、何だ?それ…。
「おい、ツクシ。俺が今日、死ぬ事になってるって、どう言う意味だ?」
俺がそう聞くと、ツクシは呆れた様に溜息を吐いた。
「アンタさぁ、あたしのこの鎌見て分かんないの?あたしは死神=B
死神手帳に、アンタの名前が、今日死ぬ人間のリストに載ってんの。だから、あたしがここに来たのよ。」
死神?
あぁ、そう言えば小せぇ頃、姉ちゃんが死神が出て来る話≠セとかって聞かされた事があったような…
待て…ツクシが死神だって?
天使…いや、百歩譲っても悪魔にしか見えねぇぞ?
って言うか、あきらんちと同じとまでは言わねぇけど、そんな格好で死神って言われても…
「なぁ、ツクシ…。お前、ホントに死神か?そんな格好で?天…いや、悪魔とかじゃなくて?」
俺がそう言うと、ツクシは何故か顔を真っ赤にして、
「本当に死神なのっ!コスチュームの事は言わないで!
冥府の神様が、女の子が大きな鎌なんて背負うもんじゃないって、鎌の代わりに翼になっちゃった上に、
こんなレースいっぱいのゴスロリみたいなワンピースになっちゃったんだから!」
と、怒る。
ぷっ、何だよ、それ…
ってか、それ、コスチュームだったんかよ…
怒っているツクシの手前、笑う訳にはいかねぇと必死で我慢してはいるのだが、
真っ赤な顔で頬をぷぅっと膨らませ、俺と視線を逸らしているツクシを見ていると、
俺の些細な我慢など利くはずがなく、思わず噴出してしまった。
「ぷっ…はは…ははははっ!」
「笑わないでっ!」
そう言って怒るツクシの顔はやっぱり赤い。
相当、恥ずかしいのだろう。
「悪ぃ…。でも、そのコスチューム、似合ってんぜ。可愛いよ。ってか、その翼もコスチュームの1つかよ?」
笑いすぎで流れる涙を拭いながら、俺がそう言うと、
さっきとは別の意味で顔を赤くしたようだ。
思い切り照れてあたふたしてやがる。
くくっ、面白ぇ奴だぜ、全く…
「翼は違うわよ。本物。ちゃんと背中から生えてるし…。
じゃなくてっ!あたしはアンタと、こんな話をしたいんじゃないの!早く、命頂戴よ!」
チッ、覚えてやがった…
「命なんかツクシにくれてやっても良いけどよぉ。俺も死んだら、ツクシの言う冥府ってところに行けんのかよ?」
そう俺が聞くと、キョトンとした顔をして、
「え?そんなの無理に決まってるじゃない。
人間が死んだら、逝くのはあの世って決まってるでしょ、昔から。何?アンタ、冥府に逝きたいの?」
と、さらりと言ってのけた。
あぁ、逝きてぇよ。お前が、その冥府っつー所にいんならな。
でも、俺が死んでも逝けねぇんなら、死ぬ意味ねぇじゃねぇか!
「だって、ツクシは冥府っつーとこにいんだろ?だったら、俺も逝きてぇ。
なぁ、俺が死んでも冥府っつーところに逝けねぇんなら、どうしたら、お前といれるんだ?」
ツクシ、お前にも分かるだろ?
俺様がそう言った意味が…
お前に、す、好きだって言ってやってんだぜ?この俺様がよ。
なのに、コイツは…
「何で、アンタがあたしと一緒にいたいなんて言うのよ…。本当、馬鹿の言う事は分かんないわ。
あたしがアンタと一緒にいるのは、アンタの命を貰うまでの間だけよ。
貰った後は、アンタはあの世、あたしはまた冥府に戻るの。」
なっ何だと?!
って事は、俺が死んだらそこで終わりかよ?!
んなの、冗談じゃねぇ!
しかも、コイツ、俺様が告ってやった事にすら気付いてねぇし…
って、ちょっと待てよ…?
さっき、コイツはアンタの命をくれるまで一緒にいてあげる≠チて言ったよな?
ん?違ったか?でも、結局はそう言う意味だろう。
だったら…
「悪ぃな、ツクシ。さっき、ツクシに命やるっつったけど、事情が変わっちまった。
ツクシには、まだ俺様の命やれねぇわ。」
だろ?
俺が生きている限り、ツクシがずっと俺の傍にいるっつーなら、生きるしかねぇだろ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ?!ちょっと待って!だって、アンタ…」
「煩ぇよ、ツクシ。ちょっとは静かにしろ。俺様が生きるって決めたんだ。何か文句あんのかよ?」
俺のその言葉にツクシは、顔を真っ赤にしながら、
「あるわよ!大有りよ!
アンタが生きてたら、あたし、ずっとアンタの近くにいなきゃなんないじゃないの!
言ってるでしょ?!あたしは、早く帰りたいの〜!!」
大声で叫ぶ。
あぁ、マジ煩ぇ…
頭も耳もガンガンするぜ…
「だから、さっきから言ってんだろ?俺はお前の傍にいたいんだって…。
それに、俺の命だぜ?俺が好きにして、何が悪い。それから…」
俺はベッドから抜け出し、バスルームへ向かいながら、
「司≠チて呼ばねぇと、いつまで経っても俺の命なんてやんねぇぞ。
じゃ、俺はシャワーでも浴びて学校行く準備でもすっかな。」
ツクシに話はこれで終わりだと、そう声を掛ける。
「ふっ、ふざけんじゃないわよ!
何が悲しくて、アンタの近くにずっといなくちゃなんないのよ!
見てなさい。絶対、アンタから、命奪って冥府に帰ってやるから!
シャワー浴びてる間にでも、狙ってやるんだから!」
おいおい…お前、それって…
「ツクシ…、お前、意外と大胆な奴だな…。俺がシャワー浴びてるところ、覗きてぇのかよ?
しゃーねぇなぁ、ツクシにだったら良いぜ、覗かれても。」
途端にボンッと音がしそうな位の勢いで顔を真っ赤にするツクシ。
口をパクパク動かすだけで、言葉になっていない。
ヤベェ…面白すぎるぜ…
「じゃぁ、後でな。ツ・ク・シ♪」
そうツクシに声を掛けた後、俺はバスルームに消えた。
バスルームの扉を閉めた後、聞こえてきたツクシの叫び声。
「ばっばばば馬鹿な事言ってんじゃないわよ!この変態野郎―――!!」
「最初にお前が言い出したんだろうが、シャワー中に狙うって…」
俺はそう呟いた途端に、堪えていた笑い声を開放し、大声で笑った。
すげぇ、久々…
こんなに笑ったの、何年振りだ?
にしても、この俺様を変態呼ばわりするたぁ、上等じゃねぇか、ツクシ。
ぜってぇ、俺はお前に命なんてやらねぇかんな。
覚悟しとけよ!