俺がN.Yへ旅立つ前からずっと、牧野は住む場所を変えていない。

アパートの前で車を降りて牧野の部屋を見上げると、

今日はバイトが休みなのかいつもなら真っ暗な筈のこの時間に部屋の灯りが付いていた。

 

 

 

『今頃きっと、独りで泣いてるよ』

 

 

 

帰り際に類が言った言葉が、俺の胸を締め付ける。

この一週間の間、お前はどんな思いで誰にも見せずに涙を流していたんだろうか。

 

牧野の部屋に続く錆びた階段を上りながら俺は、今すぐにでも走り出したい気持ちを抑えていた。

 

 

 

ピンポーン

 

 

「はい。どちら様ですか?」

 

 

類の言う通り、今まで泣いていたんだろう。

鼻声になった牧野の声が聞こえる。

 

 

「牧野?俺だ。」

 

 

薄い扉の向こう側で、牧野が息を呑む音がした。

 

 

「道…明寺?…何しに来たの?」

 

「ここ、開けてくれないか?お前と話がしたい。」

 

「あんたと話す事なんて何もない!帰ってよ。」

 

「お前に話す事がなくても、俺にはあんだよ!頼むから、開けてくれ…」

 

 

俺の気持ちが伝わったのだろうか。

ゆっくりと鍵が開く音がした。

 

扉を開けてくれた牧野は泣いていた顔を見せたくないのか、俺から顔を背けている。

最後に会ってから一週間しか経っていない筈なのに、とても長い間会っていなかった様な錯覚に襲われる。

元々華奢な牧野の身体が、この一週間で一回り小さくなった様な気がした。

そんな牧野を俺は堪らない気持ちになって、何も言わずに後ろから抱き締めた。

 

 

「道明…寺?」

 

 

牧野の細い肩が小刻みに震えている。

 

 

「…ごめん。」

 

 

お前に伝えなきゃなんねぇ事があるんだ。

どうしても、お前に分かって貰わなきゃなんねぇ事があるんだ。

 

 

「お前に勘違いさせて、別れ話なんかさせちまって、悪かった…」

 

 

牧野は俺に抱き締められたまま、何も言わない。

 

 

「牧野…」

 

 

そう俺が呼ぶと、俺の腕の中で牧野の小さな身体がビクッと跳ねる。

 

 

「…愛してる」

 

 

俺がそう呟いた途端、さっきまで止まっていた牧野の肩が、また小刻みに震え出した。

 

 

「嘘…。そんなの嘘よ…」

 

 

涙に濡れた震える声で、牧野は否定する。

 

 

「嘘じゃねぇよ。俺はお前を愛してる。」

 

「じゃぁ、どうして…。

どうして、帰国してからのあんたは、あんなに冷たかったの?

あたしを愛せなくなったから、他に好きな人が出来たからなんじゃないの?」

 

 

あぁ、俺の誤解の所為で、こいつにそんなくだらねぇ事を考えさせちまったのか…

情けねぇな、俺は…

 

 

「違ぇよ…。そう思ってたのは俺の方だ。

俺がお前に冷たい態度を取ってる様に見えたのは、

類の為に綺麗になったと思ってたお前を、直視する事が出来る程俺が強くなかっただけだ。」

 

 

こいつに俺の想い全てを伝える為には、恥も外見も捨てなきゃいけねぇ時がある。

今はきっと、俺の弱さも情けなさも全て曝け出して、ありのままの俺を見て貰う時なのかも知れない。

 

 

「はぁ?」

 

 

俺の言葉が意外だったのか、牧野が涙で潤んだ瞳のまま驚いた様な顔をして俺を振り返える。

 

 

「俺は、俺のいなかった4年の間にお前が類に心変わりしたと思ってたんだよ。

4年の間に見違える程綺麗になって、4年前にはなかった気品みたいなもんまで兼ね備えちまってて、そんなお前の横に類がいて…。

帰って来た時すぐに空港で、当たり前の様に寄り添ってるお前等を見せ付けられたら、俺がそう思っちまっても仕方ねぇだろ?」

 

 

俺がそう言うと牧野は呆れた様な、でもどことなく照れた様な顔をして、

 

 

「バカ…。あんたって本当にバカよ…」

 

 

と、ほんの少しだけ微笑んだ。

 

 

「N.Yで一人頑張ってるあんたに負けたくなくて、この4年間、F3に英才教育受けてたの。

4年後にあんたが帰って来た時、少しでも成長したあたしを見て欲しくて…。

類には特に世話になったのよ。

あたしが逃げ出しそうになったり、不安になったりした時に、いつも背中を押してくれたのは類だったの。

そんな類が、あたしの隣に寄り添ってたのは、当たり前でしょ?

そりゃ、あんたに何も教えてなかったあたしも悪いとは思うけど…」

 

 

そう言って、一度言葉を切った牧野。

すると突然、牧野が俺の胸を小さな拳で軽くドンドンと叩き始めた。

 

 

「この3ヶ月間、あたしがどんな想いでいたか分かってんの?

デートしてても冷たいし、電話でもそっけなくて…。

どれだけ不安になったと思ってんのよ…。どれだけ辛かったと思ってんのよ…。

あんたがあたし以外の女を好きになったんじゃないかって思ったから、

あたしじゃ、あんたを幸せになんかしてあげられないんだって思ったから、

あんたの為なんだって思って自分の気持ちにまで嘘吐いて、

あんたの前から消えてあげようってやっと思ったのに…」

 

 

今までずっと我慢して溜め込んで来た自分の思いを、一気に俺にぶつけて来る牧野が愛おしくて堪らない。

 

 

「類が好きなんてバカな誤解してんじゃないわよ!いつも強引で、俺様で、横暴で…。

地獄の果てででも、あたしを追い掛けてやるってあんた言ったじゃない!

らしくない事してんじゃないわよ…。

あんたが追い掛けて来てくれないから、何の為にあたしが今まで頑張って来たのか分かんなくなっちゃったじゃない…。

嫌いよ…。あんたなんて、嫌い…。大嫌いよ…」

 

 

最後の方の言葉は涙声で小さく、よく聞いていなければ聞き取れない程濡れていた。

 

 

 

なぁ、牧野…

お前がそうやって自分の想いを俺にぶつければぶつける程、

俺がお前に惚れるんだって事お前は知ってるか?

いつも素直じゃないお前が、時々でもこうして、自分の感情のままにありのままのお前を俺に曝け出す時、

俺は自分でも止められない程、お前への想いが溢れ出して来るんだよ。

お前はいつもそうやって翻弄し、どこまでも俺を溺れさせるんだ…

お前が強引で俺様で横暴でも、そんな俺が好きだと言うなら、いつまでも変わらず今のままの俺でいるよ。

それだけで、ずっと、お前が俺の隣にいてくれるなら、いつまでも俺は変わらずにいるさ。

 

 

 

「それでもお前は俺が好きで、その想いを持て余して苦しいんだろ?」

 

 

心配しなくても大丈夫だから…

その想いは、いつでも俺が受け止めてやるから…

お前の気持ちは俺以外には受け止めらんねぇんだから、全部ぶつけちまえよ。

 

 

そんな想いを込めて、俺は牧野を抱き締める。

 

 

「嫌いよ…。あんたなんて、大っ嫌いなんだから…」

 

 

弱弱しい声でもまだ意地を張る牧野が可愛い。

 

 

「そうか。でも、俺はお前が好きだ。」

 

 

俺の胸を叩いていた手が止まる。

 

 

「お前だけを愛してる。」

 

 

そう言って、牧野を抱き締めている腕の力を強める。

牧野は嗚咽を漏らしながら、

 

 

「道明寺…あんたが好きなの…。どうしたら良いか分からなくて苦しくなる位、あんたが好きなの…」

 

 

そう言って、ゆっくりと俺の背中に腕を回して来た。

小さな掌から伝わって来る牧野の体温が、優しく俺を包み込む。

俺は、この手を離して生きて行く方法を知らない。

俺を包み込むこの小さな手を取れるなら、他には何もいらない。

ゆっくりと牧野の身体を俺から離して、俯いていた顔を両手で包み込んで俺に向かせ、

牧野の瞳を真っ直ぐに見つめて俺は言う。

この世でたった一人、俺が愛して止まないお前の為だけに、この言葉を…。

 

 

「牧野…。俺はお前がいなきゃ強くなんてなれねぇから。

俺がこの世に産まれて来たのも、今生きているのも、全部お前の為だから。

お前がいるから、俺は強くもなれるし頑張れる。

俺の為に、これからも俺の傍に居てくれないか?愛してる、つくし…」

 

 

俺の言葉を聞いている牧野の瞳から、次々に溢れ出す涙。

この涙は言葉にする事が出来ない牧野の想いの表れなんだと、自惚れても良いだろうか。

こんな形で俺への想いを吐き出してくれるなら、涙を流されるのも悪くない。

 

 

「道明寺…。あたしも、愛してるよ…。

あんたが、まだあたしを必要としてくれるなら、あたしはあんたの傍にいる。

あんたが、あたしが居るだけで頑張れるって言うんなら、

あたしはいつまでもあんたの傍にいるから…。大好きだよ、司…」

 

 

牧野はそう言って潤んだ瞳のまま笑う。

その笑顔は、今まで見て来たどんな笑顔よりも俺には綺麗に見えた。

 

4年間のN.Yでの生活は、俺を大人にした。

だが、どうも俺はそんな生活をしているうちに、忙しさの中に何よりも大切なものを置き忘れてきたようだ。

これからも、色んな事で傷付けるかも知れない。苦しめてしまうかも知れない。

悲しみで、お前の笑顔を隠してしまうかも知れない。

だけど、それでもお前が俺の傍に居てくれると言うなら、俺はどんな手を使ってでもお前の笑顔を取り戻してみせるから…。

だから、信じて欲しい。

俺の赤く燃えて尽きる事のない『愛情』と言う名の炎が、お前の為だけに存在するんだと言う事を…。

誰も認めてくれなくても良い。

お前にだけ誓うよ。

 

俺はその揺ぎ無い想いと、有りっ丈の愛を込めて、牧野の唇へと自分の唇を重ねた。

 

 

愛してる…

誰よりも何よりも、この先ずっと変わらず、お前だけを…

 

 

幼いが故に伝えきれなかった不器用な愛情を、

これからはお前を守る為だけに包み込む大人の愛情へ変えるから、

今までの様な関係は終わりにしよう。

切掛けは俺の勘違いかも知れないが、どうせならこれを利用して、

また新しい俺達のスタイルを築いて行けば良い。

 

 

お前の中の見えない真実は、いつでも必ず俺が見つけ出してみせるから…

もう一度、ここから二人で始めよう。

今度は繋いだ手を離さない様に、しっかり手を取り合い同じ未来へ向かって…







                                                      Fin.










                                あとがき

             「はぁ〜…、結局こんな終わり方かぁ…」と言うお声が、あちらこちらから聞こえてきそうな…;
                           華蓮が何を書きたかったのか…
      一応ね、4年のN.Yでの修行(?)の間に司君が、大人になると同時に自分らしさをどこかに置いて来たお話を書きたかったのです;
                               で・す・が!
                          流石、華蓮とでも言いましょうか…
                        あまりの文才のなさに、司が唯のヘタレに;;;
                           どこで、どう間違ったのやら…。
                Diaryにて、さんざん言い訳をさせて頂いているので、今回のあとがきはここまでで!
                             華蓮は逃げます=3

                  この様な駄文をお待ち頂いていた読者様、最後までお目汚しですみません!
                        読んで下さり、ありがとうございました♪

                                  華蓮
見えない真実 〜後編〜