次に目が覚めた時には隣に道明寺の姿はなく、寝惚けて思考回路が上手く働かないあたしは、
同棲を始めてからこんなに長い時間道明寺と離れた事がなく、淋しさが見せた夢だったのか?なんて事を考えていた。
でも、時間を確認しようと思って見たサイドテーブルに、
見慣れた字で書かれた手紙が、夢じゃない事を伝えていた。
・・・・・・・・。
「松山さんって、誰よ…」
ベッドから起き上がり、手にした手紙を読んだあたしの一言目はそれだった。
「仕事が残ってるなら、どうしてあたしをわざわざパリにまで連れて来たのよ…」
本人がいない所で、ブツブツと文句を言っても仕方のない事は十分承知してるんだけど、
口から出てくるアイツへの文句は止まる事を知らない。
「全く…。あたしは日本でバイトがあったんだからね!帰って来たら、絶対文句言ってやるんだから!」
そんな事を呟きながら、ベッドルームからリビングへと繋がる扉を開けて、本日2度目のドッキリを体験。
朝、道明寺が寝ていたソファーに、今度はきっちりとスーツに身を包んだ綺麗な女の人が座っていたから。
ベッドルームから出て来たあたしに気付いたその人は、にこやかな笑顔を浮かべ、
「おはようございます、牧野様。よく、お休みになられましたか?」
と、挨拶してくる。
「お、おはようございます…。お陰様で、ゆっくり休めました。」
驚いて相手を凝視したまま、そう返すあたし。
そんなあたしの様子にクスッと1つ笑みを零すと、
「それは良かったです。
申し遅れました、私、司様より今日1日牧野様に付くようにと仰せつかいました、松山 恵子と申します。」
と、恭しく頭を下げた。
「あ、牧野 つくしです。初めまして。」
手早く寝癖を直し、慌てて頭を下げるあたし。
ん?今、松山さんは、道明寺に頼まれたって言った?
1日あたしに付くって…?
「司様は本日午後4時頃までお仕事となっていて、それまでの間、牧野様がお1人で退屈されるだろうから、
観光にでも連れて行って欲しいと私に頼まれたんです。
ですから、司様がお仕事から戻られるまでの間、牧野様の行きたい所へ通訳を兼ねてお供させて頂きます。」
心の中で呟いていたはずの言葉に、即座に返事を返して来た松山さん。
あぁ、またやっちゃった…
それから松山さんのお言葉に甘えてパリ市内を観光する事にしたあたしは、旧市街地にある市場へ行く事にした。
何故か道明寺によって用意されていた服は、
フランスの民族衣装を現代風にアレンジした女の子らしい可憐なワンピース。
絶対あたしには似合わないと思ったけど、折角道明寺が用意してくれたものだしと理由を付けて、
一度は民族衣装って言うものを着てみたかったと言うのが本音のあたしは、
照れくささを感じながらも、それを身に着け街へと観光へ出掛けた。
旧市街地の市場へ行くとそこは沢山の物で溢れていて、見て回るだけでもワクワクして来るような活気があった。
同行してくれている松山さんに色々説明してもらいながら、市場の中を2人で歩く。
暫く歩いているとこれと言って目立つ物を売っている店でもない、
どちらかと言うと今まで見て来たお店の中では、質素な部類に入りそうな骨董品を扱っているお店を発見。
あたしはどうしてか、そのお店が気になって松山さんと一緒にそこへと向った。
「いらっしゃい。お嬢さん、何か探しているのかね?≠ニ言ってらっしゃいます。」
店主らしき白髪に、口元からたっぷりと白髭を生やしたお爺さんが声を掛けて来たのを、松山さんが通訳してくれる。
「こんにちは。特に何も探してはいないんですけど、ちょっとこのお店が気になって…」
あたしの言葉を松山さんに通訳してもらって理解したお爺さんは、
ニッコリ笑ってウンウンと頷くと、店の奥へ入って行く。
暫くして戻って来たお爺さんの手には、両手の中に納まる位の水晶があった。
「これは?」
「こんな店に来る人は珍しいからね。良いものを見せてあげよう≠ニ言ってらっしゃいます。」
あたし達の傍にあった小さなテーブルに、お爺さんは座布団らしき物を敷きその上に転がらないように水晶を置いた。
太陽の光が差し込む場所に置かれた水晶は、光を反射してキラキラを輝く。
「綺麗…」
「だろう?お嬢さん、この水晶の中を覗いてごらん。≠ニ言ってらっしゃいますが…」
通訳してくれた松山さんの言葉に従って、恐る恐る水晶の中を覗く。
そこに映っていたのは、小さな同じ顔をした男の子2人と、今よりもずっと男らしくなっている道明寺の姿。
その小さな男の子は、髪以外道明寺にそっくりだった。
びっくりして、思わず水晶から後退りするあたしに、お爺さんはホホホッと愉快そうに笑っている。
「驚いたかい?これは、昔フランス王家に受け継がれていたと言われている水晶でね。
何年後かは分からないけど、未来を見る事が出来るんだよ。=v
お爺さんの言葉に、松下さんも驚いている。
「お嬢さんは、どんな未来が見えたのかな?=v
未来…
さっき水晶の中に見えたものが、あたしの未来…
吸い寄せられるようにもう一度、あたしは水晶の中を覗き込んだ。
場所は明らかに道明寺邸だろう。
そこのソファーに腰掛けている今よりもずっと大人の男になった道明寺と、その両脇に座るミニチュア道明寺達。
身振り手振りで彼等は道明寺に何か話している。
そんな2人の男の子の話を微笑みながら聞いている道明寺の姿…。
暫く見ていると、3人がいる部屋に黒く長い髪の女の人が入って来た。
上品で優雅な物腰、優しそうな雰囲気を漂わせた、大人の女性。
ま、まさか、あれが…
「ふむっ…。お嬢さんの未来は幸せな未来のようだね。素敵な家庭を築いているようじゃないか。=v
お爺さんの言葉に、瞬時に顔が赤くなるのが分かる。
えぇ?!
ま、まさか、あたし道明寺と結婚してる?!
し、しかもこ、子供がいるの?!
いくら何年後かの未来だと言われても、それは決して今じゃない。
確かに今は同棲してる。
だけど、結婚なんて言葉は、まだ現実味を帯びていなくて…。
それが水晶を覗いた事で、一気にリアルになる。
意識しないようにしていた結婚と言う2文字が、急にあたしに圧し掛かって来たような気がした。
「この未来を掴む為には、お嬢さんも努力しなきゃならないよ。
何もしないで手に入る未来じゃない。この未来を望むなら、これからどうするか考えなさい=v
優しく穏やかに微笑んで、お爺さんはあたしにそう言った。
そうか…
何もしないで手に入る未来なんてないんだ…
道明寺だって、いくら決められたレールの上とは言え、今の地位まで来るのに楽な道を歩んで来た訳じゃない。
あたしには考えられないような努力をして来たんだ…
そんな当たり前の事を、あたしは忘れてたような気がする…
そう思えば、今日この水晶を見せてもらえて良かった気がした。
今、あたしが何をするべきなのかが、少しだけど分かった気がする。
何だかスッキリしたような気分で、お爺さんの顔を見つめると、
お爺さんはあたしの思っていた事が分かったように、ニッコリ微笑んで頷いてくれた。
「ありがとう、お爺さん。あたし、頑張るね。」
お爺さんに向ってニッコリと微笑んで、松山さんと一緒にお店を後にした。
それにしても、幸せそうな未来だったなぁ…
頑張れば、あの未来があたしの未来になるのかな…
そんな事を思って1人ニヤニヤしていたあたしに、松山さんが、
「牧野様、何だか嬉しそうですね。そんなに素敵な未来が見えたんですか?」
楽しそうに、そう聞いた。
「え?!そ、そんな事ないですよ?!あたし、そんなに嬉しそうに見えますか?」
1人にやけているところを見られてしまって、恥ずかしくなったあたしは慌てて否定するけど、
緩んでしまう表情はなかなか元には戻せない。
「えぇ、とても幸せそうな顔をしてらっしゃいますよ。何だか私まで嬉しくなる位。」
松山さんはそう言ってクスクス笑う。
「や、ヤダな、松山さんったら…。あっ、あたしお手洗い行って来ますね。松山さん、少しココで待ってて下さい。」
自然と緩んで来る頬を引き締める為に顔でも洗おうと、咄嗟に目に入ったトイレへ逃げるように向うあたし。
松山さんが何か言いかけた事にも構わず、さっさと1人トイレへと向った。
洗面台で手を洗い、鏡越しににやけた自分の顔を見てまた恥ずかしさに顔を染める。
「ま、まだ先の話だってばっ!」
気を抜くと浮かんで来るさっき見た未来のビジョン。
慌てて頭を左右に振って、顔を洗う為に手に水を溜めたところで後ろから声を掛けられた。
「牧野 つくしさんですね?」
綺麗な日本語で名前を言われ、思わず顔を上げてしまったあたしが見たのは、見知らぬ女の人。
「そ、そうですが…。あなたは?」
そう答えたと同時に襲う腹部への痛み。
「手荒な事をして、申し訳ございません。私と一緒に来て頂きます。」
意識を手放す直前、あたしが最後に聞いたのはその女性が言った事務的な言葉。
あたしとアイツには幸せな未来が待ち受けてるって、つい今まで思っていたのに…
その為にも、これから頑張ろうって決めたばっかりだったのに…
朦朧とする意識の中、浮かんで来たのは未来のあたしと道明寺の笑顔だった。