あの頃の想いと想い出を、忘れたくはなくて…
あの頃流した涙や苦い想い出さえも、覚えていたい。
だけど、無情にも時は流れてて、俺の中のお前の存在を消していく…
笑顔も声も、温もりさえもまだ覚えていると言うのに、
触れられないと言う事実は、この世の無常さを無言で俺に伝えている。
そんなもの、いらなかったのに…
そんな事、まだ知りたくはなかったのに…
笑った顔のつくしがいて、そんなつくしの隣に幸せそうな俺がいた。
怒った顔のつくしがいて、そんなつくしの隣に悪戯を成功させた子供のように、楽しそうな俺がいた。
泣いた顔のつくしがいて、そんなつくしの隣に焦ったような俺がいた。
沢山の表情を浮かべたつくしと俺が、アルバムを捲るように次々と映し出されては消えていく。
そんな夢を見た日の朝、眩しい陽射しの中に、あの頃の匂いがした。
柔らかい微笑みを浮かべておはよう、今日も良い天気だよ!≠ニ、元気よくカーテンを開け、
目を刺す程に明るい陽の光をこの寝室に入れながら、
もう!早く起きなきゃ、遅刻するよ?≠ニ怒ったように呟くお前の声が聞こえてきそうな位、
あの頃と今がリンクするような朝だった。
もう、お前の名前に想いを乗せて口にしなくなって、どれくらい経ったんだろうか。
ここに置き去りにされたままの、俺の想いはまるでお前に伝わらない。
「おはよ、つくし…。」
ベッドサイドに置かれたつくしの写真に、
そう言って声を掛けるのが毎朝の習慣になってしまう位、
長い時間が過ぎていった今でさえ、こんな日は目頭が熱くなる。
つくしのいなくなった毎日の中で、
泣きそうになりながら、切なさに胸を押し潰されそうになりながら、
それでも迷いながら俺は、絶え間ない日常の中にある、
あの頃2人で作った想い出を、俺の本当の宝物を探しにゆくんだ。
行く先も、辿り着く先も分からない未来へと続く真っ赤な絨毯の上を、
誰にも真似出来ない程、誰にも負けない程、幸せな想いを抱いて俺達は歩いたはずだよな。
この先に待ち受けているだろう困難に、これからは2人で立ち向かっていく為に、
これまで感じてきた幸せを2人で倍にしていく為に、永遠を誓い合った。
その日の俺は、間違いなくこのまま永遠にどこへでも行けそうな気がしていたんだ。
つくしがこの先ずっと、俺の傍にいてくれるなら…と。
ありがとな…≠ネんて言葉を、ほとんど使う事なんてなかった。
それが、当たり前の日々だったから。
お前を失う事なんて、考えもしなかったんだ…
どんなに辛い時や不安な時でも、
飾らないお前の何気ない言葉、それだけでいつも強くなれる俺がいた。
たった、それだけの事で、俺は幸せ≠ニ言う言葉の意味を知る事が出来たんだぜ。
淋しさは、俺が生きている証なのか?
切なさは、俺が乗り越えられると言う意味なのか?
どうして、お前のいなくなった世界の中には、
掛け替えのないものばかりが増えていくんだろうな…
お前がいなきゃ、何の意味も持たなかったはずのこの世界に、そんなものばかりが増えていくから、
俺がすぐにここから離れる事が出来なくなるんじゃねぇかっ…!
心はいつも傍にいるから
なんて、ちっぽけな言葉だけ残して、俺を独りになんてすんじゃねぇよっ…
約束しただろ、傍にいるって…
誓ったはずだろ、ずっと一緒だって…
なのに…
そのお前が、俺の手の届かねぇところに逝ってんじゃねぇよ、馬鹿女…っ
1人で使うには余りにも大きく、寒く感じるようになってしまったベッドの上。
身体を起こし、立てた両膝にまだ被さったままのブランケットの中に、頭を埋めるような格好で、
この世界で俺とお前は確かに繋がっていたと証明するリングを嵌めた指で、髪をかき上げる。
スゥーっと流れ落ちた熱い雫は、音もなく静かにブランケットの中へと吸い込まれていった。
秋と言う季節は、
どうしてこんなにも色んな感情の混じった事を思い起こさせるんだろうか…。
つくしがいなくなってからの俺は、秋と言う季節が嫌いだ。
本当はいつになっても考えたくない現実を、容赦なく突きつけてくるから…。
切なくて、苦しくて、どうしようもない想いを募らせていくだけだから…。
乗り越えなきゃいけないと分かっていても、そう簡単に乗り越えられるものじゃない。
俺が悲しんでばかりいれば、つくしが悲しむと分かっていても、
こんな日に笑っていられる術など、俺は知らない。
あの頃、お前と出逢っていなければ、
今、こうして悲しみの淵に立つ事もなかったんだろうかと考えたところで、
馬鹿らしくなって止めた。
何度となく繰り返してきた、その自問自答。
その答えが、変わる事はない。
確かに悲しみの淵に立つ事もなかっただろうが、
きっと、あれ程の幸せを俺は感じていない。
だけど、後悔や悔いは残ってて…。
呆れるほど傍にいて、飽きるほど愛してると囁いて、
らしくなくても優しく接して、抱き締めて…。
まだ連れて行きたい所も、してやりたかった事も、沢山あった。
つくしの行きたいと言った場所にも、したいと言った事も、
全部俺が叶えてやりたかった。
そう思っても、もう、何も届かない…。
好きだから、愛しているから、
きっとこんなにも悲しくて、きっとこんなにも後悔してたりするんだろう。
つくしがいなくなった今でも尚、ずっと…。
それはきっと、この先も変わる事はない。
どんなに季節が巡って、街の色が変わったとしても、
あの頃も今もこれから先も、
ずっと、ずっと、永遠に俺の想いだけは変わらない。
「愛してる…。永遠に、お前だけだ…」
写真に向かってそう呟いた時、
写真を振り返った俺の肩に、スッと冷たいものが落ちて来た。
何だ?と思って目を向けた先に目にしたものは、季節外れの雪の結晶。
ふと見た窓は少しだけ開いていて、その窓の外には白い雪が舞っていた。
ひらひらと、ゆらゆらと…
その雪がどうしてか、俺にはつくしのような気がして、その雪から、
だから、あたしの心はいつでも傍にいるって言ったでしょ?
と、つくしの声が聞こえたような気がして、今度は笑っているのに涙が零れた。
「くくっ…、だな…。お前の言う通りだ、つくし。
俺がお前を忘れてしまわない限り、お前は俺の傍にいる…だろ?」
窓の外、静かに降り続く雪に俺がそう呟くと、
雪の中に一瞬だけ見えたつくしが、そうだよ≠ニ笑ったような気がした。
「司…?泣いてるの?」
真夜中、そんな声で目が覚めた。
その声は嫌と言う程、聞き覚えのある声で、だけど聞き飽きる事なんて全くなくて、
寧ろ、ずっと聞いていたいと、そう思わせる愛しい女の声だった。
夢…?
今までいた世界から、急に現実に戻される俺。
目を覚ましてみると、そこには心配そうに俺の顔を見つめるつくしの姿があった。
余りにリアルな夢に、どちらが現実なのか分からなくなりながらも、
俺は目の前にいる女を力いっぱい抱き締める。
「ちょっ…どうしたのよ?本当に、何か変よ?何、嫌な夢でも見たの?」
温けぇ…
俺の腕の中から、そう言って俺を見上げるつくしの体温は、俺のそれより低いながらも温かかった。
夢…じゃねぇ…
そこで漸くこれが現実だと理解した俺は、ゆっくりとつくしを離す。
「…あぁ、まぁな。」
自分が見た余りに切ない夢に、苦笑を零しながらそう俺が呟くと、
「司が泣くなんて、よっぽど悲しい夢だったのね…」
つくしはそう言いながら悲しそうに微笑み、
次は子供を安心させるかのように自分の胸に俺の頭を抱いて、
「でも、大丈夫だよ。
どんな事でも司があたしに分けてくれたら、あたしもその悲しみ半分持ってあげるから。
その為に、あたしがずっと傍にいるんでしょ?」
背中をポンポンと叩きながら、そう呟いた。
夢ん中じゃぁ、そのお前がいなかったんだよ…
心の中ではそう思いながらも、それは告げずに、
「あぁ、そうだな。頼むぜ、奥さん。」
と、その格好のまま、つくしを抱き締めた。
「なぁ、つくし。明日の休み、お前の行きたい所に連れてってやるよ。」
つくしから離れて、つくしの顔を見ながらそう微笑むと、
眠そうだった目はパッチリと開き、
「本当?!嬉しい!どこでも良いの?」
と、その大きな目をキラキラと子供みたいに輝かせて、俺にそう聞いてくる。
「あぁ、どこでも良いぜ。」
そう答えた俺に、つくしは、「やったぁ!」と本当に嬉しそうに笑った。
「明日、俺が起きるまでに考えりゃ良いんだから、もう寝ろよ。」
そう言いながら俺は、つくしの肩から落ちたブランケットをまた掛け直す。
「うん、そうする。司は、眠れそう?」
「大丈夫だ。お前が隣にいるから…な。」
もう一度つくしを、離さないように、
夢の中でさえも離れなくて良いように抱き締めて、俺はまた目を閉じる。
そんな俺に、「変な司…。いつも、隣にいるのに…」と呟きクスクスと笑いながらも、
つくしが俺の胸に顔を埋めるのが分かった。
「お休み。」
どちらからともなくそう囁いた俺達は、再び夢の世界へと旅立っていく。
眠りにつくその前に、俺は、
今≠大切に…
と言う言葉の意味を噛み締めていた。
どんなに些細な事でも良い。
どんなにありきたりな事でも良い。
過ぎ行く日々の中で生まれた想いや思い出を大切にしながら、
つくしと共に色んなものを見て、色んな事を感じていきたい。
夢で後悔していた事を、現実では叶えてやろう。
それで、つくしが俺の好きな笑顔を浮かべてくれると言うのなら、
そんなつくしの隣で俺が幸せになれるなら、いくらだって叶えてやるさ。
俺と共に生きる事を幸せだと感じて欲しいから、
心から愛するお前に、この先、時間が許す限り永遠に、有りっ丈の愛を贈り続けよう。
失ってから気付いたのでは、遅いんだ。
今≠セから、感じる事がある。
今≠セから、出来る事がある。
その今≠ニ言う時間を、精一杯生きて初めて、未来への扉が開くのかも知れない。
当たり前の日常
それこそが幸せで、
そんな日常の中には間違いなくつくしの存在が俺には必要なんだと言う事を、
俺は夢でまた教えられた気がした。
今、目の前で安らかに眠るつくしと共に、
愛するつくしの笑顔の傍で、いつまでも一緒に生きていきたい。
「愛してる…。永遠に、お前だけを…」
安心しきった顔で眠るつくしにそう呟いて、額に軽くキスをし、俺も再び眠りについた。