あれから時は流れ、俺がツクシにマキアーノへ連れて来られてから1年と言う月日が経っていた。
ツクシがルイ・ソウ・アキラの3人に俺の教育を押し付けてからと言うもの、
3人は俺にこれでもかと言う程、裏社会の事を叩き込んだ。
銃の使い方は勿論の事、護身術や人間の急所、
危険な場面に出くわした時の対応やマフィアと言う組織について、マキアーノの内部事情など。
ツクシのSPとして覚えなければいけない事が多すぎて、周りに構っている暇はなく、
俺はひたすらそれらを吸収して行く事しか考えられないような日々を送っていた。
ルイとソウとアキラの3人はそれぞれ自分の仕事をしながら、俺に色んな事を教えていた為、
日によっては3人とも出払っていると言う日もあった。
その時は、ツクシ自らが俺に色々教えてくれた訳だけど…。
ツクシの教え方は半端じゃなくスパルタで、知識として頭に入れても意味がないと、
まだ何も知らず出来ない俺を、即効実践の場に連れ出し有無を言わさず、その場に放り込んだ。
例えば、危険を回避する為にどうすれば良いか。
ルイやアキラなら、分かりやすくホワイトボードに書きながら言葉にして教えてたり、
その場に連れ出して見学のような事をさせてくれた。
ソウは近くにいるマキアーノの下っ端の奴等を使って、その様子を見せてくれた。
だけどツクシは自ら危険な場所へ乗り込んで行き、そんな状態から自分を助け出せと言う。
その時は何とか命からがら逃げ出せた俺達だけど、俺はもう必死。
あまりに無茶な事をツクシが仕出かすもんだから、
「俺が助け出せなくて、お前が死んじまったらどうすんだ?!」
と、声を荒げた俺にツクシは飄々と、
「ツカサなら大丈夫よ。アンタはあたしを助けてくれるわ。
それにもし、アンタがあたしを助けられないってあたしが判断したら、その時はアンタを置いて1人で逃げるわよ。」
と言ってのけた。
この時俺は、この度胸の座った女に完全に完敗した。
それとは反対に、女1人護れないような男にはなりたくないと、それは俺のプライドが許さないからと、
それまで以上に貪欲に色んな事を吸収する事になったのだ。
やっとSPとしてツクシの傍にいられるようになったのは、今から半年前の事。
使い物になった俺にツクシは、
「ふふ、やっぱりあたしの教え方が良かったのね。ツカサのやる気に火をつけたみたい。
半年でここまで来るなんて、やっぱアンタ凄いよ。」
と笑った。
「ちょ、ちょっと待て…。じゃぁ、お前が俺をいつも現場に連れて行ってたのは、俺をその気にさせる為だったって言うのか?」
とんでもない事を平気で言ってのけるツクシに、俺は問いかける。
「当たり前じゃないの。それに、あの程度で逃げ出すような男じゃ、あたしのSPなんて出来ないし。テストってところかしら。」
はぁ〜…
ったく、勘弁してくれよ…
ツクシの言葉に、俺は深い溜息を零す。
あの時は俺なりに本気で命がけだと思っていたのに、ツクシにとっては大した事ではなかった上に、俺を試していたと言う。
この時俺は初めて、以前、ルイやソウやアキラが言っていた言葉の意味を理解した気がした。
『この程度で痛がってるようじゃぁ、ツクシのSPは務まんねぇぜ。あのお嬢は全く大人しくねぇからな。』
『だな。俺達だって何回怪我した事か…。ったく、毎回お守りをさせられる俺達の事もちょっとは考えろってーの。』
『無茶なんてもんじゃねぇな、あれは。』
『無謀…だね。』
コイツが無謀なんて言葉で収まる奴かよ?!
命知らずっつーんじゃねぇのか?!
当時の3人の言葉を思い出し、俺は1人心の中でツッこんでいた。
「何?ツカサ…。1人で笑ったりして気味悪いわよ?」
久し振りに領地を見て回ると言い出したツクシに付き合って、N.Yのダウンタウンまで来ていた俺とツクシ。
マキアーノの領地で他のマフィアが麻薬の売買をしているところを発見した俺達は、
ここがマキアーノの領地だと言う事を相手に伝えた。
すると相手側はマキアーノを敵に回すと分かっていながらも目先の利益に目が眩んだのか、
俺とツクシを取り囲み銃を取り出した。
そして今の俺とツクシの状態はと言うと、相手に背中を向けないように2人で背中合わせになりながら、
数人の他マフィアの構成員に囲まれ銃を向けられている状態。
そんな危険極まりない状態なのにも関わらず、俺はツクシのSPに付いた頃を思い出して1人苦笑していたのだ。
「いや、俺も成長したもんだと思ってな。
こんな場面でも余裕でいられるなんて、SPになったばかりの俺には考えられなかったぜ。」
俺がそう言って笑うと、ツクシは、
「あら、それはあたしへの褒め言葉なの?
そうよね、ここまでアンタが成長したのは、あたしの教え方が良かったからだし。感謝しなさいよ。」
とクスクス笑う。
「感謝?はんっ、んなもんする訳ねぇだろ。
何も出来ねぇ俺をいきなり命がけの場に放り込みやがって…。あん時はマジで死ぬかと思ったんだからな!」
マキアーノの人間を相手に周りを囲んでいる構成員達が、
ビクビクしながら銃を俺達に向けている事を良い事に、俺とツクシの言い合いが始まる。
俺がSPに付いてからと言うもの、こんな言い合いも日常茶飯事だ。
「でも死んでないじゃないの。結果良ければ全て良しって事で、いい加減許してよ。」
「あのなぁ…。俺が怒ってんのは、どうして俺だけそんな教え方をさせられたのかって事なんだっつーの!」
そうだ。
俺もそれがツクシの教え方なんだと思っていたんだ。
ルイやソウやアキラの話を聞くまでは…。
聞くところによると、どうやらそうではなかったらしい。
ルイは最初からSPとしてツクシに付いていたから別として、
ソウはツクシに数人のマキアーノの人間を使って見せてもらったと言っていたし、
アキラは言葉で教えてもらったと言っていた。
「仕方ないじゃない、アンタ元々表の人間なんだし…。
言うよりやらせてみた方が早いかな?って思ったのよ…。無理だったら、ちゃんと助けるつもりだったんだから…」
ごめんね…なんて苦笑しているツクシ。
こうなると、もう何を言っても仕方のない事だと言う事を俺はこの短い期間に学んだ。
はぁ〜…と諦めの深い溜息を1つ零して、
「もう良いよ…。お陰でこうしてお前のSP出来てる訳だしな。
俺をマキアーノに置いてくれてる事には感謝してるんだぜ、これでも。じゃ、さっさと片付けて帰ろうぜ。」
すぐに頭を切り替えた。
俺の目の前には震える手で銃口を向ける、この中のリーダーらしき男。
こう言うチームの場合は、リーダーを打てばすぐに崩れる。
「うん。あたしも、ツカサには感謝してるんだよ。いつも、あたしを護ってくれて、ありがとうね…」
素直じゃない俺のボスは、面と向かってそんな言葉を言った事がない。
たまに聞くツクシからの素直な言葉や感謝の気持ちは、いつも背中合わせ越しだったり、顔が見えない状況だったり…。
そんな不器用なツクシが、俺は時々可愛いと思ってしまっていた。
ツクシの言葉にフッと笑って銃と構え、相手の男にツクシが最終警告を告げるのを待つ。
「銃を下ろして、今すぐこの場から立ち去るなら命だけは助けてあげるわ。どうするの?」
その言葉を合図に俺は、リボルバーのハンマーを下ろしトリガーに指を掛けて、発砲準備を整える。
「こ、このまま引き下がれるか!莫大な金が手に入るんだ。
マキアーノの人間だろうがなんだろうが、お前を殺して金を手に…」
ズキューンッ!
男が話している最中だと言うのは重々承知。
だが、引き下がる気がないと分かれば、それまでだ。
「話が長ぇんだよ…」
銃口から今打った弾の煙が上がっている。
俺の眼下に転がっているのは先程まで喋っていた男。
この1年で、人を殺す事にも慣れてしまった俺は、容赦なくその男の心臓を打ち抜いた。
「ツカサ…、まだ喋ってたじゃないの…。まぁ、良いわ。アンタ達はどうするの?逃げるなら今のうちよ?」
ツクシがそう告げると売買していた麻薬も金もそのままに、俺達を囲んでいた男達は散り散りに逃げ帰って行った。
「あ〜ぁ、薬もお金も置いたままじゃない…。ツカサ、これ持って帰るわよ。」
ちゃっかり自分の利益に収めてしまうツクシに苦笑を零しながら、俺はツクシが持って帰ると言った薬と金を車まで運んだ。
「それにしても、最近目立つ…」
暫く走った頃、助手席に乗っていたツクシが唐突に話し出した。
「あ?」
運転中の俺は前を向いたまま、何が言いたいのか分からないツクシの次の言葉を待った。
「マキアーノの領地に他のマフィアが入って来る事がよ…」
「あぁ、確かにな…」
そう言われれば確かにそうだ。
領地の関する事は全てルイが取り仕切っている筈。
今までは、こんな事はほとんどなかったとツクシは言っていた。
だが、俺がツクシのSPとして付いてからはダウンタウンに出て来る度に、あんな場面に出くわしている。
「…誰かが、情報洩らしてるかも知れないわね。」
信号で止まっている間にそう呟いたツクシの表情は、マキアーノのNo.2、女ボスとしての顔をしていた。
掟破りってやつか…
信号が青に変わりアクセルを踏み込んだ俺は、その事に関してあまり深くは考えなかった。
この時助手席のツクシがどんな顔をしていたのか、これから先に何が待ち受けているのかも知らずに、
俺は夜のダウンタウンの街からマキアーノの邸に向って車を走らせ続けていた。