Act.30

 

 

道明寺さんの手を握った時、言いようのない懐かしさがあたしを包み込んだ。

あたしの手よりも一回り大きな手。

長くしなやかで、綺麗に手入れされた指。

そして、あたしよりも少し高いはずの体温…。

 

握手をしたままの手をグッと道明寺さんに引かれ、

彼の腕の中に飛び込んで行く自分の映像が浮かんできて、

その自分の考えに照れるより先に困惑した。

 


な、何で…?

あたしは彼を知らない…

今日、初めて会ったって言うのに、何考えてんの?あたし…

 

それに…

今、握っている彼の手の体温は、あたしの体温よりやや低い。

なのに、どうして、あたしは彼の体温があたしの体温より高い事なんて知ってるの?


 

だけど、あたしは彼の力強さを知っている。

この手が、あたしを護ってくれる事を知っている。

この体温が、あたしを安心させてくれる事を知っている。

何故だか、この手を離してはいけないと、離せば一生後悔すると、そう強く思っていた。

 

自分から離す事の出来ない彼の手を、どうする事も出来ずにずっと握ったまま、

困ってしまって真上にある道明寺さんの顔を見上げると、

道明寺さんはまた切なく歪ませた表情で僅かに笑ってあたしを見つめていた。

 


そんな眼で、あたしを見ないで…

そんな哀しそうな顔しないで…

 

何故だか分からないけど、苦しいの…

貴方のそんな顔、見たくないの…


 

あたしがそう思いながら道明寺さんの顔を見つめていると、

あたしの頭の中で、あたしじゃないあたし≠フ声がした。

 

 


やっと…やっと、逢えた…


 


誰…?あなたは、誰なの?

逢えたって、誰に?


 


 ずっと、探してたんだよ、アンタを…


 


探してたって、誰を…?

あたしは、ここの人達を知らない。


 


 ずっと、待ってたんだよ、この時を…


 


待ってたって…

いつから、誰を、あたしが待ってたって言うのよ?


 


 いつの時代でも、あたしにはアンタだけ。


 


違う…

あたしには、金さんって婚約者がいる。

あたしは誰も探してなんかないし、待ってなんかなかった。


 


 アンタだけを愛してるよ、


 


愛してる…?

どうして、そんな言葉を言えるの?

愛してるって、どう言う事?


 


司…


 



「つ…かさ…?」



 

あたしの中のあたし≠ェ呟いた名前を、無意識の内に口走っていた。

 


分からない、分からない、分からないっ…

あたしの中にいる、あなたは誰なの?

どうして、初めて会ったばかりの人に懐かしなんて感じるの?

どうして、彼に切なそうな顔で見られると、息が出来ない程に苦しくなるの?!

 

何なのよ…

一体、何だって言うのよ?!


 

心の中でそう叫んだ途端、頭の奥が痺れるように痛んで、あたしはそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

握手をしたままの手をなかなか離さず、

俺の顔を泣きそうな顔をしながらジッと見ていたつくしが、

何かを考えている表情から、困惑した表情、そして焦りの表情へと変えていく。

暫く黙って百面相をしていると思ったら突然名前を呟いて、

一瞬だけ視線を向けた後、俺の目の前で倒れた。

 

何度となく見てきた、これに似た光景。

その光景はいつも、無言で俺につくしとの永遠の別れを知らせていた。

 


嘘、だろ…?


 

出逢ったばかりで、まさか…そう思いながらも、

一抹の不安は拭えず、ゆっくりとつくしの口元に手を翳す。

スースーと掌に僅かだが、呼吸している空気が当たる。

 


良かった…

気を失っただけか…


 

と、安心したのも束の間。

その呼吸が異常な位、荒い。

その時になって漸く、つくしの様子がおかしい事に気づいた俺は、

慌ててつくしの額に手を当てる。

額に当てた手から感じるつくしの体温が、高い。

 



「桜、すぐに部屋用意しろ。それから、医者を呼んでくれ。」



 

傍で俺達の様子を見ていた桜に、そう声を掛けてつくしを抱き上げる。

慌てて使用人を探しに行った桜。

総二郎とあきらと類も、突然、つくしが倒れた事に驚きを隠せないようだ。

 



「つくし、どうしたんだ?」



 

心配性のあきらが、そう言って俺に声を掛けてくる。

 



「俺に聞かれたって知るかよ?!急に倒れたんだっつーの!」

 

「何か、感じたのかな?つくし…」



 

そうポツリと呟いたのは、類。

そんな類の言葉に、俺が問いかけるよりも早く、総二郎が聞いた。

 



「どう言う意味だよ?」

 

「だってさ、つくし、倒れる寸前に司の名前呼んだんだよ?

何か感じる事でもあったのかもって思わない?」



 

そんなに驚くような事でもないと言わんばかりに、飄々と答える類。

 



「思わない?って、類…。そんなに簡単に思い出すと思うか?前世の記憶なんて…」



 

類の答えに、呆れたような溜め息を吐いて、総二郎が言った。

 



「思い出したかどうかまでは、分かんないけどさ。

でも、司とつくしならあってもおかしくないんじゃないかなって思ったんだよ。」



 

と、拗ねたように総二郎に文句を言う類。

 



「まぁ、そんな可能性は1%でもない訳じゃないからな。

つくしの目が覚めたら確認すれば良いじゃん。とりあえず、つくしを部屋に移してやろうぜ。」



 

あきらがそう言って類をフォローし、エントランスに突っ立ったままの俺達を、

桜が用意させただろう部屋へと移動するよう促した。

 

 

 

 

桜は気を利かせたのか、つくしの部屋を俺の部屋の隣に用意させていた。

間もなくやって来た医者に、部屋に寝かせたつくしの様子を診せる。

医者が診察している間、つくしの傍には桜が付いてくれていた。

 


ガチャ…


 

つくしの部屋の前で医者が出てくるのを待っていた俺達、男4人。

医者が出て来た途端に俺は、掴み掛かる勢いで医者に歩み寄った。

 



「つくしは?つくしは、大丈夫なのか?どこが悪ぃんだ?病名は?」



 

そんな俺の肩に少し落ち着けと、あきらが手を置くが、

医者から話を聞くまで落ち着けるはずねぇだろ?!

 



「司様、そんなに心配されなくても大丈夫ですよ。

風邪気味だったところを無理されたんでしょう。風邪と過労が重なった発熱だと思われます。」



 

医者はそう言ってにっこり笑い、

「お薬を三条さんにお渡ししておりますので…」と言って帰って行った。

 

大した事のない病気だと分かった途端に、安堵の溜め息が零れる。

 



「良かったな、大した事なくて…」



 

あきらが苦笑しながら、そう言う。

 



「司、お前心配しすぎ。600年振りだからって、つくし見てテンパってんじゃねぇよ…」



 

そう言って俺をからかうように言う、総二郎。

 



「つくしがここにいる間に、どこか連れてってあげようと思ってたけど、これじゃぁ、無理だね。」



 

仕方ないか…と、残念そうに呟く類。

 



「当たり前だ、類っ!

あいつの風邪が完全に治るまで、邸どころか、部屋から一歩も出さねぇぞ!」



 

俺が怒って、未だ残念そうにしている類にそう言うと、総二郎とあきらが2人で顔を見合わせた。

と思ったら、2人共、突然噴出した。

 



「やっぱ、司はこうでないとな!」と、総二郎。

 

「だな。今まで大人しかった司なんて、何か気持ち悪くてよ。」と、あきら。



 

2人は言いたい事だけ言うと、ニヤリと笑ってハイタッチなんてしてやがる。

 



「ククッ、司らしさ、やっと出て来たじゃん。ちょっと安心したよ、俺も。」



 

類がそう言って、俺に微笑みかける。

3人はつくしが風邪で熱を出して寝込んでいると言うのに、

然程気にもしていないのか、祝いだ!とか言いながら、

俺を1人、部屋の前に残してリビングへと向かって行った。

 

総二郎とあきら、そして類が何に対しての祝いをするのかは分からなかったが、

きっとあいつ等は、俺の事を心底心配していたんだろうと言う事は安易に想像出来た。

 

俺が人ではなくなってから、600年。

気が遠くなるような長い時間の中で、あいつ等が常に俺の事を気に掛けていたのは知っている。

だけど、つくしに再び巡り逢うまでの俺は、つくしの事しか考える事しか出来ず、

周りの事を見る余裕なんてなかった。

と言うより、どうでも良かったのかも知れない。

 

飯に行く以外は、なかなか邸からも出ようとせず、

ここ
200年の間は飯に行く事すらせず、ひたすら時間が過ぎるのを待っていた俺。

つくしが再び俺達の前に姿を現した今、

つくしに塞ぎ込んでるなんてらしくない俺の姿を見せる訳にはいかねぇ。

 


つくしが今、天草のガキの婚約者だと言うなら、それでも構わない。

もう一度、必ず俺が手に入れる。

つくしは、俺の為に生まれてきた、俺だけの女だ。

手加減なんてしてらんねぇ。

本気で奪いにいってやるっ!


 



「悪かったな、サンキュー…」



 

遠ざかっていく総二郎達の後姿に、俺は小さな声で呟いた。

 


もう、らしくない俺の姿なんて見せねぇよ…

これから、本来の俺を取り戻してみせるぜ。


 

3人の後ろ姿に不適にニヤリと笑いかけて、俺は目の前のつくしの部屋の扉を開けた。

 

 

 







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